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第四章 偏食の騎士と魔女への道
48.トライアンドエラー
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訓練に参加するリックを残し、ひと足先に帰る俺を見送ってくれたのはショーン曹長だった。
「す、すみません色々……無理言ってしまって……」
「まったくだ。一応言っておくが、討伐が成功すればあれはこちらから提案するつもりだったんだ。それを先走る者があるか、まったく……」
ショーン曹長は口ではそう言ったが、顔は怒ってはいなかった。
「……でも、リックのこと」
「個人的にはああいう無邪気に図々しい若者は好きではない。が、力があるのはわかるからな……彼は十八だったか? パン屋の仕事もあるんだろうが、人材としては遊ばせておくには惜しい。町の訓練所ではなく城で鍛えた方がより早くモノになるだろう」
「っ、リックって、やっぱり結構強いんですか? 俺はそういうのわかんないですけど……」
「筋は悪くないな。身体能力も問題ない。あとはどれだけ訓練で実力をつけられるか……実力があっても実際に魔物を前にすると力が出せない者もいる。度胸や知識も必要だ」
「……度胸は結構あると思います」
「ああ、あの図々しさだもんな」
「それに、知識も。学校では成績優秀だったって聞きましたよ」
「ほう……とはいえパン屋の仕事もあるんだろ? 職人ではないようだが」
俺はリックが望む道に進めれば良いとは思うけれど、そこには色々と問題もあることを知っている。
フロッキースの跡継ぎであること、ローザさんとの結婚の話、それに伴う粉問屋への婿入りなど、兵士団に入れることになったとしても問題は残ってしまう。
「……そこは色々あるみたいです。リックはそれでも、兵士団に入りたいみたいですけど」
「……ま、その辺りは本当に兵士団に入れることになってからだな。あまり他人のことで心配しすぎるなよ、今一番重要なのはパン作りだ」
ショーン曹長は何か察したのか、それ以上は聞かないでいてくれた。
俺は門の手前でショーン曹長に頭を下げ、今日の試作に出た意見をもとにまたすぐに改良版を作って持ってくることを約束した。
「帰ったか、レイ。リックはどうした?」
「あ、リックは今日もお城の訓練に参加させてもらえるみたいなので、俺だけ先に帰ってきました」
「そうか。ハロルド兵士団長は、新しいパンを食べてくれたか?」
帰ってすぐに俺を迎えてくれたのはフロッカーさんだった。
「……レモンと岩塩のものはまあ気に入っていただけたんですが、紅茶のものは少し改良が必要そうでした」
俺が正直に言うと、フロッカーさんは眉を片方だけ上げ、顎の辺りを摩った。
「ふむ……偏食家だと思っていたが、なかなかどうして味覚は確かかもしれん」
「どういうことです?」
「あの紅茶のパンは、香りは良いが雑味が多い。良い茶葉だがあれは淹れ方も丁寧にして初めて良い味になるものだからな」
「あ……それ、ショーン曹長に似たことを言われました。それで代わりに使ったらどうかとこの茶葉を貰ったんです」
俺はショーン曹長から貰った茶葉をフロッカーさんに見せた。
「なに? ああ……さすが、腐ってもカンパルアラ兵士団の曹長だな。いけすかない男だが頭は悪くないらしい」
「フロッカーさんも同じように思ったんですか……?」
「おまえが置いていった試作をミーティと食べたが、ミーティも渋い顔しておったぞ。岩塩のあれもミーティには不評じゃった」
確かに紅茶の渋みの残った味も、塩で甘みを引き出すというツウな楽しみ方も、ミーティくらいの年齢の子にはなかなか良さがわからないかもしれない。
「……レモンはどうでした?」
「あれは味が薄い。良い風味なんだがな」
俺は少々肩を落としたが、フロッカーさんは一流の職人だ。その意見は何より参考になると気を取り直し、耳を傾けた。
「レモンの味は俺も少し薄いと思ったんですが、生地に混ぜる皮の部分を増やすと紅茶のように苦味の方が残りそうで……」
「そうじゃな。ザラメの方に風味を移すのはどうだ? ザラメにレモンの皮を入れて匂いを移す。レモンの生地にレモンのザラメで風味だけを増すことができるかもしれん」
「なるほど……!」
「紅茶も、生地に入れる量を減らしてザラメに香り付けしても良いかもしれんな。あまり時間はないだろうが、やってみると良い」
俺はフロッカーさんに礼を言うと、すぐに工房に入ってザラメの用意を始めた。
時間がないのだから、やってみるしかないのだ。
とにかく毎日作り、毎日持っていく。協力してくれる人の期待に応えるためには、不器用な俺にはそれしかなかった。
「す、すみません色々……無理言ってしまって……」
「まったくだ。一応言っておくが、討伐が成功すればあれはこちらから提案するつもりだったんだ。それを先走る者があるか、まったく……」
ショーン曹長は口ではそう言ったが、顔は怒ってはいなかった。
「……でも、リックのこと」
「個人的にはああいう無邪気に図々しい若者は好きではない。が、力があるのはわかるからな……彼は十八だったか? パン屋の仕事もあるんだろうが、人材としては遊ばせておくには惜しい。町の訓練所ではなく城で鍛えた方がより早くモノになるだろう」
「っ、リックって、やっぱり結構強いんですか? 俺はそういうのわかんないですけど……」
「筋は悪くないな。身体能力も問題ない。あとはどれだけ訓練で実力をつけられるか……実力があっても実際に魔物を前にすると力が出せない者もいる。度胸や知識も必要だ」
「……度胸は結構あると思います」
「ああ、あの図々しさだもんな」
「それに、知識も。学校では成績優秀だったって聞きましたよ」
「ほう……とはいえパン屋の仕事もあるんだろ? 職人ではないようだが」
俺はリックが望む道に進めれば良いとは思うけれど、そこには色々と問題もあることを知っている。
フロッキースの跡継ぎであること、ローザさんとの結婚の話、それに伴う粉問屋への婿入りなど、兵士団に入れることになったとしても問題は残ってしまう。
「……そこは色々あるみたいです。リックはそれでも、兵士団に入りたいみたいですけど」
「……ま、その辺りは本当に兵士団に入れることになってからだな。あまり他人のことで心配しすぎるなよ、今一番重要なのはパン作りだ」
ショーン曹長は何か察したのか、それ以上は聞かないでいてくれた。
俺は門の手前でショーン曹長に頭を下げ、今日の試作に出た意見をもとにまたすぐに改良版を作って持ってくることを約束した。
「帰ったか、レイ。リックはどうした?」
「あ、リックは今日もお城の訓練に参加させてもらえるみたいなので、俺だけ先に帰ってきました」
「そうか。ハロルド兵士団長は、新しいパンを食べてくれたか?」
帰ってすぐに俺を迎えてくれたのはフロッカーさんだった。
「……レモンと岩塩のものはまあ気に入っていただけたんですが、紅茶のものは少し改良が必要そうでした」
俺が正直に言うと、フロッカーさんは眉を片方だけ上げ、顎の辺りを摩った。
「ふむ……偏食家だと思っていたが、なかなかどうして味覚は確かかもしれん」
「どういうことです?」
「あの紅茶のパンは、香りは良いが雑味が多い。良い茶葉だがあれは淹れ方も丁寧にして初めて良い味になるものだからな」
「あ……それ、ショーン曹長に似たことを言われました。それで代わりに使ったらどうかとこの茶葉を貰ったんです」
俺はショーン曹長から貰った茶葉をフロッカーさんに見せた。
「なに? ああ……さすが、腐ってもカンパルアラ兵士団の曹長だな。いけすかない男だが頭は悪くないらしい」
「フロッカーさんも同じように思ったんですか……?」
「おまえが置いていった試作をミーティと食べたが、ミーティも渋い顔しておったぞ。岩塩のあれもミーティには不評じゃった」
確かに紅茶の渋みの残った味も、塩で甘みを引き出すというツウな楽しみ方も、ミーティくらいの年齢の子にはなかなか良さがわからないかもしれない。
「……レモンはどうでした?」
「あれは味が薄い。良い風味なんだがな」
俺は少々肩を落としたが、フロッカーさんは一流の職人だ。その意見は何より参考になると気を取り直し、耳を傾けた。
「レモンの味は俺も少し薄いと思ったんですが、生地に混ぜる皮の部分を増やすと紅茶のように苦味の方が残りそうで……」
「そうじゃな。ザラメの方に風味を移すのはどうだ? ザラメにレモンの皮を入れて匂いを移す。レモンの生地にレモンのザラメで風味だけを増すことができるかもしれん」
「なるほど……!」
「紅茶も、生地に入れる量を減らしてザラメに香り付けしても良いかもしれんな。あまり時間はないだろうが、やってみると良い」
俺はフロッカーさんに礼を言うと、すぐに工房に入ってザラメの用意を始めた。
時間がないのだから、やってみるしかないのだ。
とにかく毎日作り、毎日持っていく。協力してくれる人の期待に応えるためには、不器用な俺にはそれしかなかった。
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