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姉の代わり
第8話
しおりを挟むかすみさんから二人の関係を聞いて、私の中でツグミに対する憎しみが次第に増していった。ツグミと話すことは普段からあまりなかったけど、さらに私はツグミを避けるようになっていった。
同じ食卓を囲んでいても用が済めばすぐ部屋に戻ったし、何気ないことを話しかけられても「知らない」とだけ言って話を終わらせた。言葉にしてツグミを責めることが出来ない代わりに、当てつけに嫌な態度ばかりをとるようになった。そんな私に、ツグミは何かがおかしいと気づいたようだった。
だけど、それでもツグミは何も変わらなかった。私がいくらそっけなくしても、媚を売ることもなければやり返すこともない。いつもの調子でノックをせずに部屋を尋ねてくるし、用があればためらわずに話しかけてくる。普通は相手の機嫌が悪かったら、誰でも多少は様子を伺うとかするものだと思う。だけど、ツグミにはそれがない。何にも動じず、表情も変えず、絶対に自分のペースを崩さない。私はそんなツグミを見ていると、なおさら気に入らなかった。
あれからかすみさんは、私の前でツグミのことを一切話さなくなった。そんなかすみさんの姿は痛々しくてしかたなかった。私で少しでも寂しさを埋められるのなら、出来ることはなんでもしてあげたいという気持ちが、日に日に強くなっていった。
悲しいかな、私の顔はツグミと瓜二つなんだ。私は、いっそのことツグミの代わりでも構わないからと思うほどに、かすみさんが欲しかった。
夏の暑さがピークになり、かすみさんの体を隠すものが少なくなればなるほど、私はその肌に触れたい気持ちを抑えることが難しくなった。決して言葉では言えないのに、気づいて欲しい気持ちを目で訴えてしまう。
勉強を教えてもらってる最中、丁寧に解説をしてくれるかすみさんの話を聞かずに、その口元を見ていた。
「雨ちゃん?聞いてる?」
「あ、はい、聞いてます」
「じゃあ私が今説明したこと、もう一度言える?」
「えーと……」
「もぉー、雨ちゃんここのところずっと上の空だよ?」
「……ごめんなさい」
「毎日暑いから集中力が途切れちゃうのは分かるけど」
「そうゆうんじゃないんです」
「……なんかあったの?もしかして、また好きな人のこと考えてた?」
「……ごめんなさい」
私はかすみさんを横目で見た。
そうゆう話をする時のかすみさんは、いつも面白がるような素振りをしていたのにその日は違った。
「そっか……雨ちゃんも、私と居ても違う人のこと考えるんだね」
かすみさんは、ふいっと私から顔を背けると何もかもが嫌になったようにベッドに座った。こっちを見てくれないまま、ひどく傷ついた顔をするかすみさんが私の理性を失わせてゆく。
「……違います!私が考えてたのは……かすみさんのことです……」
「そうやってごまかすのよくないよ」
「ごまかしてない!」
大きな声で食い気味に反論してしまい、かすみさんを驚かせてしまった。
「……私がいつも考えるのはかすみさんのことばっかりです。かすみさんがいる時もいない時も……」
「雨ちゃん、そんなこと言って歳上ををからかっちゃ駄目だよ」
「からかってなんかいません。私は……私の好きな人をは……かすみさんだから……」
言えなかった言葉を口にしてしまった私は、理由《わけ》も分からず泣きそうになった。涙ぐむ私を見て、ようやくかすみさんは真剣に受け取ってくれた。
「……雨ちゃん」
「かすみさんは、どうしてもツグミじゃないとだめなんですか?私は、私だったら絶対かすみさんだけを大切にします!ツグミなんかよりずっと!」
私の熱い視線に怯えるようにかすみさんがうつ向く。私は初めて見るそんなかすみさんをすぐにどうにかしたくなった。キャスター付きのイスを滑らせて近づきその両肩を掴んだ。何かを予期してかすみさんが少しだけ顔を上げる。
やり方も知らないくせに、ふっくらとした唇に向かって顔を近づけていくと、突然罪悪感に耐えられなくなったようにかすみさんはそれを避けた。
「好きです」
もう胸の痛みなんかどうでもよかった。例え拒まれても、今目の前にいるかすみさんが欲しかった。その想いをたった一言に込めた。私の言動にかすみさんはあからさまに困ったような顔をした。それでもちゃんと目を見て話し出す。
「雨ちゃんが好きって言ってくれて嬉しいよ……。だけどごめんね。今私はツグちゃんを好きな自分から逃げたくなってるだけだと思う」
私の心を切り裂くほど、悲しいくらいに正直なかすみさんがまた愛しくなる。
「それでもいいです。それでも私は……」
それは本心ではないけど、本心だった。
「かすみさんが好きだから……もうなんだっていい……」
絞り出すように言った後、かすみさんの肩を掴んだまま涙がこぼれた。すると、自分のことでぐちゃぐちゃになっている私の頬に、かすみさんは少しひんやりとした手で触れた。哀れな目で私を見つめながら、引っ込みのつかないわがままを聞いてあげるかのように、そっと目を閉じる。
鼓動が自分自身を煽るようにどんどん早くなってゆく……
喉の奥からずっと手を伸ばして欲しがっていたものが、今目の前にある。美しいかすみさんのことがよく見えるように目を開けたまま、静かにその唇に近づいていった。
……あと3cm……もう少しだけ近づけばいいだけなのに、なのに私はそこで動けなくなってしまった。
かすみさんの肩を掴む手が情けないほどに震えている。ツグミならこんな時きっと簡単にするのに……そう思うのに出来ない。私の手の震えと、待たせすぎた間《ま》で、かすみさんが目を開けてしまった。
「……ごめんなさい」
私は悪いことをした子どものように謝った。するとかすみさんは、今までで一番優しい微笑みを見せて私の右手にそっと右手を添えた。
「私が教えてあげる……」
その言葉を頭で理解するより先に、大好きなかすみさんの香りがふわっと届いた。
人の唇がこんなにも柔らかいということを、私はその時初めて知ったんだ。
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