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第2章
第15話 よそ見
しおりを挟む「おねーちゃん!菜々未さん!久しぶりー!」
「久しぶり、明ちゃん!元気だった?」
「めちゃくちゃ元気元気!てゆうか、菜々未さん今日もすごいオシャレー!大人の女って感じ!それに比べておねーちゃん…、もうちょっと決めてきなよ…菜々未さんが恥ずかしいじゃん!」
「いいんだよ、菜々未は私のこうゆうかっこも好きだって言ってくれるもん。ね?」
「うん。ラフっぽいのが光らしくていいよね」
「なんだよ、結局相変わらずラブラブかよ!でもその安定にあぐらかいてると誰かにいきなり菜々未さん盗られちゃうかもよ?菜々未さんちょー美人なんだから!」
「やめてよ、明ちゃん!私なんか誰も見向きもされないから…!」
「何言ってんの!?すれ違い様にめちゃくちゃ通行人に振り返られたりしてるからね!おねーちゃんはいつも菜々未さんが隣にいるから麻痺してんだよ、大事にしないとマジで危ないよ?」
「うるさいなー、相変わらずよく喋るね。てゆうか、こんな悠長に私たちと話してていいの?」
「やばっ!一旦楽屋戻らなきゃ!じゃあ二人とも後で楽しみにしててねー!」
「うん!明ちゃん、頑張ってね!」
「がんばれー!」
明ちゃんは急ぎ足で去っていったけど、何かを思い出したようにすぐに引き換えしてきて、ポケットから出したものを光に渡した。
「コレ忘れてた!酒飲みの二人にドリンクチケット2枚づつあげる。私も終わったら参加するから、先に飲んでて!」
明ちゃんが裏へ消えていき、早速何か飲もうかと私たちはカウンターへ行った。
「ここカクテルの種類が多いんだね。菜々未は何にする?」
「光は?」
「私はいつも通りビールかなー」
「そっか。……私はせっかくだからマティーニにしようかな」
「え!?ほんと!?菜々未、攻めるじゃん……」
「だって普段なかなか飲む機会ないし、たまにはいいかなと思って」
「菜々未ってさ、保守的に見えてけっこう挑戦するタイプだよね、何事も」
「そうかな?私、そんな感じ?」
「うん。けっこうそう」
「そうなんだ。自分じゃそんな風に思ったことないけどな」
明ちゃんのライブには今までも何回か招待してもらって行ったことがある。明ちゃんのバンドは男女混合の5人組バンドで、明ちゃんはリーダー兼ギターを担当している。
何度もメンバーの入れ替わりを繰り返し、ようやく今のメンバーに落ち着いてからは飛躍的に急成長し、今では毎回熱狂的なファンがひしめき合う人気バンドになっていた。なので、私たちが軽い気持ちでふらりと遊びに行けるような雰囲気ではなくなってしまい、こうゆう場所に来るのは本当に久しぶりだった。
今日は明ちゃんのバンドではなく、ギタリストとして他のバンドの助っ人で出ると聞いていた。
ライブハウス内の雰囲気もいつものロックな感じとは違って、ステージ上には大きなウッドベースがあったり、観客側のスペースには木で出来た丸いテーブルと椅子が点々とあったりして、落ち着いていた。
ライブハウスというよりはライブレストランと呼ぶ方が近い感じで、私たちの歳ではこうゆう方が居心地がよかった。
「今日のバンドはジャズっぽい感じらしいよ」
ビールを片手に飲みっぷりのいい光が教えてくれた。
「昔からお世話になってる先輩のバンドなんだって」
「そうなんだ!いいね!でも明ちゃんのバンドってロックな感じなのに、明ちゃん、ジャズのギターも出来るの!?」
「出来るんじゃない?今じゃいけないジャンルはレゲエくらいだって言ってたよ。今度また誰かのレコーディングにも参加するらしいし、日に日に成長してるみたいだね」
「そっかぁ……すごいなぁ……」
端の席を確保して私たちは一杯目を飲み干した。その間に気づけば会場はお客さんで全ての席が埋まっていたのでそろそろ始まるのかな?と思ったけど、ステージの上ではスタッフらしき人達が私には何なのか全く分からない色々な機材をいじりながら小首をかしげている。
まだ始まるまでありそうなので、私たちはもらったチケットで二杯目を飲み始めた。二杯目も光はビール、私も案外美味しくてまた同じくマティーニを頼んだ。
ふと周りを見ると、他のお客さんたちは仕切りに腕時計を見たり遠くを見たり、ソワソワしている。やっぱりちょっとしたトラブルで遅れているみたいだ。
「えーっと、今、ちょっとトラブってます」
機材をいじってるスタッフとは別に、ステージ上に一人の女性スタッフが現れてマイクを使いお客さんに話し始めた。
「今、山田くん達が必死にがんばってくれてるから、あともう少しだけ、みんな自分が今よりずっと純粋だった頃を思い返して待ってて下さい……」
そう言った彼女に、お客さんからは親しげな呼びかけと笑い声が投げられた。
やっぱりみんな常連さんなんだ…と、周りの結託に少し戻ってきてしまった緊張感を飲み込もうと、グラスに残ったマティーニを大きめのひとくちで飲み干した。
その時、ふと気がついた。あれ?あの人って……
よくよくステージ上の女性スタッフの顔を見ると、彼女は例のたまに見かける夜マックカップルの一人だった。
「きみかが歌ってつなげばー?」
友達のような関係らしきお客さんの一人が大きな声でそう言うと、周りもそれに賛同した。
あの人、きみかさんて言うんだ……
大衆の煽りにステージ脇から深い木の色をしたアコースティックギターを手に取ると、彼女はこなれた手つきでマイクとイスの高さを自分に合わせた。
「じゃあ一曲だけ歌っちゃおうかな」
彼女がその気になると、お客さん達は手を叩いてはやし立てた。
「……茜色」
そのタイトルコールにお客さんたちは今日一番の盛り上がりを見せた。短いギターの前奏がすぐに始まり彼女が歌い出す。すると調子のよかった歓声は、その歌声と入れ違いにスッと闇に消えた。
一気に飲むには量のあり過ぎたマティーニが思いのほか効いたのか、そこから5分間、その歌声とその姿以外、私の中には何も入ってこなかった。
「……み?………菜々未?大丈夫?」
「……あ、……うん、ごめん……」
「意識飛んでるじゃん!もー!マティーニ飲み過ぎだよ!」
「……ほんとだね」
引き戻された私はなぜか、太陽みたいに笑う光の顔を見れなくなっていた。
歌が終わるとちょうどその間に不具合は直ったようで、きみかさんは早々にステージを去ろうとした。去り際の彼女に
「きみかサイコー!だいすきー!」
「彼女にしてー!」
「私もー!!」
と、ふざけた調子の告白が次々と飛んだ。するときみかさんは再びマイクを取って
「ごめん、ファンには手を出さない主義だから!」
と、わざとカッコつけるように言ってまた笑いを誘っていた。
ステージを降りていくきみかさんを見ながら突然光が私の肩を叩いた。思わずビクッとして振り向く。
「ねぇ!あの人も私たちと同じっぽくない?」
「えっ?」
「今歌ってたスタッフの人、ふざけてるだけじゃなくて本当にこっちの人間ぽくない?」
「……そうなのかな……」
あの人知ってるよ!実はうちの近くでたまに見るんだけど、いつも彼女らしき子といるからそうかもしれないね!
……そう言えばいいのに、そう言うべきなのに、なぜか私はそれが言えなかった。
その後、無事にライブが始まっても私は上の空のままだった。光はそんな私をずっと、マティーニのせいだと思い込んでいて、私もそうゆうことにした。
「どうだった?」
少し汗をかいた明ちゃんが、ライブが終わって少ししてから私たちのテーブルにやって来た。
「また上手くなった感じした。すごいじゃん、明」
「ほんとにすごくかっこよかったよ!明ちゃん!」
光に続いて私は言った。本当はちゃんと見れてなかったくせに、そんなことを言った自分を最低に思った。
「二人ともありがとー!!」
明ちゃんもビールを持って来てイスに座り、私たちは改めて三人で乾杯をした。
「ライブの後のビール最高!まじで飛びそー!」
「ねぇねぇ明、ライブ前に場をつないでたスタッフの人いるじゃん?」
「あぁ、きみかさん?今日はスタッフだけどあの人もライブに出てるミュージシャンだよ」
「そうなんだ!ねぇ、あの人ってうちらとおんなじ?」
「うん!そうそうおんなじ」
「やっぱり!なんかすごいモテてたし、ファンとも色々ありそうだなぁ~」
「それはないよ、ふざけてる風に言ってたけど、きみかさん本当にファンには手出さないんだよね。ファンから入って近づいてきた子とか一刀両断してるもん」
「へー、意外と硬派なんだ。余計モテるなそりゃ」
「紹介してあげようか?歳も近いし、友達になれるんじゃない?きみかさん、全然隠してないし」
「ほんと?じゃあせっかくだし……」
「今日はいいよ!」
二人のやり取りを黙って聞き続けていた私は、突然その会話に割って入った。不自然な空気に姉妹は揃って私の顔を見た。
「今日は久しぶりに明ちゃんと三人で飲むために来たわけだし!」
「菜々未さーん、嬉しいこと言ってくれるね!」
明ちゃんが本当に嬉しそうに私にグラスを突き出しもう一度乾杯をしてきて、私はまた自己嫌悪になった。
「そうだね!今日は三人で飲もう!」
光も嬉しそうに笑った。気がそぞろのまま、笑ったり相づちを打ったりしてその夜は過ぎていった。
気が済むまで飲み交わした私たちはライブハウスで明ちゃんと別れ、外に出ると大通りまで行き、運良くすぐ目の前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
数分ですぐに私の家に着き部屋へ入ると、光はさっきまでと大して変らない家着に着替えてソファーに仰向けに寝転んだ。
お風呂に入ってくると言った私に、そのままの格好で手だけを振って返事をする。
いつもより少し長い入浴から出てくると、光はソファーでもう眠ってしまっていた。
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