屈曲ラヴァー 〜身を滅ぼしてしまいそうな初恋〜

榊󠄀ダダ

文字の大きさ
30 / 54
第3章

第30話 傷

しおりを挟む



 次の日から梨音は部活に来なくなった。他の1年生によると学校には来ているらしかったので、私と顔を合わせなくないんだろうと思った。


 4月に溢れるほど入ってくる新入部員は、夏休みを前に少なくとも3分の1はいつのまにかいなくなっている。その中の一人が梨音だったことは、みんな大して気には留めなかった。


 梨音が部活を辞めて、もう会うことも話すこともなくなった。1年と2年の校舎は離れていたので、校内で見かけることもまずなかった。


 目にするのは体育祭とか文化祭とか、全校生徒が学校中に入り乱れる時だけ。そんな時、偶然廊下の先にその姿を見つけてしまうと、私は必要以上に友達の話に大笑いをしながら、その存在にすら気づいていないふりをして通り過ぎた。


 そうして、そのまま一言も言葉を交わすことなく梨音と出会ってから3度目の春が来た。


 卒業式の日、バスケ部の後輩たちは校門の前で盛大に私たち卒業生を囲んで騒いでくれた。一時間以上もかかってようやくその騒ぎが落ち着き、それぞれが散り散りになり始めた時、


『尾関先輩!』


 聞き覚えのある、切なくて懐かしい、でも少しだけ大人っぽくなったあの声で呼び止められた。振り返るとそこには、あの無邪気な天使ではなく、すっかり落ち着いて良識を身につけ背も高くなった成平なりひら梨音りおんが立っていた。


『……成平さん、久しぶりだね』
『あの、卒業おめでとうございます……』
『ありがと。何がめでたいのか分かんないけどね』
『あの、尾関先輩、少しだけお話いいですか……?』


 まだ賑やかな校門から塀に沿って歩き、人目のつかない閑散とした場所まで来ると私たちは再び向かい合った。


『私、ずっと尾関先輩に謝りたくて……』


 話し始めた梨音はすごく緊張していた。


『……1年の頃、本当に尾関先輩のこと、大好きだったんです……。優しくてかっこよくて、いつも一人の私のことを気にかけて面倒見てくれて……。でも、あの頃の私はその好きって言う気持ちがどういう好きかちゃんと分かってなくて……。その、色々あってやっと分かったんですけど、それをちゃんと先輩に伝えることが出来なくて逃げるような形になってしまって……。それで、結果的に尾関先輩にすごく悪いことをしてしまったって、それからずっと心に残ってて……』


 私は1ミリも表情を変えずに、ただただ梨音が話したいことを全て話し終わるまで黙って聞いていた。


『ずっと謝りたいって思い続けてたんですけど、合わせる顔がなくて、勇気もなくて。そうしてるうちにこうしてこの日が来てしまって……。今日を逃したらもうこの先ずっとそのままになっちゃうって、ようやくやっと勇気を出して尾関先輩のこと、呼び止めさせてもらったんです……』
『………』
『あの!……あの時は本当にごめんなさい……』


 風化することで紛らわせていた傷をやっと完全に葬り去ろうという卒業式の日に、梨音はわざわざこじ開けに来た。


 分かるよ、女の子って繊細でふわふわしてるから、勘違いしやすいんだよね。心でそう思いながら、口にはしなかった。


 実際には意外と珍しいことだけど、たまにいる。女同士ということに、猛烈な拒絶反応が出てしまう、100%完全に駄目な子。


 梨音はそれだった。


 私のことをどういう好きかも分からないまま告白してキスをされて、きっとその瞬間に答えが出たんだと思う。


 あの時、初めて私とキスをした時に梨音が言っていたドキドキは恋の始まりなんかじゃなくて、心と体がアレルギー反応を起こしたただの動悸だった。


 馬鹿みたいにそれになんにも気づかなかった私は、一人で浮かれ、心が繋がってると思い込み、何度も何度もキスをした……


 そんな私といることに耐えられなくなった梨音は、それを払拭したくて鈴木と付き合ったんだ。私との出来事を塗り潰したくて。全部無かったことにしたくて……


 秘めていた思いを告げた後、涙を流す梨音を見ていると、自分は被害者よりも加害者のような気がしてきた。


 梨音はただ何も知らない無垢で素直な天使だっただけだ。触れてはいけない天使に触れて汚してしまったのは私だ。


『わざわざそんなにしっかり謝ってくれなくてもいいよ、全然気にしてなかったし』
『……あの、一つ聞いてもいいですか……?』
『なに?』
『尾関先輩は、その……本当に女の人が好きな人なんですか?私に対して……その、なんてゆうか……本気でそうゆう気持ちだったのかなって……』
『……まさか。あんなのただのノリっていうかふざけてただけで、全然そんなんじゃないよ』


 私は酷いことを言ったはずだった。それなのに、私の言葉を聞いた梨音はまるで神からの救いを得たように、心からの笑顔を取り戻して最後の涙を拭った。


『……よかった……。それならよかったです……。なんか私、思い違いして無駄にずっと悩んじゃってたみたいです。尾関先輩の中でもそんな感じだったなら本当によかった………』


 その時思った。梨音はきっと私に謝りたかったんじゃない。あの忌々しい出来事が少しでも否定されるよう、消せるよう、あれはただの悪ふざけだったという私との共通認識が欲しかったんだ。


 本物の同性愛者に本気でキスされたのと、バカな女子高生同士が気まぐれでじゃれ合ってキスしたのでは、きっと梨音の中で傷の深さが全く違うんだ。


 私にそうゆう目で見られること自体、梨音には耐え難いことで、今日精一杯の勇気を出したのは私の為じゃない。これからの未来の自分の為、過去を清算する最後のチャンスを逃したくなかっただけだ。



『今言われなかったらとっくに忘れてたよ』



 梨音の心が軽くなるように、私は鼻で笑ってそう言った。




 女の子って本当に繊細でふわふわしていて、そうゆうところが可愛くて、そういうところが大嫌いだ。



 高校生の女の子に取って『好き』の区別は難しい。なんの確証もないくせにサンタクロースの存在を信じきってる幼稚園児と変わらない。


 嫉妬をするから好きだなんて浅はかすぎる。そんなもの食後のデザートと同じで、無ければ無いで別に我慢できるくせに、食べることが出来ないその瞬間だけ、悶絶するほど辛く感じるだけだ。



 恋を知らない女の子は雲みたいだ。確かにそこにあったのに、いつのまにか形を変えて消えてなくなってしまう。いつかなくなる雲になんて恋したって意味がない。それなら空に恋をする方がいい。空なら例え色を変えることがあったとしても、なくなることはないから。


 
 話が終わり、全てを精算してスッキリした梨音は、もう用のない私に簡単な別れの言葉を口にした。


 この最後の記憶すらいつか梨音の中から消えてなくなるように、私は『じゃあね』と一言だけ言ってその場を後にした。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マッチ率100%の二人だが、君は彼女で私は彼だった

naomikoryo
恋愛
【♪♪♪第19回恋愛小説大賞 参加作品♪♪♪ 本編開始しました!!】【♪♪ 毎日、朝5時・昼12時・夕17時 更新予定 ♪♪ 応援、投票よろしくお願いします(^^) ♪♪】 出会いサイトで“理想の異性”を演じた二人。 マッチ率100%の会話は、マッチアプリだけで一か月続いていく。 会ったことも、声を聞いたこともないのに、心だけが先に近づいてしまった。 ――でも、君は彼女で、私は彼だった。 嘘から始まったのに、気持ちだけは嘘じゃなかった。 百貨店の喧騒と休憩室の静けさの中で、すれ違いはやがて現実になる。 “会う”じゃなく、“見つける”恋の行方を、あなたも覗いてみませんか。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

処理中です...