143 / 162
第四章 偏食の騎士と魔女への道
79.人混みの中で
しおりを挟む
「うわぁ……思ったよりすごい人混みだな」
兵士団の見送りのために大通り沿いに向かおうとした俺たちだが、夜明け前だというのにまるで祭りの日のような人手に度肝を抜かれた。
「さっきはもう少し人が少なかったのに、一気に増えましたね。ミーティ、しっかり手を繋いでいてね」
リックと手を繋いだミーティは人混みに気圧されたのか少し表情が固い。
「……そのワンピース、可愛いね。よく似合ってるよ」
「……リッキーがこれにしなさいって言ったのよ。ナスタチウムと同じ色だからって」
「ミーティは違う色が良かったのかい?」
唇を尖らせたミーティに尋ねると、短い息を吐いたあとで小さな手に抱えたナスタチウムを揺らして答える。
「このワンピースは好きよ、だけど同じ色じゃお花が目立たないじゃない。白かブルーの方がお花が綺麗に見えたのに」
「なるほど……ファッションセンスではミーティの方が何枚も上手だな」
ミーティが持ったナスタチウムは、俺たち五人分で貰ったナスタチウム五本を黄色のリボンで一つに束ね、小さな花束にしている。
俺とリック、エルダさん、そしてフロッカーさんはメロンパンを作って渡しているので、花は全てミーティから渡してもらうことに決めたのだ。馬に乗ってくるハロルド兵士団長に渡す時にも、一本より花束にした方が渡しやすいだろう。
「坊ちゃん、向こうの方が少し余裕がありそうですよ。もう少し先に行きましょう」
背の高いエルダさんが先導し、俺たちは町の入り口近くで大通りにどうにか顔を出した。
「あら、フロッカーさんじゃないの。お嬢ちゃんも一緒?」
「ええ、どうも。うちの職人が兵士団長に世話になったんで、孫娘からナスタチウムを渡すつもりなんですよ」
「あら素敵ねぇ、それならほら、前においで。リックちゃんも」
フロッカーさんに声をかけたのは俺たちがよく買い物に行く雑貨屋の奥さんで、ミーティを見ると少し避けて俺たちを前に通してくれた。
持つべきものは顔の広い上司かもしれない。
「ありがとうございます、おばさま」
「いいのよ、兵士団長さんに渡せるといいわね」
ちょうど空が白み始め、日の出の頃である。
城に近い方から、わあっと歓声が上がった。
声は波のように伝播し、皆が一斉に通りの向こうへ顔を向ける。
「たぶん今、兵士団が出てきたんでしょうね。もうしばらくしたら見えてきますよ」
リックは目を輝かせながらも、その足の間に立たせたミーティの肩をしっかり掴んでいる。
その少し後ろにいる俺とエルダさんとで他の人からリックとミーティが押されないよう踏ん張っているが、筋肉隆々のエルダさんはともかく俺は誰かが後ろで動くたびに道に転がり出そうになるのだった。
「あー……すごい人だァ……俺ももっと鍛えた方が良いんだな……」
「ふふ、どうしてもきつかったら場所を代わりますよ。でもそうしたらミーティを守るのはレイさんですからね、責任重大」
「……ミーティに何かあったら困るから俺はここで名も無き盾に専念しておくよ」
芋洗いのように揉まれながら言い、俺は城の方を眺めた。
通りのはるか向こう、小さく騎馬が見え、人々が掲げるナスタチウムの橙が躍る。
「見えてきたぞ! 兵士団だ!」
誰かが声を上げ、またどこからか歓声が上がる。
「先頭にいるのがハロルド兵士団長なのかな? まだ顔まではよく見えないな……」
「一番前にいるのは護衛の兵士たちだと思います。四人くらいいて、その後に先鋭隊の先駆けの兵士たち、それからハロルド兵士団長とショーン曹長が続くはずです」
「さすが兵士団志望、詳しいね。あと少しだよ、ミーティ」
「……ちゃんと渡せるかしら。ねえ、兵士団長さんってすぐにわかる?」
「大丈夫、ハロルド兵士団長は濃紺のマントを着ているから。赤いマントはショーン曹長だよ、怒りん坊の人」
「濃紺のマント……赤の人はリッキーをいじめる人よね、覚えてるわ」
「でも顔がかっこよくて人気なんだよ、ミーティは騙されちゃダメだよ」
「何よそれ、あたしがリッキー以外を好きになるはずないじゃない! レイったら不潔だわ」
ミーティは俺に向かってイーッと顔を顰めてみせた。
そんなことをしているうちに、兵士団の先頭がすぐそこまで近付いてきた。
兵士団の見送りのために大通り沿いに向かおうとした俺たちだが、夜明け前だというのにまるで祭りの日のような人手に度肝を抜かれた。
「さっきはもう少し人が少なかったのに、一気に増えましたね。ミーティ、しっかり手を繋いでいてね」
リックと手を繋いだミーティは人混みに気圧されたのか少し表情が固い。
「……そのワンピース、可愛いね。よく似合ってるよ」
「……リッキーがこれにしなさいって言ったのよ。ナスタチウムと同じ色だからって」
「ミーティは違う色が良かったのかい?」
唇を尖らせたミーティに尋ねると、短い息を吐いたあとで小さな手に抱えたナスタチウムを揺らして答える。
「このワンピースは好きよ、だけど同じ色じゃお花が目立たないじゃない。白かブルーの方がお花が綺麗に見えたのに」
「なるほど……ファッションセンスではミーティの方が何枚も上手だな」
ミーティが持ったナスタチウムは、俺たち五人分で貰ったナスタチウム五本を黄色のリボンで一つに束ね、小さな花束にしている。
俺とリック、エルダさん、そしてフロッカーさんはメロンパンを作って渡しているので、花は全てミーティから渡してもらうことに決めたのだ。馬に乗ってくるハロルド兵士団長に渡す時にも、一本より花束にした方が渡しやすいだろう。
「坊ちゃん、向こうの方が少し余裕がありそうですよ。もう少し先に行きましょう」
背の高いエルダさんが先導し、俺たちは町の入り口近くで大通りにどうにか顔を出した。
「あら、フロッカーさんじゃないの。お嬢ちゃんも一緒?」
「ええ、どうも。うちの職人が兵士団長に世話になったんで、孫娘からナスタチウムを渡すつもりなんですよ」
「あら素敵ねぇ、それならほら、前においで。リックちゃんも」
フロッカーさんに声をかけたのは俺たちがよく買い物に行く雑貨屋の奥さんで、ミーティを見ると少し避けて俺たちを前に通してくれた。
持つべきものは顔の広い上司かもしれない。
「ありがとうございます、おばさま」
「いいのよ、兵士団長さんに渡せるといいわね」
ちょうど空が白み始め、日の出の頃である。
城に近い方から、わあっと歓声が上がった。
声は波のように伝播し、皆が一斉に通りの向こうへ顔を向ける。
「たぶん今、兵士団が出てきたんでしょうね。もうしばらくしたら見えてきますよ」
リックは目を輝かせながらも、その足の間に立たせたミーティの肩をしっかり掴んでいる。
その少し後ろにいる俺とエルダさんとで他の人からリックとミーティが押されないよう踏ん張っているが、筋肉隆々のエルダさんはともかく俺は誰かが後ろで動くたびに道に転がり出そうになるのだった。
「あー……すごい人だァ……俺ももっと鍛えた方が良いんだな……」
「ふふ、どうしてもきつかったら場所を代わりますよ。でもそうしたらミーティを守るのはレイさんですからね、責任重大」
「……ミーティに何かあったら困るから俺はここで名も無き盾に専念しておくよ」
芋洗いのように揉まれながら言い、俺は城の方を眺めた。
通りのはるか向こう、小さく騎馬が見え、人々が掲げるナスタチウムの橙が躍る。
「見えてきたぞ! 兵士団だ!」
誰かが声を上げ、またどこからか歓声が上がる。
「先頭にいるのがハロルド兵士団長なのかな? まだ顔まではよく見えないな……」
「一番前にいるのは護衛の兵士たちだと思います。四人くらいいて、その後に先鋭隊の先駆けの兵士たち、それからハロルド兵士団長とショーン曹長が続くはずです」
「さすが兵士団志望、詳しいね。あと少しだよ、ミーティ」
「……ちゃんと渡せるかしら。ねえ、兵士団長さんってすぐにわかる?」
「大丈夫、ハロルド兵士団長は濃紺のマントを着ているから。赤いマントはショーン曹長だよ、怒りん坊の人」
「濃紺のマント……赤の人はリッキーをいじめる人よね、覚えてるわ」
「でも顔がかっこよくて人気なんだよ、ミーティは騙されちゃダメだよ」
「何よそれ、あたしがリッキー以外を好きになるはずないじゃない! レイったら不潔だわ」
ミーティは俺に向かってイーッと顔を顰めてみせた。
そんなことをしているうちに、兵士団の先頭がすぐそこまで近付いてきた。
162
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。
子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。
マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。
その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。
当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。
そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。
マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。
焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。
やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。
HOTランキング1位になることができました!
皆さま、ありがとうございます。
他社の投稿サイトにも掲載しています。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる