人の心、クズ知らず。

木樫

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第九話 サキと夢。

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 だって本当は現実で、ショーゴからそれを聞いたんだよな? キョースケ。

 タツキとショーゴと、俺たちが来る前にここで会ってたっぽい。たぶん。いざ来るってなって、みんな怖くなって隠れた。ほら、俺って鬼さんなわけだし。そりゃ怖い。

 ただの出来事の辻褄合わせ。

 人の心由来じゃなきゃ、それなりに察しはいいほうだ。

 だからあぶれた子犬を無視できない一番優しいキョースケは、その理由を俺に伝えない選択肢を選ばないだろう。

 そして一番臆病なショーゴは、きっと一番遠くに隠れる。

 臆病なくせに勇敢なショーゴだから、顔を合わせられなくて部屋中どこにもいれなかろうが、この部屋自体には絶対に来たと思う。


「バカだな……ショーゴ」


 ボソリと、思わず声が漏れた。

 俺のほうが怖いに決まってんのに。
 いちいちなんでもかんでもに怯えて、必要のない逃走劇ばっか演じてやんの。

 お前はドンと構えて、俺を殺す凶器を磨いているくらいでちょうどいい。

 俺のなにかに傷ついて、悩んで、泣いて、蹲って、俺は受け身で突っ立ってただけで、お前は一生懸命ぶつけてきたんだから。

 溜め息を吐いて、キョースケの頭を抱き寄せてその唇に噛みつく。


「っん」

「ふ、やっぱお前最高だわ、ん」

「んぅ、っちょ、咲っん……っは」

「タンスをひっくり返す手間が省けた。お礼になにしてほしいか、考えといて?」

「ぅひっ……!」


 腰を抱き、口づけては離れてを繰り返し、耳元で甘く提案して離れた。

 顔をのぞき込むと、いきなりキスされるなんて予想もしなかったらしく、キョースケは真っ赤に色付いて硬直している。

 ありゃ? なんで予想外?
 キョースケがいたらキスしたくなんのは当たり前じゃね。舌入れるの我慢したし。

 ホントはもっとかわいがればもっと赤くなるのかも気になったケド、我慢、我慢。

 俺はこの通り、忍耐も覚えた。
 というより今までは我慢しなかった結果に興味がないからしなかっただけだ。

 これからは、キョースケたちが困りそうなことは我慢する。

 だってワガママやって叱られたら許してもらえるかわかんねーよ。べ。
 脳内でかみさまに舌を出す。


「じゃ、いってきます」


 キョースケの頬をひと撫でしてから、とてもとても離れがたいが、俺はなんとか踵を返して一番遠いところを目指し、歩き出した。

 まず迷わず、玄関に向かう。

 必ず戻ると言ったので、誰もリビングのドアを開けて俺の背中を覗いたりしない。

 俺も振り返ったりしない。
 コンコン、とつま先を土間でつつく。

 ドアノブを握って、廊下へ出た。

 タワーマンションの上層階。
 無駄に格式ばった廊下を歩くと、換気窓から吹き込む春風が頬をなでてくすぐったさを感じる。あは、俺っち感度高いな。

 一度失わないと大切なものに気づかないってのは、よく聞くセリフだ。

 そういうのは信じてなかった。
 大切だってわかってても失うもんだし、そうなると喪失に意味なんかねーでしょ。

 でも今は、親指の第一関節くらいなら、信じてもいいかと思う。

 プラシーボ効果かもだけど、あの廃ホテルで父親に壊された心の砂を排除して残ったものが五つの欠片だと気づいてから、アイツらに抱く微かな感情を、なるべくちゃんと素直に受け止めることに成功している。

 ウフ、本当だぜ?
 アイツらならって、アイツらを理解するためって、スゲー頭使って落とし込むの。

 昔はたいていを疑問として処理し、答えを求めては結局理解不能だと首を傾げて、疲れ果てていた。

 自分なりに答えが出た時も間違ってることがままあり、世界との溝は深まるばっかりだったのだ。

 それが今じゃ、アイツらを前に〝コイツだったらどうするか、どういう意味を持つか〟と考えて、アイツらを介することで疑似的に理解できる。

 だから一人の欠けでも、致命傷。

 みんな、自立する俺のココロだよ。


「絶対来るんだ。んで、来たら帰らねーんだ、そうだろ?」


 玄関ドアを背に、廊下の両端をゆらりと交互に見つめる。

 エレベーターホールがあるほうを除外。ショーゴは帰らない。非常階段がある逆方向へ足を進める。


「でも非常用ドアの中なんかに入っちゃうと俺らが見えなくなるって、自分で自分を追い込むドマゾは、わざわざこっちを見れるような場所で蹲る」


 大きくはない。
 けれど聞こえないほどじゃない声量でわざと思考を外へ逃がしながら、廊下の曲がり角へ歩み続けた。




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