異世界喫茶店の黒い殺し屋

42神 零

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EPISODE 00・異世界へ来た殺し屋

02

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1996年09月28日 07:30
リーパーside


「…おいおい、マジかよ」


 さて、喫茶店から出たのはいいが…扉の先に広がっていたのは快晴の空、とは行かず、まさかの天井の着いた巨大通路に出てきた。

 その通路にはいかにもガラの悪い集団が下品な話で汚らしい笑い声を上げたり、地面にダンボールを敷いて生活しているホームレス集団が居たりと、最早カオスの光景が広がっていた。

 …はーん、なるほど。エメルが言っていたここら一帯ってのはこういうことか。確かにこりゃ儲けられねぇわけだ。

 で、見た感じ使われてねぇ地下商店街みたいなところだが…どいつもこいつも死んだ魚みてぇな目してやがる。少なくとも一般人が来る場所じゃねぇ。

 ほっつき歩いてたら適当なでっち上げされて喧嘩売られそうだな。例えば慰謝料がどうのこうの…とか。


_ドンッ

「いってええぇぇ!!いててててて!!」


 と、噂をすればなんとやら。適当に突っ立っていたら向こうからぶつかってきやがった。

 で、猿でも出来るような芝居を演じてはぶつかった肩に手を当て、地面に転がっては喚き散らす。


「あーあー、こりゃ関節外れちまってるわ」

「どーすんのおっさん?慰謝料出すか?」


 加えてガラの悪い取り巻き二人が俺に睨み付けながらそう提案してきた。

 絵に書いたような展開…ここまで来ると笑えてくるな。


「ほーん、関節ねぇ。見せてみろ」

「あ?外れてるって言ったら外れてんだよ!頭沸いてんのかテメェ!」


 なんかキレられた。グレた若いのって喧嘩っ早いから好きじゃねぇんだよなぁ。


「まぁまぁ落ち着けって。そんなにキレちまうと禿げ_」


 言い切る前に正面から衝撃がやってきた。どうやら痺れを切らした取り巻きの一人が俺の顔面目掛けてグーパンしてきたらしい。

 気が付くと俺の頬は凹み、代わりに奴の作った拳の凹凸が伝わってくる。


「…ほーん、なるほど。そう来たか」

「んなっ!?」


 だがこちとら生きるか死ぬかの駆け引きばかりやってるんで、こんぐらいのこっちゃ痛くも痒くもない。

 それに奴は自信満々だったのか、いざ自慢のパンチが通用しないとわかった途端、顔を青ざめた。

 その固まってる隙を俺は逃さない。奴の作った拳を振り解き、怯んだタイミングで懐に入り、拳を作って顔面へ…


「っと」


 …当てることなく、目と鼻の距離で寸止めした。


「っ………」


 それなのに奴は尋常じゃない冷や汗を流すと、情けない声を上げながらその場でへこたれてしまった。

 戦意喪失…ってやつか。さすがに外道でもなんでもねぇガキを殴る趣味なんてない。

 こういう馬鹿相手なら寸止めだけで充分だ。

 それと取り巻きのもう一人は一歩も動けてない。何が起きたのか分からないってところだろうか。


「よし、じゃあ見せてみろ」

「へ?…へ?」


 まぁ固まってんのは好都合だ。そのうちに主犯野郎を立ち上がらせて、そのままぶつかった箇所へ手を掛ける。

 そしてそのまま手刀を作り、肩へチョップを入れた。


_ゴキィッ

「があああぁぁぁっ!?」


 途端、奴は絶叫する。今度は演技じゃないらしい。

 まぁそりゃそうだろうな。今度はマジで関節外れちまったわけだし。


「これを…こう」


 外れて痛がってる主犯に、俺は腕を掴んでそのまま元に戻してやった。

 途端、ゴキッと生々しい音が聞こえてくるが、んなもん知ったこっちゃない。元に戻れりゃ万々歳だろ。


「ほぅら、関節戻ったぞ。これでいいだろ?」

「う、うわああああああぁぁぁっ!!」

「ありゃりゃ…」


 人が折角戻してやったってのに、治った途端バケモノを見るように逃げやがった。

 こういう輩は何故か揃いに揃って逃げ足が早い。てか逃げるぐらいなら最初からやるなよ。


「お、お前さん…すげぇな」

「あ?」


 逃げ去ってく奴らの背中を呑気に眺めてると、横からふと声を掛けられた。

 その方向へ目を配ると、ボロボロのジャケットを羽織った隻眼の初老ホームレスがそこに突っ立っていた。


「俺に言ってる?もしかして」

「お前さん以外誰がいる」

「ははっ、そりゃどーも。そんじゃまた」

「まぁ、待たんか。今のお前さんに取っていい話があるんだ。お代はいらん、聞いてみないかい?」


 と、野宿探しを再会しようとしたところ、そう言われて呼び止められた。

 いい話、ねぇ。こういうのは大抵何かに騙され、痛い目を見るのがオチだが…。


「…わかった。聞くだけ聞いてやる」


 生憎、今は藁にも縋りたい気分だ。騙されたら騙されたでなんとかすりゃいい。


「おぉ、この老人の独り言に付き合ってくれるとは…。若いもんも捨てたもんじゃない」

「御託はいい。本題はなんだ?」

「まぁそう急かさんな。ささ、こちらへ」


 と、ホームレスの初老は敷いてあるダンボールへ手招きする。…まぁ、何も無いよりはマシか。


「で、話とは?」


 とりあえず律儀に靴を脱ぎ、そのダンボールの上で胡座をかいた俺は、ホームレスの初老と向き合う形で耳を傾ける。

 傍から見りゃ怪しいやべぇやつという認識なのだろう、通りすがる人々から変な視線を向けられてるのがわかる。


「あぁ…お前さん、ここに来るのは初めてだろう?」

「…まぁな」


 そんな視線の中で始まる初老との対談。何を話してくるかと思えば俺が今欲しくてたまらない情報だった。


「ここはニヴル地下街。見ての通り治安が整っておらず、ならず者とホームレスが集まる場所だ」

「ニヴル…?」


 やはりというかなんというか。そんな地域聞いたことがねぇ。


「うむ。それでこの街は本当に救いようが無くてな。俺のようなホームレスもいればさっきお前さんに絡まれた半グレのクソガキ共…果ては一つの組織として動いてる輩がチラホラいる」

「ほーん…」


 つまりヤクザごっこしてる連中がいるってことか。そりゃまぁ…物騒だな。

 つっても、俺が元いた場所はそういう連中も相手にしてたな。任侠とか自称しながら外道のやり方で金を奪い取るバカ集団とか。


「だからお前さんも気を付けろ。ここの人間は大抵信用しちゃいかん。みんな生きるに必死なんだ」

「はっ、そうかい」


 んなもん重々知っている。裏社会に生きる人間ってのはどいつもこいつも揃いに揃って嘘つきが多い。

 けど全員が全員ってわけじゃない。中にはお人好しなやつだって居る。現に目の前にいる初老だってそうだ。

 …まぁ、この初老も元々情報を売ってから俺を殺して荷物でも剥ぐつもりだったんだろう。

 何より手に隠し持ってる部分から鉄の匂いがする。包丁やら刃物やら持ってんだろ。

 ただ手を出さないってことは諦めが着いたんだろうな。目の前で人の肩を脱臼させたところを見せちまったからな。


「ま、色々タメになったよ。また縁があったら酒の一杯ぐらい奢らせてくれ」

「あぁ、期待しとくぞ」


 まぁそれはさておき。ある程度の情報を得たところでお開きとさせてもらう。

 ここが地球なのかどうなのかはおいおい考えることとして…まずは丁度よさそうな寝床でも探すか。
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