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第4章
第36話 どっち?
しおりを挟む【倉田 奈央】
クリスマスの日からずっと考えていた。どうして尾関先輩は私に、彼氏と別れてほしいなんて言ったんだろう……。
あの時はお酒も入ってたし、抱きつかれて舞い上がって、もしかして本当に私のことが好きなのかもしれない……なんて、いつものおめでた過ぎる期待をしちゃったけど、冷静になってみればそんなわけがないと夢から覚めた。
たぶんあれは言ってたまんまで、私がいつも彼氏のことで辛そうにしてるから、先輩は親心に似た気持ちで心配してくれてるだけだ。
虚しいけど、どんな形でも私のことを大切に思ってくれてることだけはたぶん本心な気がして、それだけでも嬉しかった。
きっと明さんが言っていた先輩の好きな人っていうのは、やっぱり香坂さんなんだろうな……と、私は結論づけた。
複雑な気持ちを抱えながら出勤し休憩室で着替えようとしていると、尾関先輩が入ってきた。
「お、おはよ……」
「あっ、おはようございます!あと、明けましておめでとうございます!」
「……そうだね、もう9日だけど……おめでと」
年末年始はバイトのほぼ全員がいつも通りのシフトで入らないため、毎年店長と尾関先輩がその穴埋めをしていた。
今までは私も出来るだけ協力してたけど、今年は学校のことでほとんど力になれず、すれ違いだったシフトのせいもあって、今日は約二週間ぶりの再会だった。
あのクリスマスの日以来初めて顔を合わすからすごく緊張してたけど、そんな私よりもなぜか先輩の方が挙動不審な様子だった。
「奈央、その格好……今日はどっかの帰りなんだ?」
あれだけ酔っ払った状態でした約束だったけど、先輩はちゃんと覚えててくれて、約束を守って名前で呼んでくれた。それだけで一気に心が弾んで笑顔になってしまう。
通っている専門学校で私は少し特殊な分野を専攻していた。4月に2年生になると、座学はほとんどなくなり、学校が経営している実際の施設で実務研修がメインになる。
今日はその研修先への挨拶と見学のため、新入社員のように地味なグレーのスカートスーツを着ていた。
「そうなんです。だからこんな格好で……って、どうせ似合わないとか言いたいんじゃないですか?」
からかわれる前に防御線を張ったつもりだったけど、尾関先輩は想定とは全く逆の反応をした。
「いや……すごい似合ってると思うし……そうゆうの、私は嫌いじゃないっていうか、なんならけっこうそそ……あっいや!なんでもない…」
「……そそ?」
尾関先輩は話の途中でやめると、あからさまに私に背を向けた。いつもの先輩とは違ってさっきから何かがちょっと変だ……そう思いながら後ろ姿を見ていると、先輩の耳が真っ赤になっているのに気づいた。
ちょっと待って……?
なんでそんなに照れてるの…?
てゆうか、さっき言いかけた『そそ』ってもしかして……『そそる』ってこと!?
……これって、完全に私のこと意識してませんか……?
バカがつくほど勘違い女の私でも、この判断だけは正常な気がした。それでもやっぱり確証はない。そのしっぽを捕まえたい気持ちを隠し持ちつつ、私は普通に会話を続けた。
「……でもこういうの着慣れてないから、なんか変な感じです」
そう話しながらスーツのジャケットを脱ぎかけた。すると、それを見た尾関先輩は驚いた顔をして、私のところまで慌てたように近寄ってきた。
「何やってんの!?こんなとこで着替えて男でも入ってきたらどうすんの!?」
そして、肩まで脱ぎかけていたジャケットを勝手に戻してきた。
「だって別に全部脱ぐわけじゃないし、いつもそうしてますけど……?」
私がそう言うと先輩は私の手首を掴んで、もはや今は誰も使っていない、休憩室の奥にある1人用の更衣室へと押し込んだ。
「ちゃんとここで着替えなよ!女の子なんだから!」
……これはどうゆうこと?普通にはしたないって思われた?腑に落ちないまま着替えて更衣室から出ると、
「自分はよくても周りからはどんな目で見られてるか分かんないんだから。……気をつけなよ」
背中を向けたまま説教めいた口調でさらに注意をされた。
「……はい」
その時、視線の先にある先輩の耳に今にも取れそうなピアスのキャッチを見つけて、私はとっさにその耳に触れた。
「先輩、ここ外れそうですよ?」
その瞬間、尾関先輩は「ひゃっ!!」と高い声を出して、こっちが驚くくらいに突然全身をビクッとさせ、背筋を反らせた。
「あっ!ごめんなさい、勝手に……」
「だ、大丈夫……自分でやるから……ありがと……」
今のなにそれ?!
絶対意識してるじゃん!!
しかも可愛いし!!
四年近くも側で見てきたけど、こんな尾関先輩もこんな感覚も初めてだった。いつも、かっこいいとか綺麗だなとは思ってたけど、こんな可愛い一面もあったなんて……。
ここに来てまた新しい引き出しを開けて、もっと私を惚れさせる気なの!?尾関先輩の見たことのない姿に、なぜか異様にドキドキした。
仕事中もとにかく優しくて、いつもの余裕でクールな先輩の姿はどこかに消えていた。これはひょっとするとひょっとすると思い、私は勇気を出してバイト上がりに先輩を誘ってみた。
「先輩、久しぶりにこの後ファミレスでも行きませんか……?」
今日の感じだったら絶対に乗ってきてくれるはず!……そう思っていたけど
「ごめん、今日はちょっと……」
と、なんなら少し迷惑そうな雰囲気で断られてしまった。がっかりはしたけど、別れの挨拶をして去っていく先輩は最後の最後まで私にどこかぎこちない可愛らしい笑顔で手を振るもんだから、それがまたさらに私を勘違い列車へと乗せた。
それからバイトで会うたび、やっぱり先輩はそんな調子だった。あんなにいつもからかってきた彼氏の話も一切振ってこなくなって、その代わりに今さらとも言える私への基本的な質問を色々としてきた。
好きな食べ物とか、好きな色とか、自分の部屋ってどんな感じなの?とか。ここまで来ると、私は勘違い列車を飛び降りて、確信行きの暴走列車へ乗り換えるしかなくなった。
なぜかバイト以外では全く誘いに乗ってくれなくて、それだけが不可解でいつも落ち込んだけど、最近はライブハウスの方のバイトが色々忙しらしいし、たまたまいつもタイミングが合わないだけかも……と、私はその後もめげずに何度も誘った。
だけど、やっぱり毎回必ず断られた。その時に限っては、避けられている素振りさえ感じた。
思わせぶりな態度を見せるくせに距離をとろうとする先輩の気持ちがよく分からなくて、私はまた正体不明の不安に襲われ始めていた。
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