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第一章 さいかい
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しおりを挟む午後になり。
私は石段側の表門の前に立っていた。
重厚な扉は閉められている。
この扉の向こうには澄彦さんと玉彦、そして恰幅が良く黄色いポロシャツを着た小百合さんのお父さんがいる。
そして私の横には、ピンクから萌黄色に変わった小百合さん。
今朝のことが私の奇妙な力に依るせいだと思い込んでいて、気味悪がれ、無視をされている。
あんなので気味が悪いってなったら、とてもじゃないけど正武家ではやっていけないと思うよ。
「比和子ちゃん、聞こえる―?」
「はいー」
「小百合さん、聞こえますかー?」
「はい。聞こえております」
澄彦さんの大声が向こうから聞こえる。
「じゃあ入ってきてー」
「お先にどうぞ」
と、小百合さんに言われたので。
私は扉を両手で押し開け、普通に潜る。
澄彦さんはホッとしていたけど、今までこの門が一度だって私を拒んだことはなかった。
そして扉を閉める。
なんてことはない。
いつものことだ。
「じゃあ次、どうぞー」
門の向こうから返事が聞こえたけれど、姿は現れず。
そのうち、叩いたり蹴ったりする音が聞こえて、玄関から見ていた南天さんが顔を顰める。
門扉が破壊されないか心配しているようだ。
「やっぱり、だよねー」
澄彦さんは溜息を吐きつつ、扉を開く。
するとその向こうには、笑顔の小百合さん。
「開きましたわ!」
いや、違うから。
澄彦さんだから。
そして澄彦さんの後に続いて、門を通ろうとした小百合さん。
でも、通れなかった。
足を踏み出すものの、前に進んで行かない。
一人ルームランナーをしている。
入れないって、こういう事なんだ。
小百合さんのお父さんが娘の異変に駆け寄るけど、あちらとこちらで門に阻まれる。
「どうした小百合! 早くこっちへ!」
「行けません!」
どういう仕組み何だろう。
私は門を見上げる。
どう見ても、大きいだけの門なんだけどなぁ。
ん? んんー?
目を細めてようく門の屋根を見れば、見たことのある赤い紐がぶら下がっている。
「た、玉彦! あれあれ!」
腕組みをして門を見守っていた玉彦が私の声に反応して、上を見る。
すると次の瞬間、塀に手を掛けて登ると、そのまま門の屋根へと忍者みたく移動する。
目当ての物を手に入れて、玉彦は門の上から飛び降りた。
「危ないよ!」
「なんということはない」
そして私の目の前に少し汚れた赤い紐の金の鈴がしゃらりと揺らされた。
失くしたはずの玉彦と私を繋ぐ鈴。
「良かったー。ほらね、私が居れば見つかったでしょ」
「そうだな」
「今度は無くさないように首からぶら下げておけば良いと思うわ」
「俺は猫ではない」
そんな会話をしていても、一向に小百合さんはこちらへ来られない。
とうとう諦めて座り込んでしまった。
「後藤さん。もう充分御分りになったかと思います。お嬢様とお引き取り願います」
「しっしかし澄彦様、これではあまりにもうちの娘が不憫ではないですか! 幼き頃から玉彦様の花嫁として大切に、それはもう大切に育ててきたのです。娘も息子様のことが大好きで大好きでこれからはずっと一緒に居られると大変喜んでいたのですよ!」
お父さんの熱弁を聞いて、小百合さんがしゃくりあげた。
可哀想な気もするけど、私だって引き下がりたくはない。
澄彦さんは疲れたらしく、紺色の着物の懐から煙草を取り出し火をつける。
深く深く吸い込んで、煙を大きく吐き出した。
「ですがね、後藤さん。息子にはもう心に決めたひとがいるんですよ」
「だからといって! これまでの慣習を破るのですか!」
後藤さんが澄彦さんに掴みかかる。
澄彦さんは煙草の火を落とさないように右腕を上げた。
すると、しゃっきりとした老齢の女性の迫力ある怒鳴り声が玄関先から響き渡った。
「無礼者! 正武家当主に手を出すとは何たる不届き者か!」
振り返り見れば、松梅コンビを従えて、南天さんを横に跪かせ、その真ん中に巫女の出で立ちの御婆さんが仁王立ちしている。
私は初めてみるその御婆さんに目が点になった。
どこから現れたのか以前に、巫女さんって若い女の人だと思うんだけど。
隣の玉彦を見れば、げっという表情。
御婆さんは物凄い勢いで飛んできて、澄彦さんを掴むその腕を捻りあげる。
そして小柄な御婆さんのどこにそんな力があるのかと思った矢先、後藤さんは引き倒された。
「よいか! よく聞け鳴黒の村の者! 惚稀人様が御出でにならぬから慣習が出来たのだ! それを惚稀人様がいらっしゃるのにしゃしゃり出るのは不届き千万! この竹が成敗してくれる!」
ポンポンと小気味の良いセリフに聞き惚れていれば、竹という名に二度見する。
松竹梅のトリオだったのか……!
南天さんを呼び、蹲って動けなくなった後藤さんを裏門から追い出す様に命令すると、竹さんは小百合さんに石段から帰れと無下も無く言い放ち、門扉を閉めるように騒ぎを聞きつけやって来た宗祐さんに指示をする。
まるで台風だ。
竹さんを中心に嵐が巻き起こってる!
「澄彦殿! 貴方も貴方です。どうしてあのような者を屋敷に踏み入れさせるのです。全く成長していない!」
「すみません、竹さん」
詰め寄られた澄彦さんは携帯灰皿に煙草を押し付けて、にっこり笑った。
たぶん、全然気にしていない。
そして竹さんが、私と玉彦の前に来ると彼は一歩身を引く。
「惚稀人様。よくぞ再び御出でくださいました。この竹、目が黒いうちにお目にかかれるとは思っておりませなんだ。よくぞよくぞ」
両手を握られ目を白黒させていれば、ようやく玉彦の助け船。
「竹婆、もう離してやれ」
「玉彦殿も玉彦殿です。なにゆえさっさと惚稀人様と契りを結ばぬのです。子でも出来ればあのような者、現れなんだ!」
竹さんの爆弾発言に、私は固まる。
だって私まだ、高校生だし。
子どもが出来ればって、子どもって……。
それってだって玉彦と……。
「竹婆! 馬鹿を申すのも大概にしろ」
「この竹を馬鹿と! 馬鹿と!」
私は言い合いをする二人から離れ、笑って眺めていた澄彦さんの隣に移動した。
「竹さんはね、屋敷の裏の本殿の巫女様なんだ。それと玉彦の教育係だった」
ということは、小さい頃お母さんが居なくなってしまった玉彦の母親代わりでもあったのだろう。
二人のやり取りを見ていれば、それが垣間見えた。
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