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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟む心配しなくとも、もう泣く気はない。
人に話すと気持ちの整理がつくだろう? それを我慢していた俺のグチャグチャな気持ちは、ちゃんと落ち着いている。
ただ現状を改めて本当の意味で立ち向かおうと、噛み締めていたかっただけだ。
アゼルに愛されたから、ガドとも出会えた。
そんなガドは、アゼルが忘れてしまっても俺の大事な友人だ。
それはつまり、ガド自身が俺がアゼルに愛されていた証明なのではないか。
ここにきてから出会った人は皆、アゼルが俺を殺さずに必要としてくれたから出会えた大切な人たちで、それは愛されなくとも手の中にある。
そう考えると、どうしたってきっかけをくれたアゼルを想って胸が締めつけられた。
でもかけがえのない出会いを繋がれ、もう十分愛してくれた人だ。
そりゃあ俺の気持ちは、今でも変わらない。
身体を鍛えて鍛錬を積んで剣も魔法もがむしゃらに極めて、そうして全身全霊で天界に乗り込んで、殺される覚悟で奪い返してやろうと思う。
だけど、それは駄目だとわかっているのだ。
俺は天界がある日コロリと返してくれるか、今のアゼルがそうありたいと思ってくれるかを、ひたすらこずるく待っていることしかできない。
ついさっきまでは、そう考えて悲しくて仕方がなかった。
アゼルに酷いやつだと八つ当たりを叫んだし、なんでもするから愛してくれと泣きじゃくった。
だけど今は、ちゃんと前向きに理解してる。ちゃんと飲み込んで、顔を上げられる。
壁にもたれかかって、月明かりに照らされた室内を眺める。
ここで二人でお菓子を作ったこともあったな。アゼルは小麦粉を飛ばして、顔が白くなって固まっていた。
味見に誘って一口差し出すと、顔をそらしながらも口にして、悪くないと言っていた。
そう、アゼルは間接キスは苦手なんだ。
「……、またお菓子を一緒に作ろう」
少し苦くて苦しいけれど、大丈夫。
積み重ねて行こう、何度でも。
もう仮面は被らないから。
明日は朝一番に、アゼルに謝るんだ。
そして確かに演技をしていたと、本当は少し悲しかったし、もっと今の貴方と仲良くなりたいんだと。
それを謝って、申し訳ないがやっぱり俺は前の貴方も忘れられないんだと、重ねて謝ろう。
隠さずに、誠心誠意本当の気持ちを言おう。
だから俺をもう一度愛してほしい。
そうすると貴方は未来でこれだけ悲しい。
だけど俺はもう一度貴方に恋い焦がれられたい。
全部説明して、それでも信じられないと言われたら、俺は……そうだな。
手始めに、生涯をかけて。
貴方だけを愛して見せようか。
「ははっ……どうしたってそうしかできないんだ。俺だから」
うん、そうしよう。
それがいい。
呆れて笑ってしまうくらい、俺はお前を捨てる選択肢を取れなかった。
恋は悲しいばかりじゃないんだ。
俺は全部知っている。お前がくれたものを全部覚えている。
お前に片想いをするのは、楽しいだろうな。
そうすると両想いがどれだけ尊いものかもよくわかるだろう。
お前の愛の深さがよくわかって、俺はますます今までの愛の記憶に感謝できる。
お前をもっと愛せるよ。
壊れてしまうかもしれないが、その時は一歩踏み出して、お前と俺の出会いと時間が紡いだ絆に寄りかかろう。
苦手なことだけど、とても一人で立っていられないから、仕方ない。
そうして少しずつ、心からお前の幸福を願える、格好いい男になれると思う。
「月が綺麗だな……」
悪くない気分だった。
音もなく開いた扉に見覚えのない人影が見えて、侵入者越しの夜風が頬をなでる。
今夜はまだ、眠れないようだ。
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