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第4章
第41話 噂の真相
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【倉田 奈央】
その日のバイトは金城さんが急きょ体調を崩してお休みになり、渋谷さんと2人だけだった。
夕方の来店ピークが一旦落ち着いたタイミングでフライドチキンを揚げていると、渋谷さんが私の隣にピタッとはりついてきて、他には誰もいないというのに、わざわざ口元に手を添え、小声で話しかけてきた。
「倉田さん、えげつない特ダネを掴んだんですけど聞きたいですか?」
「今度は誰のウワサ話?ほんと好きだねー」
「前回の続きですよ!実は真相にたどり着いちゃったんです」
「それって……尾関先輩と香坂さんのこと?」
「はい。まだ金城にも話してないんですけど、倉田さんに1番に教えてあげます!早く誰かに言いたくて!」
「……なに?」
何を聞くことになるのか怯えながら話の続きを促すと、渋谷さんはもう一度周りに人がいないことを確認してからさらに小さな声で言った。
「やっぱりあの二人、完全に付き合ってました……」
「えっ……それってどういう……」
その時、来店を知らせる音と同時に、若者の集団、家族連れ、カップルなど、さっきまで無人だった店内に次々とお客さんが流れ込むように入ってきて、謎の第2ピークが始まった。
その波はちょっと穏やかになったかと思ってもほんの束の間でまた慌ただしくなり、通常3人シフトのところ今日は2人でこなしていたということもあって、とても私語なんてしてる暇はなくなってしまった。
あんなところで話がぷっつり切れたから続きが気になりすぎて、私は心をどこかに置いたまま、マシーンのように体を動かしていた。そうしてようやく上がりの時間になった時、何か色々と間違えたりしてないかと一気に不安になった。そんな霞のようなモヤモヤを抱えながら休憩室に入ると、
「あぁ~……今日めちゃくちゃ疲れましたね……」
ぐったしとした渋谷さんが、パイプイスに座ったままテーブルの上、両手を伸ばしてに伏していた。
渋谷さんのことだから、話せる状況に戻ったらすぐにさっきの続きを話し始めてくれると思っていたのに、そのまま電池が切れたように動かない。
もしかして寝た……?ちょっと待って……
寝るなら続きを話してからにして!!
このまま続きを聞かないで帰るなんて絶対出来ないし、かと言って、渋谷さんが起きるまで待ってたりなんてしたら、あんなに興味ないフリしてたくせにほんとはめちゃくちゃ気になってんじゃん!って思われて、穴を掘ってでも入りたいほど恥ずかしい……
本当にどうしよう……と、深刻に考えていると、
ガタンッ!!
パイプイスの大きな音がしたと思ったら渋谷さんが急に目覚めて、何か怖いものでも見てしまったかのような形相で顔を上げた。
「びっくりした……高いところから落ちる夢見ました……」
「……大丈夫……?」
私は内心、知らんがな!と思ってしまった。バイト先の休憩室で他人を目の前に一瞬で眠りにつき、さらに夢まで見れる渋谷さんの神経を、一周回って尊敬する。
別の意味で自由の女神だね……と心の中で話しかけながら、寝起きの渋谷さんが話の続きを思い出すのを待つため、出来るだけゆっくりと帰りの支度をした。
「あっ!そう言えば忘れてた!」
きたーーっ!!!
「昼に食べ残したパン、教室の机ん中に入れっぱなしだ!」
……なにそれ?
それ、ここでわざわざ声に出して言わなくても、心の中で思えばよくない……?家じゃないんだから……
ダメだ、女神は思い出しそうにない……
最大限ダラダラと遅く着替えて、意味もなく無駄にバッグの中を漁る仕草を続けて、なんとか引き延ばして待ったけど、もう本当にやることがない……。これ以上は不自然すぎる。
「……じゃあ、私帰るね、お疲れさま……」
もうここまでか……とあきらめて休憩室のドアノブを掴んだ時、
「えっ!ちょっと倉田さん!あの話の続き聞かないで帰るつもりですか!?」
と、ついに女神がようやく本当の意味で目を覚ました。
「……なんの話?」
私はドアノブに手をかけたまま振り返ると、今世紀最大の白々しさで聞き返した。
「尾関さんと香坂さんのことですよ!」
「あー、そう言えばそんな話してたね」
「そんなに興味ないんですかー?話し甲斐ないなぁ~」
まずい、やり過ぎた……
女神が萎えかけている……
私は恥を捨ててそそくさと引き返し、斜め向かいのパイプイスに座ると、女神のご機嫌を損ねないよう慎重に話した。
「今はたまたま忘れてたけど、思い出したらやっぱり気になるっていうか……」
「やっぱり?じゃあ教えてあげます!」
一瞬で機嫌を直してくれた女神が得意げな笑みを浮かべる。
「……うん」
私は覚悟を決めた。
「こないだ私、家族とホームセンターに行ったんですけど、そこで偶然見ちゃったんですよ、あの二人を……」
「……ホームセンターで?」
「はい。なんかヤバいでしょ?ホームセンターって、ファミレスよりもう一段回上のステージな感じですよね?しかも日曜日だったし」
「見間違いじゃなくて?」
「間違えるわけないじゃないですか!私の視力2.0ですよ?」
「そうなんだ。まぁ……じゃなくても、そうだよね、見間違いなんて普通そうそうないよね……」
「しかもね、それだけじゃないんです。二人、腕まで組んでたんですよ……」
「…………」
「おっ!いいですね!そのリアクション!余りの驚きで言葉が出ないやつ!」
「……ほんとだ……今、出なかった……」
「おっきいカート山盛りに色んな商品乗せて、二人でガラスケースの猫ちゃん見てたんですけど、その時、香坂さんが尾関さんの腕にからみつくみたいにぎゅってしてて!もー私、さすがに衝撃的過ぎてアゴ外れるかと思いましたよ!」
「……それは、確かに衝撃だね」
「でしょ!?あれは確実に同棲の準備ですよ。あの二人、実はもうだいぶ前から付き合ってるって可能性もありますよね?むしろそれが香坂さんの離婚の原因だったりとか!」
あれだけ気になっていたはずなのに、後半は渋谷さんの声がほとんど耳に入って来なかった……
***
「……あの、店長、もしかして尾関先輩と香坂さんて付き合ってます……?」
「は!?そんなことあるわけないじゃん!」
今日はバイトがない日で特に用もなく、朝から一日中部屋で過ごしていたところ、夕方に店長から「おでんで一杯やらない?」と誘いの電話をもらって、定休日のえなさんのお店へ呼ばれていた。
「ほんとですか?もう、そうとしか思えないんですけど……」
「香坂ちゃんが離婚の寂しさで尾関に懐いちゃってるだけだって。尾関も香坂ちゃんの状況が状況なだけに突き放せないから話聞いてあげたりしてるだけでしょ」
「香坂さんは色々大変だろうし寂しいだろうから、そうなるのも仕方ないって思いますけど、尾関先輩にはなんかムカつきます……」
「何に?」
「だって、私にはあんな全面的に寄り添って優しくなんて絶対してくれないですもん!……なんか色々思い出してきたな……すっごく冷たくされたりとか、怒られたりとか……香坂さんには絶対そんな姿見せないんだろうな、いい子ぶって……」
最近の日頃のストレスのせいか、貸し切りのお店の中、着いて30分もしないですでに私は悪い酔い方をしていた。
「たぶん尾関ちゃんは、あんなちゃんと同じタイプなんだと思うな」
えなさんが私に向かって優しく諭すように言った。
「基本的に平和主義で人当たりいいから、他人にはすごく気を遣うし優しいんだけど、逆に心の距離が近い人にほど、本当の感情を見せるタイプ。つまり、そうゆう相手との方が本心で付き合ってるんだと思うよ?」
「……じゃあ、店長もえなさんに怒ったり冷たくしたりすることあるんですか?全然想像つかないけど」
「今はほとんどないけど、昔はけっこうえなに無茶苦茶だったよ、私」
「え!意外!」
「倉田よ、ただ笑ってるだけの愛なんて愛とは呼べないんだよ。愛とは人を狂わせるもの……。愛してたら、怒りや悲しみや苦しみが次々と押し寄せて来る……その大波を乗り越えた二人にだけ、お互いの愛が初めて見えるんだよ」
「なんか『愛』知ってそう!」
「当たり前じゃん。愛の伝道師って呼んでもいいよ」
「じゃあ伝道師!伝道師はえなさんにどんな酷いことをしたんですか?」
「ちょっと待って……ほんとに呼ぶんだ?てかさ、一番大事な『愛の』を割愛するなよ」
「分かりましたよ。自分で呼べって言ったくせにわがままな愛の伝道師……」
「ごめん、やっぱりダサいからやめてくれる?」
「……で、何したんですか?」
「聞き方が尋問なのよ、倉田ちゃん……。そうだなぁ……まぁ色々ときつく当たっちゃったり、怒って口聞かないでそのまま寝たり、家出てったり……とかかな」
「うそ!今の店長見てたら信じられないですね!えなさんのこと大事!大事!って感じなのに!そんなことされてえなさんは、自分のこと好きじゃないのかもとか不安にならなかったんですか?」
「そうだね、まだ付き合いが浅かった時は、全てが不安だったな。本当にあんなちゃんは私のことが好きなのかな?って思わない日はなかった。逆に、安心出来ることなんて一つもないくらい全部が不確かなまま、それでも自分自身があんなちゃんのことを好きだったからずっと側にいたけど。……でもね、今はあの時のあんなちゃんも、今のあんなちゃんも、とにかくずーっと私のことが好きなんだなぁって信じられるよ。やっぱり二人で色んなことを乗り越えてきたからかな」
「……そっか……私もそんなふうになりたいな……」
「尾関と?」
「当たり前じゃないですか」
「他に倉田ちゃんのことをめっちゃめちゃ愛してくれる人が現れてもだめ?」
「だめです!尾関先輩とじゃないと意味ないもん……」
「そんなに尾関が好きか?」
「……好きですよ」
「ならもっと強く!」
「好きです!」
「もっと!!」
「好きです!!」
「会いたいか!?」
「会いたいです!」
「もっと強く!!」
「会いたいです!!」
「じゃあ呼んでやろう」
そう言うと、店長は唐突に電話をかけた。
「ちょっ、ちょっと店長!?」
「………あ、もしもし尾関?今さ葉月で飲んでるんだけど来れば?」
慌てながらも私は大人しく会話の行く末を見守った。
「……うん……あ、そうなんだ?………うん、いるよ。……うん……分かったー、はいよー、じゃあねー」
店長が電話を切ったと同時に私は聞いた。
「尾関先輩、今日はライブハウスのバイトの日ですよね……?」
「バイトっていうか、今日はライブの日だったらしいよ。でも今終わったって。奈央がいるなら今すぐ行くって言ってた」
「えっ!ほんとですか!?ほんとに先輩そんなこと言ったんですか!?」
「ごめんウソ……」
「ウソかーい!!」
「もぉ、あんなちゃんたち悪いっ!」
「でも『奈央もいる?』とは言ってた。こりゃほんと」
「……どのくらいで来るって言ってました?」
「すぐ向かうって言ってたから、たぶんタクシー乗って来そうだし、10分くらいじゃない?」
私はそれを聞いてすぐに立ち上がった。
「あ、おメイク直し?」
「そうですよ!そうゆうことは思っても口に出さなくていいんですよ!」
トイレから出てくると、だらしなくグラスを持った店長が、私の顔を見てニヤニヤしていた。
「……なんですか?」
「さっきより可愛くなってんじゃん」
「……そりゃどうも」
「紅ひいたな?」
「紅もひくでしょ!好きな人が来るんだから!」
「あーなるほど。紅もひくし、尾関の気もひく……あんさん、そういうことでんな?」
「もぉやだー!えなさん、助けて下さい!店長がたちの悪い関西オヤジになってるー!!」
「あんなちゃん!なおちゃんのことからかわないの!」
「はーい!りょうかーい!」
「ちょっとなんですかそれ?!えなさんの言うことには従順じゃないですか!」
「そうなの。人のこと犬に例えてばっかりだけど、あんなちゃんこそワンちゃんみたいだよね」
「ほんとですね、尾関先輩のことベスなんて言うけど、店長はコロじゃないですか!えなさんにイチコロのコロ!」
「なおちゃんうまーい!ほら!コロおいでー!」
「クゥ~ン!」
店長はしっかりと前足まで再現してえなさんの胸に寄りかかった。恥ずかしげもなくイチャイチャするこんな光景も、もうすっかり見慣れたものだ。
「ダメージもプライドもゼロか!」
「ちょっと待てよ?……尾関がベスで、私がコロなんでしょ?なら倉田ちゃんは……エロだな!」
「犬どこいったんですか!」
「でもなおちゃん!尾関ちゃんに首輪つけられたら嬉しくない?」
脈絡のないことを言われたのについ想像してしまった。
「えなさん!?唐突にどうしたんですか!?えなさんが言うとドキドキが止まらないんですけど……」
「なんか私もドキドキしてきちゃったなー!えな!もう帰ろーよ!」
「店長!ついさっき尾関先輩を呼び出したくせに何言ってるんですか!ていうか帰って何するつもりですか!?」
「帰って何するって、これだからエロは……。わざわざ言葉で聞きたいのか」
「そういうことじゃなくてっ!!」
「強がるなって。それに倉田ちゃんだってほんとは私たちが帰って尾関と二人きりのがいいくせにさー」
「そんなことないです!私は四人のがいいですもん!」
「うっそだー!」
「ほんとです!だって、もし本当に先輩が香坂さんと付き合ってるんなら……その状況で二人とか逆に無理だし……」
「だからそれは絶対にないって。ありえないわ」
「なんで言い切れるんですか?分からないじゃないですか!」
「しゃーないなー、じゃあ尾関が来たら私がそれとなく聞いてあげるよ」
「……ほんとですか?」
「うん、まかせといて!ナチュラルに、川の流れのようにさらりと聞いてあげるから」
その時、ガラガラガラガラ………
お店の引き戸がゆっくりと開いた。
その日のバイトは金城さんが急きょ体調を崩してお休みになり、渋谷さんと2人だけだった。
夕方の来店ピークが一旦落ち着いたタイミングでフライドチキンを揚げていると、渋谷さんが私の隣にピタッとはりついてきて、他には誰もいないというのに、わざわざ口元に手を添え、小声で話しかけてきた。
「倉田さん、えげつない特ダネを掴んだんですけど聞きたいですか?」
「今度は誰のウワサ話?ほんと好きだねー」
「前回の続きですよ!実は真相にたどり着いちゃったんです」
「それって……尾関先輩と香坂さんのこと?」
「はい。まだ金城にも話してないんですけど、倉田さんに1番に教えてあげます!早く誰かに言いたくて!」
「……なに?」
何を聞くことになるのか怯えながら話の続きを促すと、渋谷さんはもう一度周りに人がいないことを確認してからさらに小さな声で言った。
「やっぱりあの二人、完全に付き合ってました……」
「えっ……それってどういう……」
その時、来店を知らせる音と同時に、若者の集団、家族連れ、カップルなど、さっきまで無人だった店内に次々とお客さんが流れ込むように入ってきて、謎の第2ピークが始まった。
その波はちょっと穏やかになったかと思ってもほんの束の間でまた慌ただしくなり、通常3人シフトのところ今日は2人でこなしていたということもあって、とても私語なんてしてる暇はなくなってしまった。
あんなところで話がぷっつり切れたから続きが気になりすぎて、私は心をどこかに置いたまま、マシーンのように体を動かしていた。そうしてようやく上がりの時間になった時、何か色々と間違えたりしてないかと一気に不安になった。そんな霞のようなモヤモヤを抱えながら休憩室に入ると、
「あぁ~……今日めちゃくちゃ疲れましたね……」
ぐったしとした渋谷さんが、パイプイスに座ったままテーブルの上、両手を伸ばしてに伏していた。
渋谷さんのことだから、話せる状況に戻ったらすぐにさっきの続きを話し始めてくれると思っていたのに、そのまま電池が切れたように動かない。
もしかして寝た……?ちょっと待って……
寝るなら続きを話してからにして!!
このまま続きを聞かないで帰るなんて絶対出来ないし、かと言って、渋谷さんが起きるまで待ってたりなんてしたら、あんなに興味ないフリしてたくせにほんとはめちゃくちゃ気になってんじゃん!って思われて、穴を掘ってでも入りたいほど恥ずかしい……
本当にどうしよう……と、深刻に考えていると、
ガタンッ!!
パイプイスの大きな音がしたと思ったら渋谷さんが急に目覚めて、何か怖いものでも見てしまったかのような形相で顔を上げた。
「びっくりした……高いところから落ちる夢見ました……」
「……大丈夫……?」
私は内心、知らんがな!と思ってしまった。バイト先の休憩室で他人を目の前に一瞬で眠りにつき、さらに夢まで見れる渋谷さんの神経を、一周回って尊敬する。
別の意味で自由の女神だね……と心の中で話しかけながら、寝起きの渋谷さんが話の続きを思い出すのを待つため、出来るだけゆっくりと帰りの支度をした。
「あっ!そう言えば忘れてた!」
きたーーっ!!!
「昼に食べ残したパン、教室の机ん中に入れっぱなしだ!」
……なにそれ?
それ、ここでわざわざ声に出して言わなくても、心の中で思えばよくない……?家じゃないんだから……
ダメだ、女神は思い出しそうにない……
最大限ダラダラと遅く着替えて、意味もなく無駄にバッグの中を漁る仕草を続けて、なんとか引き延ばして待ったけど、もう本当にやることがない……。これ以上は不自然すぎる。
「……じゃあ、私帰るね、お疲れさま……」
もうここまでか……とあきらめて休憩室のドアノブを掴んだ時、
「えっ!ちょっと倉田さん!あの話の続き聞かないで帰るつもりですか!?」
と、ついに女神がようやく本当の意味で目を覚ました。
「……なんの話?」
私はドアノブに手をかけたまま振り返ると、今世紀最大の白々しさで聞き返した。
「尾関さんと香坂さんのことですよ!」
「あー、そう言えばそんな話してたね」
「そんなに興味ないんですかー?話し甲斐ないなぁ~」
まずい、やり過ぎた……
女神が萎えかけている……
私は恥を捨ててそそくさと引き返し、斜め向かいのパイプイスに座ると、女神のご機嫌を損ねないよう慎重に話した。
「今はたまたま忘れてたけど、思い出したらやっぱり気になるっていうか……」
「やっぱり?じゃあ教えてあげます!」
一瞬で機嫌を直してくれた女神が得意げな笑みを浮かべる。
「……うん」
私は覚悟を決めた。
「こないだ私、家族とホームセンターに行ったんですけど、そこで偶然見ちゃったんですよ、あの二人を……」
「……ホームセンターで?」
「はい。なんかヤバいでしょ?ホームセンターって、ファミレスよりもう一段回上のステージな感じですよね?しかも日曜日だったし」
「見間違いじゃなくて?」
「間違えるわけないじゃないですか!私の視力2.0ですよ?」
「そうなんだ。まぁ……じゃなくても、そうだよね、見間違いなんて普通そうそうないよね……」
「しかもね、それだけじゃないんです。二人、腕まで組んでたんですよ……」
「…………」
「おっ!いいですね!そのリアクション!余りの驚きで言葉が出ないやつ!」
「……ほんとだ……今、出なかった……」
「おっきいカート山盛りに色んな商品乗せて、二人でガラスケースの猫ちゃん見てたんですけど、その時、香坂さんが尾関さんの腕にからみつくみたいにぎゅってしてて!もー私、さすがに衝撃的過ぎてアゴ外れるかと思いましたよ!」
「……それは、確かに衝撃だね」
「でしょ!?あれは確実に同棲の準備ですよ。あの二人、実はもうだいぶ前から付き合ってるって可能性もありますよね?むしろそれが香坂さんの離婚の原因だったりとか!」
あれだけ気になっていたはずなのに、後半は渋谷さんの声がほとんど耳に入って来なかった……
***
「……あの、店長、もしかして尾関先輩と香坂さんて付き合ってます……?」
「は!?そんなことあるわけないじゃん!」
今日はバイトがない日で特に用もなく、朝から一日中部屋で過ごしていたところ、夕方に店長から「おでんで一杯やらない?」と誘いの電話をもらって、定休日のえなさんのお店へ呼ばれていた。
「ほんとですか?もう、そうとしか思えないんですけど……」
「香坂ちゃんが離婚の寂しさで尾関に懐いちゃってるだけだって。尾関も香坂ちゃんの状況が状況なだけに突き放せないから話聞いてあげたりしてるだけでしょ」
「香坂さんは色々大変だろうし寂しいだろうから、そうなるのも仕方ないって思いますけど、尾関先輩にはなんかムカつきます……」
「何に?」
「だって、私にはあんな全面的に寄り添って優しくなんて絶対してくれないですもん!……なんか色々思い出してきたな……すっごく冷たくされたりとか、怒られたりとか……香坂さんには絶対そんな姿見せないんだろうな、いい子ぶって……」
最近の日頃のストレスのせいか、貸し切りのお店の中、着いて30分もしないですでに私は悪い酔い方をしていた。
「たぶん尾関ちゃんは、あんなちゃんと同じタイプなんだと思うな」
えなさんが私に向かって優しく諭すように言った。
「基本的に平和主義で人当たりいいから、他人にはすごく気を遣うし優しいんだけど、逆に心の距離が近い人にほど、本当の感情を見せるタイプ。つまり、そうゆう相手との方が本心で付き合ってるんだと思うよ?」
「……じゃあ、店長もえなさんに怒ったり冷たくしたりすることあるんですか?全然想像つかないけど」
「今はほとんどないけど、昔はけっこうえなに無茶苦茶だったよ、私」
「え!意外!」
「倉田よ、ただ笑ってるだけの愛なんて愛とは呼べないんだよ。愛とは人を狂わせるもの……。愛してたら、怒りや悲しみや苦しみが次々と押し寄せて来る……その大波を乗り越えた二人にだけ、お互いの愛が初めて見えるんだよ」
「なんか『愛』知ってそう!」
「当たり前じゃん。愛の伝道師って呼んでもいいよ」
「じゃあ伝道師!伝道師はえなさんにどんな酷いことをしたんですか?」
「ちょっと待って……ほんとに呼ぶんだ?てかさ、一番大事な『愛の』を割愛するなよ」
「分かりましたよ。自分で呼べって言ったくせにわがままな愛の伝道師……」
「ごめん、やっぱりダサいからやめてくれる?」
「……で、何したんですか?」
「聞き方が尋問なのよ、倉田ちゃん……。そうだなぁ……まぁ色々ときつく当たっちゃったり、怒って口聞かないでそのまま寝たり、家出てったり……とかかな」
「うそ!今の店長見てたら信じられないですね!えなさんのこと大事!大事!って感じなのに!そんなことされてえなさんは、自分のこと好きじゃないのかもとか不安にならなかったんですか?」
「そうだね、まだ付き合いが浅かった時は、全てが不安だったな。本当にあんなちゃんは私のことが好きなのかな?って思わない日はなかった。逆に、安心出来ることなんて一つもないくらい全部が不確かなまま、それでも自分自身があんなちゃんのことを好きだったからずっと側にいたけど。……でもね、今はあの時のあんなちゃんも、今のあんなちゃんも、とにかくずーっと私のことが好きなんだなぁって信じられるよ。やっぱり二人で色んなことを乗り越えてきたからかな」
「……そっか……私もそんなふうになりたいな……」
「尾関と?」
「当たり前じゃないですか」
「他に倉田ちゃんのことをめっちゃめちゃ愛してくれる人が現れてもだめ?」
「だめです!尾関先輩とじゃないと意味ないもん……」
「そんなに尾関が好きか?」
「……好きですよ」
「ならもっと強く!」
「好きです!」
「もっと!!」
「好きです!!」
「会いたいか!?」
「会いたいです!」
「もっと強く!!」
「会いたいです!!」
「じゃあ呼んでやろう」
そう言うと、店長は唐突に電話をかけた。
「ちょっ、ちょっと店長!?」
「………あ、もしもし尾関?今さ葉月で飲んでるんだけど来れば?」
慌てながらも私は大人しく会話の行く末を見守った。
「……うん……あ、そうなんだ?………うん、いるよ。……うん……分かったー、はいよー、じゃあねー」
店長が電話を切ったと同時に私は聞いた。
「尾関先輩、今日はライブハウスのバイトの日ですよね……?」
「バイトっていうか、今日はライブの日だったらしいよ。でも今終わったって。奈央がいるなら今すぐ行くって言ってた」
「えっ!ほんとですか!?ほんとに先輩そんなこと言ったんですか!?」
「ごめんウソ……」
「ウソかーい!!」
「もぉ、あんなちゃんたち悪いっ!」
「でも『奈央もいる?』とは言ってた。こりゃほんと」
「……どのくらいで来るって言ってました?」
「すぐ向かうって言ってたから、たぶんタクシー乗って来そうだし、10分くらいじゃない?」
私はそれを聞いてすぐに立ち上がった。
「あ、おメイク直し?」
「そうですよ!そうゆうことは思っても口に出さなくていいんですよ!」
トイレから出てくると、だらしなくグラスを持った店長が、私の顔を見てニヤニヤしていた。
「……なんですか?」
「さっきより可愛くなってんじゃん」
「……そりゃどうも」
「紅ひいたな?」
「紅もひくでしょ!好きな人が来るんだから!」
「あーなるほど。紅もひくし、尾関の気もひく……あんさん、そういうことでんな?」
「もぉやだー!えなさん、助けて下さい!店長がたちの悪い関西オヤジになってるー!!」
「あんなちゃん!なおちゃんのことからかわないの!」
「はーい!りょうかーい!」
「ちょっとなんですかそれ?!えなさんの言うことには従順じゃないですか!」
「そうなの。人のこと犬に例えてばっかりだけど、あんなちゃんこそワンちゃんみたいだよね」
「ほんとですね、尾関先輩のことベスなんて言うけど、店長はコロじゃないですか!えなさんにイチコロのコロ!」
「なおちゃんうまーい!ほら!コロおいでー!」
「クゥ~ン!」
店長はしっかりと前足まで再現してえなさんの胸に寄りかかった。恥ずかしげもなくイチャイチャするこんな光景も、もうすっかり見慣れたものだ。
「ダメージもプライドもゼロか!」
「ちょっと待てよ?……尾関がベスで、私がコロなんでしょ?なら倉田ちゃんは……エロだな!」
「犬どこいったんですか!」
「でもなおちゃん!尾関ちゃんに首輪つけられたら嬉しくない?」
脈絡のないことを言われたのについ想像してしまった。
「えなさん!?唐突にどうしたんですか!?えなさんが言うとドキドキが止まらないんですけど……」
「なんか私もドキドキしてきちゃったなー!えな!もう帰ろーよ!」
「店長!ついさっき尾関先輩を呼び出したくせに何言ってるんですか!ていうか帰って何するつもりですか!?」
「帰って何するって、これだからエロは……。わざわざ言葉で聞きたいのか」
「そういうことじゃなくてっ!!」
「強がるなって。それに倉田ちゃんだってほんとは私たちが帰って尾関と二人きりのがいいくせにさー」
「そんなことないです!私は四人のがいいですもん!」
「うっそだー!」
「ほんとです!だって、もし本当に先輩が香坂さんと付き合ってるんなら……その状況で二人とか逆に無理だし……」
「だからそれは絶対にないって。ありえないわ」
「なんで言い切れるんですか?分からないじゃないですか!」
「しゃーないなー、じゃあ尾関が来たら私がそれとなく聞いてあげるよ」
「……ほんとですか?」
「うん、まかせといて!ナチュラルに、川の流れのようにさらりと聞いてあげるから」
その時、ガラガラガラガラ………
お店の引き戸がゆっくりと開いた。
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