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第3章
第33話 私と似た人
しおりを挟む私は潔く奈央への想いを自覚することにした。だけど、そうしたところで今の状況は何も変わらないことも分かっていた。
奈央はめでたく目を覚ましてノンケの道へと戻り、お似合いの彼氏までいる。これ以上今さら何も動くことはない。
それなのに、なんにもなりはしないのに、情けないほどに私は奈央にかまった。
彼氏が受験中なのをいいことに、クリスマスには素知らぬ顔をして奈央を映画に誘い、おそろいのキーホルダーを買った。バレンタインに彼氏が食べそこなったというチョコを見つけた時には、それを横取りして全部食べてやった。
みじめだけど、そんな些細なことでかすかな優越感を得ながら、ただ、出来るだけ奈央の近くに居続けた。
だけどあの日、ギリギリのところでなんとか保っていた心は完全に砕かれた。
あんなさんの家で飲み会をした時、その場の話の流れでハグをしようと近づいた私の体を、奈央は力いっぱいに抵抗して止めた。ついに一番恐れていたことが起きた。奈央の中には同性愛に対しての嫌悪感が生まれていた。
付き合ってる人がいるからもう遅いとか、自分から振ったくせに今さら言える立場じゃないとか、そうゆう問題以前の話だ。驚くことじゃない。それはずっと私が思ってきたこと。いつかはこうゆう日が来ると分かりきってたこと。
奈央は別に私に対して嫌悪感を頂いているわけじゃない。今だって心からの笑顔で向かい合ってくれてる。あくまで、自分自身がそうなることが無理というだけ。それが行動に出ただけ。
あきらめたフリをしながらどこかできっと期待を捨てられていなかった私は、そのおかげでようやくしっかりと目が覚めた。
万が一彼氏と別れようと、今の奈央の中で絶対に『女』はない。一瞬の出来事は痛いほど身に染み込んだ。私は、もう本当にいい加減この想いに踏ん切りをつけなきゃいけないと思った。だけど、心の操作はそう簡単にはいかなかった。そうして抜け殻のように暮らしていた日々の中、前触れなく正面衝突で菜々未さんという人が現れた。
菜々未さんは、私にかけてきた浮足立った言葉とは裏腹に、その目はすごく寂しそうに見えた。
狡猾な私は、その目を見てすぐに逃げ場所を見つけたと悟った。
本人に自覚はなかったけど、菜々未さんも私と同じで、私と似た人だと私には初めから分かっていた。私たちは傷を舐め合うようにすぐに付き合って、世の中のカップルがするように色んなところでデートをした。だけど、隣を歩く相手と目を合わせながら、お互い見ているのはいつも別の人だった。
そんな不毛とも言える菜々未さんとの付き合いを、私は出来るだけ大切にしながら続けた。例え偽物の恋愛だとしても、自分にも相手がいれば奈央の彼氏の話だってもう少し平気で聞けるようになる。
そうしてるうちに奈央への気持ちが薄れて、いつかやがて消えてくれたらいいと願った。
それなのに、苦しみは薄れるどころかむしろ増すばかりだった。最近彼氏と上手くいっていないと落ち込む奈央の話を聞いていた夜、それでも好きで好きで仕方ないんだと私の前で苦しそうに泣く奈央を、私はたまらなくなって抱きしめてしまった。
いっそこのまま奪ってやりたいと思った。今、この腕の中にはちゃんと奈央がいる。だけど、この奈央は自分のものじゃない……そう思うと、体中が切り裂けるような痛みを感じた。
かつて私のことを好きだと言ってくれた奈央は、今はもう本気で彼氏を愛していた。もらったネックレスを泥まみれになりながら、それでも延々と探すのをやめない奈央の姿は、本当に見ていられなかった。探すのを手伝いながら、見つからなければいいのにとさえ思ってしまった。隠して涙を流す奈央に気づくと『お願いだから、他の誰かのためにそんなに泣かないで』と心の中で無駄な願いを繰り返した。
菜々未さんに罪悪感は感じなかった。
私のライブに来てるのにずっと彼女のことを考えている菜々未さんを見ていると、自分を見ているような気持ちになった。
私はもうどうにもならないけど、菜々未さんは違う。自分を重ね合わせているからなのか、純粋になのか、利用していたはずの菜々未さんに対して私はいつしか、この人には幸せになってほしいと心から思うようになった。
私が言える立場じゃないけど、菜々未さんのした選択は正しいとは言えない。というか、間違っている。本当に愛する人からもらえないものを他の誰かから得たってなんの意味もない。
だけど、そうしないといられなかった菜々未さんの気持ちは、きっと私には誰よりも理解出来た。だからあの時、明ちゃんに責め立てられている菜々未さんをかばいたくなった。
ライブの後、私は菜々未さんを一人先に帰らせて、客のいなくなったテーブルに明ちゃんを呼んで一杯おごった。
「明ちゃんさ、あんまり菜々未さんのこと責めないであげて」
「そう言われても私は絶対的にお姉ちゃんの味方ですから!」
「……あのさ、菜々未さん、今でもずっと光さんのことが好きだよ」
「え?」
「あの人はずっと、光さんに愛されたくて仕方ないだけだよ。だから、私と付き合ってるのもそうゆうんじゃないんだよね」
「どうゆうことですか?」
「確かに自分から去ったようなものかもしれないけど、それは光さんに愛されてないって思って、側に居続けるのが辛かったからじゃないかな。実際、私といても今でもずっと光さんのことばっかり考えてるしね。今日だって、私のライブなんかそっちのけで光さんの心配ばっかりしてたし」
「………」
「菜々未さん、今は自分でも自分の気持ちに気づいてなくて自暴自棄になってるんだよ。菜々未さんは私に恋してなんかない。分かんないけど、私ってはたから見るとチャラチャラしてそうなんでしょ?だから、私のことを本能的に逃げ場所だって感じちゃっただけじゃないかな?」
「……でも!だからって、てゆうかそんなに好きならなおさら、別の人と関係を持つなんてどうかと思う!」
「私たち、なんもしてないよ」
「うそ!きみかさんがそんなに手出さないわけないもん!」
「……まぁ……私の過去を知ってる明ちゃんからしたら信じられないかとは思うけど、菜々未さんのことはほんとにほんとだって。付き合って三ヶ月たつけど、したことって言ったら手つないだだけ。キスすらしてない」
「……マジで信じられないんですけど」
「私どこまで信用ないんだよ……」
「私はきみかさんを信用してないんじゃなくて、きみかさんの性欲を信用してないんですよ!」
「それ結局同じじゃない…?……じゃあ正直に言うけど、私は全然する気でいて、実際しようとした」
「ほら!やっぱり!出たよ!」
「出たよって、人を妖怪みたいに……。とにかく、確かに一度手は出したんだけど、菜々未さんにはめちゃくちゃ拒否られた。全力で拒絶反応出されてそれから私、もう完全にやる気なくしちゃったんだよね。だからほんとになんもしてないよ。それならそれで……って、実際安心もした部分もあったしね」
「安心?どうしてですか?」
「私も別にお人好しで菜々未さんの自暴自棄に付き合ってるわけじゃなくて、自分も菜々未さんのことを利用してるから。本当に好きな人から逃げてるだけなんだよね。だから、菜々未さんが拒んでくれて、私何やってんだろうって我に返れたっていうか……」
「へー!きみかさんでもそんなことあるんだ?ってゆうか、きみかさんてちゃんと人のこと好きになれるんですね」
「おい!」
「いやいや本気で。私はきみかさんの優しいところとか器が大きいとことか知ってるし、だからこそ女の子が寄ってくるのも分かるし、私はきみかさん好きですよ?まぁーさっきはお姉ちゃんの敵だと思って一瞬嫌いになりかけたけど……」
「明ちゃんてはっきりしてていいね」
「はは、ごめんなさい!……とにかく、きみかさんが好かれるのは分かるけど、きみかさんから誰かをそんなに想うことって意外だなって。きみかさんて恋愛に期待してなさそうに見えたし」
「……それは今でもそうかもしれない。でも安心して。菜々未さんに逃げるのはもうやめるから。菜々未さんもいい加減ちゃんと自分の気持ちに気づいた方がいいしね。そう、それで実はね、少し前から考えてたことがあってさ、ちょっと聞いてくれる?」
「なんですか?」
「菜々未さんと光さんのよりを戻す作戦なんだけど、どうしてもクリア出来ない問題があってずっと悩んでたんだ。でも、明ちゃんが協力してくれたら一気に解決する!」
「私?」
「うん。題して『どろどろの修羅場クリスマス大作戦!』で、明ちゃんにはなんか理由をつけて光さんをその場に連れて来てほしいんだけど……」
「なにそれ!?めちゃくちゃたぎりますね!!もちろん協力しますよ!お姉ちゃんのためなら!」
「よかった!ちなみにタイトル通りクリスマスに決行したいなーって思うんだけど、大丈夫?出来ればイヴ」
「なんとかして空けます!お姉ちゃんもどうせ何もないから大丈夫ですよ」
「あとさ、たぎってくれてるとこ悪いんだけど、たぶん私、光さんのことちょっといじめる感じになるけど大丈夫かな……?」
「お姉ちゃんのこといじめるんですか?ダメに決まってるじゃないですか!」
「えっ!?ダメなの?!それこそが作戦のメインなんだけど……」
「……うーん……まぁ結果的にそれで上手くまとまるなら……心配だけど……」
「そっか、光さん今元気ないんだもんね?」
「そうなんですよ、菜々未さんと別れてから見るからにどん底って感じで廃人みたいになっちゃってて……。でも、そんなお姉ちゃん見てると思いますよ、本当に心底菜々未さんのこと好きだったんだなぁって……。だから、またお姉ちゃんが笑えるようになるなら、ちょっと荒療治でも仕方ないのかなぁ……。このままじゃずっとあのままだし、万一もし上手くいかなくてもお姉ちゃんには私がついてるし!きみかさんに賭けますか!」
「……ありがと。明ちゃんて本当に光さんのこと大好きなんだね」
「そうなんですよ。私、お姉ちゃんのこと大好きなんですよ!自分でも認めるちょーシスコンなんですよねー」
「明ちゃんてまっすぐでかわいいよね」
「………もしかしてきみかさん、きみかさんの好きな人って私じゃないでしょうね?私は絶対無理ですからね!悪いけど、きみかさんは私のタイプとは違うんで」
「え?あぁ!大丈夫、私のタイプも明ちゃんとは全然違うから!」
「なにそれ!なんかちょっとムカつきますね」
「勝手に勘違いして自分から断ったくせにムカつかないでよ」
「勝手にじゃないんだよな~、きみかさんてやってくるんですよ!自分じゃ自覚ないのかもしれないけど、その気がありそうなこと言ったりやったり、そうゆう表情してきたりするんですよ!マジで気をつけた方がいいですよ?その小さな火種が大火事になることもあるんだから!」
「……そうですか……」
「そうだ、きみかさんもこの作戦が上手くいったらその好きな人に告白するんですか?」
「それはないな。ちょっとワケアリでさ。どんなに口が裂けても好きなんで言えないんだよね、その人には」
「なんで?なんで?」
「色々事情あるけど、そもそもその人には好きで好きで仕方ない相手がもういるし、絶対に叶うことはないから言っても意味ないし。でもいいんだ、友だちみたいに仲良くしてくれてるから」
「それってつまり、一生叶わない恋をひた隠しにするってことですか?……つっら」
「そんなこともないよ、ずっと近くにいられるなら、それが一番いい」
明ちゃんにはそう言ったけど、それが自分の本当の本心じゃないことには気づいていた。だけど私には、自分で自分にそう思い込ませてその道を歩むしか、他に選択肢はなかった。
だって、奈央が私のものになることなんて未来永劫絶対にないとしても、それでも奈央の側にはいたいんだから。
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