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九皿目 エゴイズム幸福論
09
しおりを挟む大丈夫だと言い切った俺に、ライゼンさんはそっと手を伸ばして俺の両手を取り、温めるようにキュッと握りながらそんなことを言う。
この人はアゼルの家族である俺を、アゼルと同じように思ってくれているのだ。
あたたかい人。心配しなくとも、俺のほうはいくらでもやりようはある。
こういうものは、物語の中ならば案外あっさりと戻ったりもするし、アゼルに負担のない範囲で、俺はなんだってやるつもりだ。
休みにすると言ったライゼンさんは俺の手を離し立ち上がって、やることがたくさんあると扉に向かった。
そして部屋を出る前に振り返り、俺たちが手を取り合った時も、なんの反応もしなかったアゼルに向かって苦しそうに告げる。
「魔王様。魔王様がなくした十八年、いや、十一年前の出来事から、シャルさんと出会ったこの一年間は、貴方様になくてはならないかけがえのない記憶なんです。だから諦めないで、捨てないでください」
「…………」
「大丈夫です。私は貴方様を心底敬愛しています。仕事を休んでも、責めたりしません。居場所を失うことに、怯えることはないのです」
「…………っ」
「…………今の貴方様が七年後に人間国へ逃げ出すまで、壊れそうだと気がつかなかった愚かな宰相の言葉を、どうか信じてほしい」
パタン、と扉が閉まった。
部屋を出ていったライゼンさんの言葉に、アゼルは僅かに目を見開き、息を呑んだ。
閉まった扉を見つめて、平気なフリがうまい自分の顔を呆然となでる。
俺はそんなアゼルを見つめて、胸の奥が切なくなり、そして、抱きしめたいと思った。
──アゼルが本当は、怯えていること。
怒ること。悲しむこと。寂しいこと。誰かに助けてほしいこと。ずっとずっと、悩んでいること。
それはこの頃誰も知らなかったことだ。
痛い、苦しい、辛い、誰か。
そんなことは言えなかった。頼るということを知らなかった。弱みを見せてはいけなかった。強い自分を演じた。
不器用で我慢強い。
誰よりも強がりが上手い彼がそうなったのは、誰も言ってくれなかったからだ。
〝たった一人で、よく頑張ったね。
もう、頑張らなくてもいいんだよ〟
〝辛いことを我慢しなくてもいい。
そのままの、ただの貴方でいいんだ〟
たったそれだけでよかったのに。
誰も言ってくれなかったのだ。言ってほしいとも……言えなかったのだ。
だからそれを知っているようなライゼンさんの去り際の言葉に、アゼルは動揺を隠せない様子で呆然と閉まった扉を見つめていた。
「大丈夫だよ」
「っ」
「ここはあるがままのお前を受け入れ、共に笑ってくれる人がたくさんいる時間なんだ」
そうだ。
笑顔の集め方を教わったアゼルが勇気を振り絞って、何度も失敗して、それでも時間をかけて集めた、お前のことが大好きな人がいる今という時間。
二人きりの静まり返った空気を振り切るように、柔らかな声音で言いながら微笑みかける。
アゼルは見開いていた目をゆっくりと瞬かせ、どう返事を返せばいいのかわからないように、小さく唇を開閉した。
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