惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

38.もっと

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 地下の訓練場では何人もの兵士たちが訓練に励んでいたが、先に用意を済ませていたらしいショーン曹長がハロルド兵士団長に短剣を渡すと途端に場が静まり返った。

「……みんな、続けていいぞ。ショーン、リックの剣と鎧は?」
「……こちらに」

 ショーン曹長が少し後ろを振り向くと、控えていた二人の兵士が鎧と剣とを運んできた。どうやらそれをリックに貸すらしい。

「リック、本当にやるのか? 危ないんじゃ……」
「大丈夫ですよ、レイさん。本物の達人は素人相手にも完璧に力加減ができるものです」

 それはつまり、リックが強いから大丈夫ということではなく、ハロルド兵士団長が上手く手を抜いてくれるだろうという楽観的過ぎる言葉だった。

「大丈夫かな……」
「心配するな。ハロルド兵士団長も何も本気の勝負をしようというんじゃない、打ち込ませて剣筋を見るというだけだ。座ってくれ、客人を立たせたままだとまた叱られる」 
 鎧を着ていくリックを見ながら呟いた俺に、ショーン曹長が椅子を勧めてくれた。相変わらず苦労の絶えない人だ。

「……ありがとうございます。あの、すいません、リックが……えーと、その」
「気にするな。ハロルド兵士団長がやると言ったならそれでいいんだ、あのパンのおかげでずいぶん上機嫌だし遠征にも前向きになってくれた。俺はもうそれで十分だ」
「……」
「おまけに兵士団志望の有望な若者まで手に入れて、ハルさんにはもはや俺の言葉は届かんだろうな……」

 ショーン曹長の声がだんだんと沈んでいくので、俺は居た堪れない気分になった。

「あー……いや、その……リックはまだまだだって言ってましたし、別にショーン曹長ほどではないと思いますけど……」

 俺は知りもしないリックの剣の腕について適当なことを言ってしまったが、すぐにそれを後悔した。

 鎧を着て剣を持ったリックがハロルド兵士団長の胴に力強い一撃を入れ、場内はどよめいた。

「っ……僕の今持てる最大の力で打ちました! どうでしょうか、ハロルド兵士団長」
「んー、悪くない。迷いがなくて良い、細身のわりに力がある」

 リックの力もさることながら、あの華奢な体のハロルド兵士団長がその一撃を喰らっても一切よろめいたりしないことにも俺は大いに驚いた。

「……おまえの相棒はなかなかの力じゃないか。適当なことを言って俺を慰めようとしたのが無駄になったな」

 俺の隣に立ったままのショーン曹長は苦い顔をして俺の肩を小突いた。

「すみません……俺、そういうの全然わかんなくて……」
「だろうな。別にいい、パン屋にはパンの才能があれば十分だろ。検分で食べた瞬間、俺には甘過ぎると思ったが、同時にこれはハルさんが気に入るに違いないと思った。ああいや、もっと甘くても良いかもしれない」
「もっと、ですか?」
「あれはクッキーの生地だろう? ハルさんはクッキーも好きでよく食べるが、中でも一番好きなのはクッキーの全体に砂糖がまぶしてあるようなのが好きなんだ。だから甘いパンの上にさらに砂糖がまぶしてあるくらいの甘さでも平気なはずだ」
「……なるほど」

 その時、初めて俺はメロンパン作りのために大切なことを忘れていたことに気が付いた。

 メロンパンは生地の成形の最後、グラニュー糖を全体にまぶして作るのだ。
 クッキー生地をそのまま焼くより、食感がおもしろいだけでなく見た目もキラキラして楽しくなるのがザラメの効果だった。

「……今のハルさんを見ている限り、あのパンでは力が出ないということはなさそうだな。あとは日持ちと腹持ち……」

 ショーン曹長はリックと楽しそうに打ち合うハロルド兵士団長を見ながら、溜め息混じりに言った。

「日持ちという点からしてもさらに砂糖を使うことは有効かもしれません……パンを乾燥させないという意味で」

 俺は今度こそ中途半端な慰めではなく、心の底から楽しそうなリックと、そしてそれを見て寂しそうなショーン曹長とを見比べ、静かに答えたのだった。
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