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第四章 偏食の騎士と魔女への道
39.味変
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ひとしきりリックとの打ち合いを終えたハロルド兵士団長に俺は勇気を出して声をかけた。
「あの、体調悪くなったりしてませんか? かなり甘いパンだから人によっては胸焼けしたりすると思うんですが……」
「問題ない、だがやはり二つでは足りなかったかもしれん。もう一つ食べればよかったな……」
応接間を出る前に二つ目のメロンパンを食べたハロルド兵士団長だったが、まだそれほど時間は経っていないのに鎧の上から腹を摩りながら言った。
「あ……た、食べます? まだ残ってますし……」
俺はカゴに残っているパンに視線を向けた。
「いや、訓練場で食うと怒られるからな。この後は少し休んで全体の訓練に参加する」
ハロルド兵士団長はショーン曹長に手渡された手拭いで滴る汗を拭き、金色の髪をかき上げた。
「……ハロルド兵士団長、彼に少し休憩を。まだ若いとはいえあなたと打ち合い続けていたら普通の人間は倒れてしまいますよ」
ショーン曹長の言葉を聞いてリックの方を見ると、流している汗はハロルド兵士団長の比ではなかった。まさしく滝のような汗を流し、肩で息をしている。
「リック、大丈夫か……?」
「……すみません、せっかく手合わせいただいたのに……っ、少し、休みます……」
「無理もない。ハロルド兵士団長の本当の凄さは技のキレや身のこなしじゃないんだ。あの華奢な体で誰よりも長く戦い続けることのできる体力こそ、他の誰も並び立てない英雄の神髄なんだ」
ショーン曹長がどこか得意げに語ると、リックは深く頷いた。
「ええ、本当にすごいです……どうしたら、あんなに軽々動き続けられるのか……この鎧だって、訓練所で使うものよりずっと重いのに……」
リックはそのまま壁を背にしてその場に座り込んだ。着ている鎧がガシャンと音を立て、その重みを感じさせる。
「普通はそんなに動くなら甘いものは食べ過ぎない方がいいはずだけど……ハロルド兵士団長は特異体質なのかもしれないな……」
はっきりと覚えているわけではないが、前の世界でスポーツ選手向きの食事とされるものの中に菓子パンは含まれていなかった気がする。メロンパンは炭水化物も含まれるとはいえ、バターもたっぷり使われていて脂質も多い。
それに、あれだけ汗をかくなら塩分も摂取した方が良いところだ。
「まあ、凡人とは違う体質なのは間違いないだろう。筋力もあの細さで私や他の大柄な兵士たちより強いのだ」
「ショーン、ごちゃごちゃ言ってないでおまえも全体訓練に入れ。サボるなら部隊から外すぞ」
「っ、はい!」
ショーン曹長は慌てて俺たちのそばを離れ、他の兵士たちの整列した方へ走って行ってしまった。
「……あの、ハロルド兵士団長」
「なんだ?」
「メロンパンなんですが、少し味を変えたものを作ってみても良いですか? 基本は同じ、柔らかいパンにクッキーの乗ったものですが」
俺はショーン曹長がいなくなったのを見計らい、そっとハロルド兵士団長に声をかけた。
「どう変えるんだ? 俺は別にあの味で満足だぞ、十分美味い」
「ありがとうございます。でも、一日にいくつも食べるとなるとさすがに飽きると思いますし……少しバリエーションがある方が楽しいじゃないですか。ハロルド兵士団長は、フルーツはお好きですか?」
「フルーツ? まあ、どちらかと言えば好きな方だな……」
「オレンジやレモンはどうですか? ケーキはよく召し上がるって聞きましたけど」
「ああ、ケーキに入ってるフルーツは好きだ。あと、紅茶に入れるレモンも好きだぞ、砂糖とレモンの紅茶」
「なるほど……」
俺は頭の中で香りの良いフルーツをいくつか思い浮かべた。
パン自体に味を付けるには生地の配合を見直さなければならず、発酵や焼成の具合も変わってしまうので今から試行錯誤する時間はない。
けれど、メロンパンにはクッキー部分がある。クッキー部分に匂いを付けたり、味を足したりすることはそう難しくはない。
要はほんの少し風味を変えれば良いのだ。
「レイさん、メロンパンをどう変えるんです?」
「うん……二つ食べても短時間で物足りなさを感じてしまうなら、もう少し多く食べた方が良いと思うんだ。そのためには風味の違いがあった方が満足感もあると思う」
「それは楽しみだ! 俺はいくらでも味見するからできるだけ色々持って来てみてくれ。明日も来られるか? ほら、毎日食べても飽きないかっていうのも調べた方がいいよな? 遠征は五日以上かかるかもしれんからな、たくさん調べに来てくれ」
ハロルド兵士団長が大袈裟に騒ぐので俺はまたショーン曹長を気にして苦笑したが、そうして喜んでもらえることは実際とてもありがたかった。
俺の頭の中に浮かんだメロンパンの変化球は、すでに三つに増えている。
平和のために訓練場で汗を流す兵士たちのためにも、俺はこの仕事を絶対にやり遂げようと強い決意をしたのだった。
「あの、体調悪くなったりしてませんか? かなり甘いパンだから人によっては胸焼けしたりすると思うんですが……」
「問題ない、だがやはり二つでは足りなかったかもしれん。もう一つ食べればよかったな……」
応接間を出る前に二つ目のメロンパンを食べたハロルド兵士団長だったが、まだそれほど時間は経っていないのに鎧の上から腹を摩りながら言った。
「あ……た、食べます? まだ残ってますし……」
俺はカゴに残っているパンに視線を向けた。
「いや、訓練場で食うと怒られるからな。この後は少し休んで全体の訓練に参加する」
ハロルド兵士団長はショーン曹長に手渡された手拭いで滴る汗を拭き、金色の髪をかき上げた。
「……ハロルド兵士団長、彼に少し休憩を。まだ若いとはいえあなたと打ち合い続けていたら普通の人間は倒れてしまいますよ」
ショーン曹長の言葉を聞いてリックの方を見ると、流している汗はハロルド兵士団長の比ではなかった。まさしく滝のような汗を流し、肩で息をしている。
「リック、大丈夫か……?」
「……すみません、せっかく手合わせいただいたのに……っ、少し、休みます……」
「無理もない。ハロルド兵士団長の本当の凄さは技のキレや身のこなしじゃないんだ。あの華奢な体で誰よりも長く戦い続けることのできる体力こそ、他の誰も並び立てない英雄の神髄なんだ」
ショーン曹長がどこか得意げに語ると、リックは深く頷いた。
「ええ、本当にすごいです……どうしたら、あんなに軽々動き続けられるのか……この鎧だって、訓練所で使うものよりずっと重いのに……」
リックはそのまま壁を背にしてその場に座り込んだ。着ている鎧がガシャンと音を立て、その重みを感じさせる。
「普通はそんなに動くなら甘いものは食べ過ぎない方がいいはずだけど……ハロルド兵士団長は特異体質なのかもしれないな……」
はっきりと覚えているわけではないが、前の世界でスポーツ選手向きの食事とされるものの中に菓子パンは含まれていなかった気がする。メロンパンは炭水化物も含まれるとはいえ、バターもたっぷり使われていて脂質も多い。
それに、あれだけ汗をかくなら塩分も摂取した方が良いところだ。
「まあ、凡人とは違う体質なのは間違いないだろう。筋力もあの細さで私や他の大柄な兵士たちより強いのだ」
「ショーン、ごちゃごちゃ言ってないでおまえも全体訓練に入れ。サボるなら部隊から外すぞ」
「っ、はい!」
ショーン曹長は慌てて俺たちのそばを離れ、他の兵士たちの整列した方へ走って行ってしまった。
「……あの、ハロルド兵士団長」
「なんだ?」
「メロンパンなんですが、少し味を変えたものを作ってみても良いですか? 基本は同じ、柔らかいパンにクッキーの乗ったものですが」
俺はショーン曹長がいなくなったのを見計らい、そっとハロルド兵士団長に声をかけた。
「どう変えるんだ? 俺は別にあの味で満足だぞ、十分美味い」
「ありがとうございます。でも、一日にいくつも食べるとなるとさすがに飽きると思いますし……少しバリエーションがある方が楽しいじゃないですか。ハロルド兵士団長は、フルーツはお好きですか?」
「フルーツ? まあ、どちらかと言えば好きな方だな……」
「オレンジやレモンはどうですか? ケーキはよく召し上がるって聞きましたけど」
「ああ、ケーキに入ってるフルーツは好きだ。あと、紅茶に入れるレモンも好きだぞ、砂糖とレモンの紅茶」
「なるほど……」
俺は頭の中で香りの良いフルーツをいくつか思い浮かべた。
パン自体に味を付けるには生地の配合を見直さなければならず、発酵や焼成の具合も変わってしまうので今から試行錯誤する時間はない。
けれど、メロンパンにはクッキー部分がある。クッキー部分に匂いを付けたり、味を足したりすることはそう難しくはない。
要はほんの少し風味を変えれば良いのだ。
「レイさん、メロンパンをどう変えるんです?」
「うん……二つ食べても短時間で物足りなさを感じてしまうなら、もう少し多く食べた方が良いと思うんだ。そのためには風味の違いがあった方が満足感もあると思う」
「それは楽しみだ! 俺はいくらでも味見するからできるだけ色々持って来てみてくれ。明日も来られるか? ほら、毎日食べても飽きないかっていうのも調べた方がいいよな? 遠征は五日以上かかるかもしれんからな、たくさん調べに来てくれ」
ハロルド兵士団長が大袈裟に騒ぐので俺はまたショーン曹長を気にして苦笑したが、そうして喜んでもらえることは実際とてもありがたかった。
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