姉の彼女を好きになりました。

榊󠄀ダダ

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第18話

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 その日は勉強をしながら、たまたまこんな話になった。

「雨ちゃんは行きたい大学とかあるの?」
「……ありますけど、恥ずかしくて言えないです」
「恥ずかしいの?どうして?」
「今の自分のレベルじゃ名前出すだけで笑われちゃうから」
「笑ったりなんかしないよ!まだ受験まで一年以上も時間あるんだよ?まだまだ頑張ればどこだって受かる可能性あるって!」
「こんなにバカなのに?」
「バカなんかじゃないよ!この数ヵ月ですごいレベル上がってるし、こないだのテストなんか前回より50位も順位上がったんだもん!この調子でこれからまだまだ伸びるよ!」

 両手をグーにして一生懸命に私を勇気づけようとしてくれるかすみさんが可愛くて、今すぐそのままベッドに押し倒したくなった。

 かすみさんといると、そんなきっかけは無数に生まれる。かすみさんがちょっと耳に髪をかけるだけで、ちょっと物を拾うだけで、ちょっとくしゃみをして謝るだけでも、私のスイッチは簡単に入ってしまう。でも、そんな衝動は胸の内に隠して私は会話を続けた。

「全部かすみさんのお陰です。先生がかすみさんじゃなかったら、こんなに結果出てないです」

 実際、かすみさんに教えてもらうようになってから、私の成績は今までと比べ物にならないほど上がった。その理由は具体的に二つあって、一つ目の理由は、ひいき目なしに言ってかすみさんの教え方が本当に上手だから。

 理解力が絶望的に乏しい私の脳にも、すんなり入って来るような言葉を選んでくれる。それに、分からないことはとにかく根気強く丁寧に優しく教えてくれる。私は元々生まれながらに勉強が出来ない人間なんだと思ってきたけど、これまでの歴代の先生たちの教え方が、私には合わなかっただけだったんだと今では思っている。

 そしてもう一つの理由は、結果を出すとかすみさんが褒めてくれるから。学校のテストでも、家庭教師中に出されるミニテストでも、私の学力が前より上がるとかすみさんは手を叩いて喜んでくれた。

 前回まるで出来なかった数学の問題を次の週にスラスラ問いてみせた時は、あまりの喜びに椅子に座る私を後ろから柔らかく包みこんで、耳にキスまでしてくれた。

 かすみさんに褒めて欲しい。成績が上がればかすみさんは私に何かを与えてくれる。その煩悩は、とことん知能の低い私の脳を、限界を超えてフル活動させた。

「雨ちゃんはすぐまたそうやって私が喜ぶこと言うんだから!」
「だってほんとのことなんですもん」

 私が少し生意気に返すと、かすみさんはしたり顔で返してきた。

「そう?じゃあ、そのお礼のつもりで教えて?どこの大学行きたいの?」

 目を輝かせて聞かれ、あらがう気が消え去った。

「……ツグミには絶対に言わないで下さいよ?」
「言わないよ!」
「お母さんにも」
「言わない!言わない!」
「……かすみさんと同じ大学に……行きたいです」
「うち?」

 かすみさんは全く予期してなかったようで、予想外の私の返答にキョトンとしていた。

「正直、知ってるのはとんでもなくレベルが高い大学だってだけで、他にはまだなんにも知らないんですけど、 ただ、叶うならかすみさんと同じ大学に行けたらな……って」

 私は反応を伺うように横目でかすみさんを見た。

「私も、雨ちゃんが来てくれたら嬉しいな!」

 そう言ったかすみさんは本当に嬉しそうな顔をしてくれていて、私は心からほっとした。もしかしたら嫌がられる可能性もあるんじゃないかと、内心かなり怯えていたから。

「じゃあさ、今度うちの大学に見学に来たら?私が案内するから」

 そんな流れで、その次の週、早速私はかすみさんに連れられ、ツグミとかすみさんの通う大学へ見学に行くことになった。


***


 大学の敷地内に入ってみると、その想像以上の広さと、高校とは比べ物にならない様々な人種に圧倒された。

 ペンを持つのも大変そうな長いネイルの派手なお姉さん、マジックで胸元に名字を書いた鮮やかな緑のジャージ姿の人、大陸を渡るほど長い旅からたった今ヒッチハイクでここまで辿り着いたような、全身とにかくボロボロの人……この通りを行く人々全員、日本国民成績ランキングで、トップグループに属するんだと思うとすれ違うことすら気がが引けた。

 ただ、本当に沢山の色んな人がいたけど、かすみさん以上に綺麗な人はいなかった。それをかすみさんに伝えると、どこでそんな殺し文句を覚えてきたのかと笑いながら追求された。

 構内の案内をしてもらっていると、ちょくちょく知らない人が私たちに絡んできた。ツグミをそのまま小さくしたような私を見て、面白がって食いついてきたようだった。その頻度の多さに、久しぶりにツグミの人気ぶりを垣間見てどうしてもテンションは下がった。そんな私にかすみさんがすごく気を遣っているのが分かって、それもなんだか切なかった。

 一通り案内してもらうと「歩き回って疲れたでしょ?休憩しよっか!」と、ちょうど今は誰もいないというサークルの部室にかすみさんは私を連れて行った。

 部屋の前まで来てかすみさんが扉を開けた時、キョロキョロと辺りを見回していた私に一人の女の子が話しかけてきた。

「あれ?雨ちゃんじゃない?」

 それは百々花さんだった。

「あ、どうも……」
「一瞬ツグミちゃんかと思ったじゃん!」

 そう言って百々花さんは笑いながら、私の肩をパシッと軽くはたいた。ボケたわけじゃないのにツッコまれた。ちゃんと話したことなんてほとんどないのに、しかも初対面の時の私はすごく嫌な態度をとったのに、長年の友だちみたいに話しかけくる百々花さんに、ツグミとは違う天性の人間力みたいなものを感じた。

「あ、桐山先輩もいる!こんにちは!」
「百々花ちゃん……」

 百々花さんのその調子はかすみさんに対しても例外じゃなかった。もちろん彼女の元カノだと知ってるはずだ。でもその絡み方はマウントを取る感じでもなく、ただただ純粋な挨拶に見えた。その挨拶に、かすみさんだけが複雑そうにしていた。

「遊びに来たの?」

 百々花さんは立ち去らず、まだ私たちと話すスタンスでいる。

「ちょっと見学に……」
「うち受けるんだ?」
「今は目標にするだけでも非現実的ですけど、出来れば挑戦したくて……」
「大丈夫だよ、私が受かったんだもん!雨ちゃんなら絶対受かる!受かる!」
「……ありがとうございます。頑張ってみます」

 百々花さんはまた肩をパシッとはたいてきた。今回のはきっと激励のサインなんだろう。

「あの桐山先輩、ちょっとだけいいですか?」

 すると今度はいきなりかすみさんにそんなことを言い出した。

「え?今?!」

 私が心で思ったこと全く同じ言葉をかすみさんは口にした。

「はい。雨ちゃん、ごめん!ちょっとだけ桐山先輩借りていいかな?」

 かすみさんは困っていたけど、私は空気を読んだ。

「じゃあ私、ちょうどトイレ行きたかったから行ってきます。どこにありますか?」
「トイレならそこの角を右に曲がったらすぐあるけど……一人で大丈夫?」

 かすみさんが過保護な親のように心配する。

「大丈夫ですよ!私をいくつだと思ってるんですか!」

 私は明るく振る舞って歩き出した。二人が部室へ入り扉が閉まる音が聞こえると、私は部室の前まで戻った。トイレになんて別に行きたくなかった。

 しばらくの沈黙の後、百々花さんの声が聞こえてきた。私は息をのみ、扉越しにその会話に聞き耳を立てていた。










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