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第四章 偏食の騎士と魔女への道
87.濃紺の理由
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フロッカーさんのつけ払いという粋な計らいと共に閉店間際の仕立て屋に滑り込んだ俺とリックは、体中のサイズを測られて何十種類もの布を体に当てられた。
「なんか俺、こういうの似合わないな……」
絹のシャツに黒いジャケットとスラックス、蝶ネクタイを付けられた俺は鏡の前で首を傾げた。
「よくお似合いですよ、レイさん」
「きみに言われると嫌味としか思えないよ……」
俺と違ってスタイルも顔も良いリックには仕立て屋も張り切ってあれこれとオプションを付けたがる。
ビロードのジャケットの裏地に派手な赤の生地を当てられているのを見ると、あまり羨ましいとも言えない気がした。
「お城にお呼ばれするならこれくらい派手じゃないと! 帽子もどうです、お似合いだと思いますよ」
「いえいえ、さすがに……とりあえず急ぎでお願いしますよ」
派手な鳥の羽根の付いた帽子や魔物の皮で作られたという帽子を遠慮し、俺たちは逃げるように仕立て屋を出た。
町はまだ兵士団の遠征の成功に湧いているようで、夜だというのに人通りも多く屋台も出ている。
「まだまだ盛り上がってますね。少し見ていきますか?」
リックが指差した大通りを見て、俺は少し考えた。
「……ちょっと行きたいところがあるんだ。この時間でやってるか、わからないけど」
俺がリックを伴って向かったのはガラス細工を扱う店である。
「何を買うんです?」
「……注文したいものがあるんだ」
コップや器などが並んだ店の奥、カウンター前の箱の中にはアクセサリーが入っている。
「いらっしゃい。何にしましょう」
「ええと、ネックレスを一つ作ってほしくて」
「どんなデザインにしましょう?」
「……丸い形で、格子状の模様を付けた……メロンパンの形の」
アクセサリーの注文なんてしたことがなかった俺は口にしながら急に羞恥が込み上げて、だんだんと声が小さくなってしまった。
店主の老人は少し驚いたような顔をしたが、俺の顔を見てにっこりと笑った。
「ははあ、話題のパンですな。新聞にあった絵の、あのような形で?」
「はい、お願いします。色は……そう、こんな感じの色で」
俺はカウンターにあったクッキーの形のネックレスを指差して言った。
店主が注文書を書く間、リックが俺に耳打ちする。
「……アクセサリーなんて誰にあげるんです?」
「見たらわかるだろ……ミーティだよ、クッキーのネックレス貰っちゃったから」
小声で返すとリックが何やら言いたげに首を傾げる。
「ふーん……」
「……なんだよ、その顔は」
「昼間、ミーティがお城に着ていくドレスを見に行ったんですけど」
「……」
「……何色が良いって言ったと思います?」
リックが含みを持たせて言うので少し考え、俺はなんとなく彼の言わんとすることを察した。
昨日の夜からミーティの様子がおかしいことは家中の誰もが気付いていたが、誰も指摘しなかったことだ。
「……濃紺」
俺の答えにリックは顔を顰めながら驚いた。
「えー……レイさんってそういうのわかるんですか? うわぁ……僕ショックだな、僕はわからなかったのに」
「……わからなかったの?」
「もっと明るい色の方が似合うと思うけどなぁって言ったら、この色じゃなきゃ嫌だって。濃紺もシックで素敵だけどもっと子どもらしい方が良いと思ったのに」
ミーティがその色を選ぶ理由がわからなかったリックは、たぶん自惚れていたんだろう。
俺は思わず笑ってしまった。
「同世代の男の子ならともかく、今度ばかりはリックも完敗だな。何せ相手は英雄殿だ」
「はぁ……リッキーの好みは聞いてない! なんて言うんですよ、あんまりです。別にハロルド兵士団長だって好みだから濃紺のマントしてるわけじゃないと思うんですけどね」
そう言って涙を拭うふりまでするのでいよいよ俺は声を出して笑ってしまった。
ミーティの新たな恋の相手には、残念ながらリックでも勝てそうにはないだろう。
「あはははっ! 泣くなよ、男前が台無しだぞ」
「……どうしよう、ハロルド兵士団長と結婚するなんて言い出したら」
「いいじゃないか、玉の輿だろ?」
「歳が離れすぎですよ! 十年経ったらハロルド兵士団長だってもう四十ですよ!」
リックは憤っていたが、それはすごく幸せな悩みに聞こえた。
メロンパンのネックレスは二、三日もすれば出来上がるという。
城への招待に間に合うよう念を押し、俺たちはガラス細工屋を後にした。
「なんか俺、こういうの似合わないな……」
絹のシャツに黒いジャケットとスラックス、蝶ネクタイを付けられた俺は鏡の前で首を傾げた。
「よくお似合いですよ、レイさん」
「きみに言われると嫌味としか思えないよ……」
俺と違ってスタイルも顔も良いリックには仕立て屋も張り切ってあれこれとオプションを付けたがる。
ビロードのジャケットの裏地に派手な赤の生地を当てられているのを見ると、あまり羨ましいとも言えない気がした。
「お城にお呼ばれするならこれくらい派手じゃないと! 帽子もどうです、お似合いだと思いますよ」
「いえいえ、さすがに……とりあえず急ぎでお願いしますよ」
派手な鳥の羽根の付いた帽子や魔物の皮で作られたという帽子を遠慮し、俺たちは逃げるように仕立て屋を出た。
町はまだ兵士団の遠征の成功に湧いているようで、夜だというのに人通りも多く屋台も出ている。
「まだまだ盛り上がってますね。少し見ていきますか?」
リックが指差した大通りを見て、俺は少し考えた。
「……ちょっと行きたいところがあるんだ。この時間でやってるか、わからないけど」
俺がリックを伴って向かったのはガラス細工を扱う店である。
「何を買うんです?」
「……注文したいものがあるんだ」
コップや器などが並んだ店の奥、カウンター前の箱の中にはアクセサリーが入っている。
「いらっしゃい。何にしましょう」
「ええと、ネックレスを一つ作ってほしくて」
「どんなデザインにしましょう?」
「……丸い形で、格子状の模様を付けた……メロンパンの形の」
アクセサリーの注文なんてしたことがなかった俺は口にしながら急に羞恥が込み上げて、だんだんと声が小さくなってしまった。
店主の老人は少し驚いたような顔をしたが、俺の顔を見てにっこりと笑った。
「ははあ、話題のパンですな。新聞にあった絵の、あのような形で?」
「はい、お願いします。色は……そう、こんな感じの色で」
俺はカウンターにあったクッキーの形のネックレスを指差して言った。
店主が注文書を書く間、リックが俺に耳打ちする。
「……アクセサリーなんて誰にあげるんです?」
「見たらわかるだろ……ミーティだよ、クッキーのネックレス貰っちゃったから」
小声で返すとリックが何やら言いたげに首を傾げる。
「ふーん……」
「……なんだよ、その顔は」
「昼間、ミーティがお城に着ていくドレスを見に行ったんですけど」
「……」
「……何色が良いって言ったと思います?」
リックが含みを持たせて言うので少し考え、俺はなんとなく彼の言わんとすることを察した。
昨日の夜からミーティの様子がおかしいことは家中の誰もが気付いていたが、誰も指摘しなかったことだ。
「……濃紺」
俺の答えにリックは顔を顰めながら驚いた。
「えー……レイさんってそういうのわかるんですか? うわぁ……僕ショックだな、僕はわからなかったのに」
「……わからなかったの?」
「もっと明るい色の方が似合うと思うけどなぁって言ったら、この色じゃなきゃ嫌だって。濃紺もシックで素敵だけどもっと子どもらしい方が良いと思ったのに」
ミーティがその色を選ぶ理由がわからなかったリックは、たぶん自惚れていたんだろう。
俺は思わず笑ってしまった。
「同世代の男の子ならともかく、今度ばかりはリックも完敗だな。何せ相手は英雄殿だ」
「はぁ……リッキーの好みは聞いてない! なんて言うんですよ、あんまりです。別にハロルド兵士団長だって好みだから濃紺のマントしてるわけじゃないと思うんですけどね」
そう言って涙を拭うふりまでするのでいよいよ俺は声を出して笑ってしまった。
ミーティの新たな恋の相手には、残念ながらリックでも勝てそうにはないだろう。
「あはははっ! 泣くなよ、男前が台無しだぞ」
「……どうしよう、ハロルド兵士団長と結婚するなんて言い出したら」
「いいじゃないか、玉の輿だろ?」
「歳が離れすぎですよ! 十年経ったらハロルド兵士団長だってもう四十ですよ!」
リックは憤っていたが、それはすごく幸せな悩みに聞こえた。
メロンパンのネックレスは二、三日もすれば出来上がるという。
城への招待に間に合うよう念を押し、俺たちはガラス細工屋を後にした。
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