惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

82.曇天

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 次の日には店も再開して、俺たちはいつもと変わらない日を過ごし始めた。

「メロンパン作りの勘を鈍らせるなよ。兵士団が無事に帰ってきたらすぐに店に出すぞ。ありゃ絶対売れる、兵士団長のお墨付きだからな」

 フロッカーさんがそんなふうに明るく、高揚した調子で言うのは珍しいことだった。

「おじいちゃん! 無事に帰ってきたら、なんて言わないで。無事に帰ってくるに決まってるんだから」

 怒ったのはミーティだ。不満をはっきり口にして、フロッカーさんの前で仁王立ちの構えである。

「なんだ、ミーティ。いつからそんなに兵士団が好きになったんだ?」

 揶揄うように笑ったフロッカーさんに、ミーティは臨戦体制で目を吊り上げる。

「……あたしは兵士団長さんと直接、約束したのよ。あたしが信じなくてどうするのよ」
「そりゃもっともだ。しかし無事に帰ってくるまでは何が起こるかわからんぞ」
「だからそうやって言うのもダメなの!」

 微笑ましい二人のけんかだったが、それでも俺の気分はどちらかといえばフロッカーさんの意見に寄っていた。

 実際の遠征がどんなふうに進むのか、リックのように訓練所に通った経験のない俺には全くわからない。不測の事態があったとして、一体どんな不測の事態があるのだろう。

 俺は窓の外の空を眺めて溜め息を吐いた。

「……天気が悪くなりそうですよね。洞窟の中に入っていれば大丈夫だと思いますが、土砂が流れたり道が塞がれることもないとは言えません。心配ですよね」

 リックが俺の気持ちを慮るように言った。
 天気は昼過ぎから崩れて、今はまだ日が暮れるほどの時間でもないのに空は暗く今にも雨が降り出しそうだ。

「珍しいよね、この辺りで雨が降るって。別に嫌な予感だなんて言う気はないけど、兵士団の人たちにとって少しでも戦いやすいようになってほしいから」
「……リッキーもレイも変なことばっかり言わないで。雨くらいで戦えなくなるわけないでしょ、そんなに弱かったら兵士団長なんてなれるわけないんだから」

 空よりも早くミーティがいよいよ目を潤ませた。

「そうだよね、ごめんミーティ。俺は兵士団のことはよくわからないからつい心配しちゃうだけだよ、ハロルド兵士団長がすごく強いのは知ってる」
「わかればいいわ。それに、レイが頑張って作ったメロンパンをたくさん持って行ってるんでしょ? あれは美味しいからきっといつもより力が出るわよ、絶対に負けないわ」
「ミーティ、ハロルド兵士団長はメロンパンを食べなくてもすごーく強いんだよ。でも食べたらもーっと強くてね、一日にあれを何個も食べるんだ」

 リックが大袈裟に言って笑わせようとすると、ミーティは目を丸くした。

「そんなに食べるの? 痩せてたのに?」
「そう。たくさん食べるのに痩せてる理由は、食べた力を全部戦う力にしてるからなんだよ。強い理由がわかるだろ?」
「すごい……強いからいっぱい食べなきゃいけないのね。それにレイのパンが選ばれたのね!」

 ようやくミーティの機嫌が直り、俺たちはほっとした。
 何にせよ俺たちは信じて待つしかない。
 そして約束を交わしたのだから大丈夫だと、ミーティは誰より強くそれを願っているのだ。

 けれど。
 
 それから三日経って兵士団の帰還予定日が訪れても、町の帰還の鐘が鳴らされることはないのだった。
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