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第3章
第30話 傷
しおりを挟む次の日から梨音は部活に来なくなった。他の1年生によると学校には来ているらしかったので、私と顔を合わせなくないんだろうと思った。
4月に溢れるほど入ってくる新入部員は、夏休みを前に少なくとも3分の1はいつのまにかいなくなっている。その中の一人が梨音だったことは、みんな大して気には留めなかった。
梨音が部活を辞めて、もう会うことも話すこともなくなった。1年と2年の校舎は離れていたので、校内で見かけることもまずなかった。
目にするのは体育祭とか文化祭とか、全校生徒が学校中に入り乱れる時だけ。そんな時、偶然廊下の先にその姿を見つけてしまうと、私は必要以上に友達の話に大笑いをしながら、その存在にすら気づいていないふりをして通り過ぎた。
そうして、そのまま一言も言葉を交わすことなく梨音と出会ってから3度目の春が来た。
卒業式の日、バスケ部の後輩たちは校門の前で盛大に私たち卒業生を囲んで騒いでくれた。一時間以上もかかってようやくその騒ぎが落ち着き、それぞれが散り散りになり始めた時、
『尾関先輩!』
聞き覚えのある、切なくて懐かしい、でも少しだけ大人っぽくなったあの声で呼び止められた。振り返るとそこには、あの無邪気な天使ではなく、すっかり落ち着いて良識を身につけ背も高くなった成平梨音が立っていた。
『……成平さん、久しぶりだね』
『あの、卒業おめでとうございます……』
『ありがと。何がめでたいのか分かんないけどね』
『あの、尾関先輩、少しだけお話いいですか……?』
まだ賑やかな校門から塀に沿って歩き、人目のつかない閑散とした場所まで来ると私たちは再び向かい合った。
『私、ずっと尾関先輩に謝りたくて……』
話し始めた梨音はすごく緊張していた。
『……1年の頃、本当に尾関先輩のこと、大好きだったんです……。優しくてかっこよくて、いつも一人の私のことを気にかけて面倒見てくれて……。でも、あの頃の私はその好きって言う気持ちがどういう好きかちゃんと分かってなくて……。その、色々あってやっと分かったんですけど、それをちゃんと先輩に伝えることが出来なくて逃げるような形になってしまって……。それで、結果的に尾関先輩にすごく悪いことをしてしまったって、それからずっと心に残ってて……』
私は1ミリも表情を変えずに、ただただ梨音が話したいことを全て話し終わるまで黙って聞いていた。
『ずっと謝りたいって思い続けてたんですけど、合わせる顔がなくて、勇気もなくて。そうしてるうちにこうしてこの日が来てしまって……。今日を逃したらもうこの先ずっとそのままになっちゃうって、ようやくやっと勇気を出して尾関先輩のこと、呼び止めさせてもらったんです……』
『………』
『あの!……あの時は本当にごめんなさい……』
風化することで紛らわせていた傷をやっと完全に葬り去ろうという卒業式の日に、梨音はわざわざこじ開けに来た。
分かるよ、女の子って繊細でふわふわしてるから、勘違いしやすいんだよね。心でそう思いながら、口にはしなかった。
実際には意外と珍しいことだけど、たまにいる。女同士ということに、猛烈な拒絶反応が出てしまう、100%完全に駄目な子。
梨音はそれだった。
私のことをどういう好きかも分からないまま告白してキスをされて、きっとその瞬間に答えが出たんだと思う。
あの時、初めて私とキスをした時に梨音が言っていたドキドキは恋の始まりなんかじゃなくて、心と体がアレルギー反応を起こしたただの動悸だった。
馬鹿みたいにそれになんにも気づかなかった私は、一人で浮かれ、心が繋がってると思い込み、何度も何度もキスをした……
そんな私といることに耐えられなくなった梨音は、それを払拭したくて鈴木と付き合ったんだ。私との出来事を塗り潰したくて。全部無かったことにしたくて……
秘めていた思いを告げた後、涙を流す梨音を見ていると、自分は被害者よりも加害者のような気がしてきた。
梨音はただ何も知らない無垢で素直な天使だっただけだ。触れてはいけない天使に触れて汚してしまったのは私だ。
『わざわざそんなにしっかり謝ってくれなくてもいいよ、全然気にしてなかったし』
『……あの、一つ聞いてもいいですか……?』
『なに?』
『尾関先輩は、その……本当に女の人が好きな人なんですか?私に対して……その、なんてゆうか……本気でそうゆう気持ちだったのかなって……』
『……まさか。あんなのただのノリっていうかふざけてただけで、全然そんなんじゃないよ』
私は酷いことを言ったはずだった。それなのに、私の言葉を聞いた梨音はまるで神からの救いを得たように、心からの笑顔を取り戻して最後の涙を拭った。
『……よかった……。それならよかったです……。なんか私、思い違いして無駄にずっと悩んじゃってたみたいです。尾関先輩の中でもそんな感じだったなら本当によかった………』
その時思った。梨音はきっと私に謝りたかったんじゃない。あの忌々しい出来事が少しでも否定されるよう、消せるよう、あれはただの悪ふざけだったという私との共通認識が欲しかったんだ。
本物の同性愛者に本気でキスされたのと、バカな女子高生同士が気まぐれでじゃれ合ってキスしたのでは、きっと梨音の中で傷の深さが全く違うんだ。
私にそうゆう目で見られること自体、梨音には耐え難いことで、今日精一杯の勇気を出したのは私の為じゃない。これからの未来の自分の為、過去を清算する最後のチャンスを逃したくなかっただけだ。
『今言われなかったらとっくに忘れてたよ』
梨音の心が軽くなるように、私は鼻で笑ってそう言った。
女の子って本当に繊細でふわふわしていて、そうゆうところが可愛くて、そういうところが大嫌いだ。
高校生の女の子に取って『好き』の区別は難しい。なんの確証もないくせにサンタクロースの存在を信じきってる幼稚園児と変わらない。
嫉妬をするから好きだなんて浅はかすぎる。そんなもの食後のデザートと同じで、無ければ無いで別に我慢できるくせに、食べることが出来ないその瞬間だけ、悶絶するほど辛く感じるだけだ。
恋を知らない女の子は雲みたいだ。確かにそこにあったのに、いつのまにか形を変えて消えてなくなってしまう。いつかなくなる雲になんて恋したって意味がない。それなら空に恋をする方がいい。空なら例え色を変えることがあったとしても、なくなることはないから。
話が終わり、全てを精算してスッキリした梨音は、もう用のない私に簡単な別れの言葉を口にした。
この最後の記憶すらいつか梨音の中から消えてなくなるように、私は『じゃあね』と一言だけ言ってその場を後にした。
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