悪魔様は人間生活がヘタすぎる

木樫

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第一話 片想いと片想われ

07

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 ──その日、夢を見た。

 最近よく見る不思議な夢じゃない。階段のない屋敷の中で、壁一面の本棚を誰かの腕の中から眺めている夢だ。


『イチル、次はどの本がいい?』


 聞き覚えのある声が穏やかにかけられ、九蔵の一瞬白く感光した視界に〝お前の好きな食べ物が載っている本がいいな〟と文字が浮かぶ。

 これはたぶん、誰かの記憶。

 声もない答えの決まったセリフを主観で見ているこれは、自分がよくするゲームと似ている。


『私の好きな食べ物は、人間の魂だな。それから人間の欲望。生気。調べなくても、イチルの尋ねることにはなんでも答えるぞ』


 声の主、ニューイが骸骨頭をカラコロと嬉しげに鳴らし、一冊の本を手渡した。
 オレンジの背表紙の本。
 紙が分厚く、作りがやや荒い。高そうだ。現代では見ない。


『しかし、悪魔は人の食べ物を食べなくても死なないのに、そんなものを知りたがるなんて……イチルは変な子だ』


 ニューイから本を受け取って熱心に読む夢の中の九蔵へ、ニューイは歌うように聞かせた。
 けれど夢の中の九蔵は首を横に振り、小首を傾げて茶目っ気たっぷりに微笑む。


〝ダメ。つまらないことを言ってはいけないね、ニューイ〟

『えう、私はつ、つまらないかい……?』

〝うん。とても〟

『とても……っ!?』

〝だってニューイ、死ななくってもお腹は減るからね。そうでなくても美味しいものを一緒に食べたほうが、お前の食事は楽しいよ〟

『ん……』

〝一緒に食事をしよう? 人間の魂くらい、いくら食べても大丈夫さ〟

『そうだね。一緒に食事をしよう』


 視界の白にセリフが浮かぶたび、ニューイは表情、いや表音をカラコロと変えて、最後には切なげにピキンと軋んだ。

 ──あぁ……イチルは人間だから、人由来のものを好んでいるニューイへ自分を捧げる気なんだって、わかってるんだな。

 ズキ、と胸が痛くなる。

 なぜか、ニューイの笑顔の理由がわかってしまったからだ。
 ちっとも覚えのない記憶なのに。感情がシンクロしたわけでもない。ただ、理由を知っていただけ。


『こんな、身のない体を気遣ってくれるのはは……人間のキミだけなのだよ』


 それでも、ニューイは幸福そうだ。
 自分を想って試行錯誤しようとするイチルが愛おしいと、そのたおやかな眼窩の光で語りかける。

 なるほど。ニューイの言う前世の恋人は、この声も姿も九蔵には見ることができないイチルなのか。


『それじゃあ、私の本当の好物を教えるぞ』

〝ん? 魂じゃないのかい?〟

『うん。魂は嘘っぱちだ。本当はな? 私の好きな食べ物は──』


 その続きを聞く前に、九蔵の意識が夢の中からフワフワと薄れていく。

 肝心、と言えばそうかもしれない。どうせなら知ることができれば、上手く現実でも生かせられたはずだ。

 ──もったいないかも。

 そう思いながら、九蔵の意識は夢も見ないほどの深みへと、沈んで行った。




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