惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

文字の大きさ
144 / 162
第四章 偏食の騎士と魔女への道

80.少女の約束

しおりを挟む
「凛々しくて素敵ねぇ、さすが兵士団だわ」
「ハロルド兵士団長ー!」
「ショーン曹長こっち向いて!」

 兵士団は馬に乗って思ったよりもゆっくりと進んでくるようだった。
 というのも、次々と声を掛ける人々がその馬や兵士団の装備にナスタチウムの花を挿していくのであまり速くは移動できないのだろう。

「あっ、ハロルド兵士団長がいる!」

 先に気付いたのはリックだった。
 俺からはまだよく見えないが、少し手前で一際大きく歓声が上がるので確かにそこにいるらしい。

「……ミーティ、もうすぐ来そうだよ。花、渡す用意できてる?」
「ん……!」

 ミーティはすっかり緊張の面持ちで、栗色の大きな瞳は不安気に揺れていた。

「大丈夫、必ず気付いてくれるから。背伸びして、ハロルド兵士団長が受け取りやすいように差し出すんだよ」

 リックがミーティの頭を撫でながら言った。
 だんだんと近付いてくるうちに兵士団の訓練場で見かけた数名の兵士の顔がわかるようになって、俺の心臓もドキドキと大きな音を立て始めた。

「大丈夫か? 兵士団長さん、真っ直ぐ前見ててあんまり横向いたりしなさそうだぞ」
「え、本当ですか? エルダさんもう見えるんですか?」
「ああ。えーと、向かって右にいるのがショーン曹長だよな、その少し前にいるのがハロルド兵士団長だ、もうすぐ来る」

 俺は精一杯背伸びして、人混みと兵士団の中にようやくちらりとハロルド兵士団長の顔を見つけた。

「っ、いた! いるいる! リック! 来てるよ!」
「そりゃいますよ、レイさん。もう少し近付かないとミーティには見えませんよ」
「っ、ミーティ! もっとアピールしなきゃ気付いてもらえないよ!」

 近付いてくるとよく見える。
 ハロルド兵士団長が通る場所では道の両脇の人々が次々とナスタチウムの花を馬の鞍に付けたカゴの中に入れていくらしい。カゴは他の兵士の馬にも付いているようだが、ハロルド兵士団長の周りはやはり群を抜いて花が差し出されていて、こんな中ではミーティの花は人混みに流されるか潰されてしまいそうな気がした。

「アピールって言ったって……」
「肩車でもなんでもしてもらったら良いじゃないか! リック……じゃなくてエルダさんにしてもらえば目立つだろ!」
「冗談じゃないわ! 子どもじゃないのよ、肩車なんてレディのすることじゃないわよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」

 俺がミーティを振り向いた時、斜め右前の方向でキャアアッと凄まじい歓声が上がった。

「……なんだぁ?」
「ショーン曹長と目が合ったってよ、ほんっとに女はあの曹長にだけはめっぽう弱いんだからな」
「怜剣のショーンか。ここらにメスの魔物が出ないのはあの流し目のせいらしいからな」

 近くの人々の話によると、どうやらショーン曹長が誰か女の人の方を向いたらしい。
 俺は肩車に応じないミーティはさておき、とにかく気付いてもらわねばと手を挙げて振ってみた。

「っ、ハロルド兵士団長! ショーン曹長! ミーティはここです! ここ!」
「レイったら! 恥ずかしいわよ!」
「気付いてもらえなかったら終わりなんだよ! おーい! ここですここー! フロッキースはここにいます!」

 前世から考えても、俺はこんなに大声を出したことはなかった気がする。
 とにかくどうにか気付いてほしくて必死だった。

 そして訪れたその瞬間、リックがそっと囁いた。

「……ミーティ、来たよ。ハロルド兵士団長だ」

 俺たちの前を何人かの兵士が馬に乗って通り過ぎ、風が止むような不思議な空気が流れた。
 賢そうな黒毛の馬に乗ったハロルド兵士団長が真っ直ぐに前を見据えている。

「兵士団長さん! 悪い魔物を必ず倒してきてね」

 リックの前からパッと離れたミーティが馬の上の兵士団長へ背伸びをしてナスタチウムの花束を差し出した。
 急に飛び出した少女の存在に周りの人々が息を呑むのが聞こえた。

「……ありがとう、パン屋の可愛いお嬢さん。きみのために必ず魔物を討ち取ってみせよう」

 ハロルド兵士団長は僅かに手綱を引き、馬の足を止めると手を伸ばしてミーティの花束を受け取った。

「っ、約束よ! 必ず倒してきて!」
「ああ約束する。きみの大切な人をもう二度と傷付けさせない」

 ハロルド兵士団長はミーティから受け取った小さな花束を腰のベルトに挿し、また馬をゆっくりと歩かせ始めた。
 途端に俺の耳には遠くなっていた人々の声が聞こえてくる。

「ハロルド兵士団長ー!」
「がんばれー!」

 一層盛り上がる歓声に俺が身を縮めていると、いつのまにかミーティを抱き上げていたリックが俺を見てにっこりと笑った。

「ほらね。ハロルド兵士団長が気付かないはずないんですよ、ミーティはこんなに可愛いんだから」
「……リック」

 リックの胸に顔を押し付けたミーティの肩が小さく震えているのが見えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。 子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。 マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。 その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。 当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。 そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。 マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。 焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。 やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。 HOTランキング1位になることができました! 皆さま、ありがとうございます。 他社の投稿サイトにも掲載しています。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!

さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語 会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

処理中です...