惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

50.迷いと気合い

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 紅茶を混ぜたクッキー生地を作りながら、俺は目の前で喋り続けているリックの話を適当に聞き流していた。

「それで、僕の相手はベテランの兵士さんだったんですがこれがもうすごくて!」
「へえ。どうすごいの?」
「大剣を振るうんですよ! 大剣って威力はすごいけど重たいじゃないですか、機動力も落ちるし難しいから選ぶ人は少ないんですけど、だからこそ先鋭隊に選ばれてるんですって!」
「うーん……? 大剣だと選ばれるの?」
「そういう戦い方ができる兵士も必要ってことですよ。僕は短剣が得意ですが、例えば槍や斧も使いこなせたら先鋭隊に選ばれやすくなるかもしれないなーなんて」
「……そういえば、ハロルド兵士団長も色々できるってショーン曹長が言ってたな……」

 混ざり切った生地に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
 高級茶葉よりも匂いはやはり弱いような気がする。

「そうなんです! 今日はハロルド兵士団長が槍を使うところも見ましたが、軽やかで鮮やかでした……それに、素手の武術もすごかったです。僕は鎧を着た状態で受けたんですが、口から内臓が出ちゃうかと思いました」

 にっこり笑って言うリックだが、こちらは現在クッキー作りの真っ最中である。
 内臓が飛び出る話なら他所でしてもらいたいところだ。

「……出なくてよかったね」
「実際に吐いちゃう人も多いみたいです! 僕はぐっと堪えたので褒められました」

 インドア派で内向的な文化系の俺からすると、そんな話を嬉々としてする気が知れないと思ってしまうが、リックは心底楽しそうに笑った。

「坊ちゃん、一応ここは口に入るものを作ってるんでもう少し爽やかな話題でお願いしますよ」

 俺より先に苦言を呈してくれたのはエルダさんで、夕方になっても俺の試作のために窯の温度を保ってくれている。

「ああっ、そう言われるとそうですね! レイさん、メロンパンの新作は明日また持っていくんですよね? 僕もまたご一緒しますね、毎日来て良いってハロルド兵士団長も言ってくださったので」
「俺はかまわないけど、本当に大丈夫なの? ショーン曹長に怒られたりしてない?」
「全然大丈夫ですよ。今日はショーン曹長とも打ち合いましたし」
「えっ! そうなの?」

 俺は驚いて思わず顔を上げた。
 あのショーン曹長が良く思っていないリックと打ち合いをしてくれるなんて意外過ぎる。

「怜剣のショーンって言うくらいですからねぇ、剣筋がすごく正確で速いんです。それに僕の弱点もすぐ見抜かれちゃって、苦手なところばっかり攻められちゃいました」
「へえ……あんな感じなのに、やっぱり強いんだ」

 俺はショーン曹長が言っていた言葉を思い出していた。
 度胸や知識など、単純な強さ以外にも必要なことがわかっている人なのだから、本人にもそういう気質があるということだろう。

「ハロルド兵士団長の右腕はダテじゃないですよ。あの人に勝てなきゃ僕がハロルド兵士団長の隣には立てないと思うと、気合いが入ります!」
「……いいなあ、リックは。俺はもう毎日これで良いのかって迷うことの連続だよ……」

 思わず溢すと、リックがこてんと首を傾げた。

「え? 何に迷ってるんです?」
「いや、全部……味だってまだ定まらないし、保存性もどうなるかわからないし……この紅茶のクッキーだって、作ってみたらやっぱり匂いが薄い気がして……これでいいのかな……」
「なんだ、そんなことですか。じゃあ焼いてみましょうよ、そうしたらわかります」
「ええ? いや、まだパン生地が……」
「別にクッキーだけ試しに焼いてみたっていいじゃないですか。エルダさん、クッキーだけ焼いてみても良いですよね?」

 リックは俺の手からクッキー生地の入ったボウルを取ると、中の生地を作業台に出し、平らに伸ばし始めた。

「クッキーでもパンでもなんでもどうぞ。どうせ焼かなきゃ始まらないんだ、レイ、やってみよう」
「……まあ確かにそう、ですよね」

 パンに乗せようと作っていた生地はリックの手元であっという間に型抜きされていく。
 使う型はミーティの気に入りの花型のものなのだから、俺は肩から力が抜けてしまった。

 どうせ茶葉だって高いものではないし、ここで美味く焼けていれば明日の朝また同じものを作ってメロンパンを焼くだけだ。
 石窯に入っていくクッキーを見送り、俺はあくびをしながら伸びをした。
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