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第五章 くらんど
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しおりを挟む奥の間で過ごすこと三時間ほど。
超不機嫌な豹馬くんがピンクの猫足のソファーに座り、スマホをいじっている。
私はピンクのベッドに寝転がり、これまたスマホをいじっている。
草木も眠る丑三つ時。
正武家が少しだけ騒がしくなる。
鬼の敷石へ行っていた二人が戻ってきたようで、竹婆が私たちを当主の間へと呼びに来た。
また、あの痛い儀式があるのか……。
うんざりして立ち上がれば、豹馬くんが手を貸してくれる。
「かなり、痛いんだって?」
「……うん。鼻からスイカが十個くらいまとめて出るくらい」
「想像を絶するけど、もう少し分かりやすい例えないわけ?」
豹馬くんは呆れていたけど、今回のことに腹を括ったようで、やっと普通に会話をしてくれるようになった。
そうして当主の間に入れば、いつもなら竹婆の前に白い布があるはずなのに、何もない。
もしかして、失敗した?
玉彦と南天さんを見れば二人とも泥まみれで、白い着物は茶色く染まっていた。
玉彦の胸元に僅かに血が滲んでいる。
私たちが到着する前に話は始まっていたようで、段上の澄彦さんが扇子で口元を隠して爆笑していた。扇子の意味が全くない。
私と豹馬くんが末席に座れば、こちらを見た玉彦が気まずそうに視線をずらす。
「相分かった。ではこの澄彦が鬼の敷石へ行こう。お前と南天は留守番な」
「よろしくお願いいたします」
「豹馬と、比和子ちゃんはここにいるように。宗祐、準備だ!」
何故かワクワクして退場する澄彦さんを見送った後、私は玉彦に駆け寄る。
すると玉彦は目を泳がせて私と視線を合わそうとしない。
失敗したのが後ろめたいのかと思っていたら、理由は別の所にあった。
玉彦や南天さんは確かに装いを汚している。
でもなぜかその下の肌も汚れている。
私は有無を言わさずに玉彦を引ん剥いた。
上半身を肌蹴させ、そこにあったのは隠につけられた爪の五本線。赤い痣。
うっすらとまだ血が滲む。
でも、おかしくない?
だって着物、破けてないんだよ?
胸元を掴んだまま玉彦を見れば、青くなっている。
「あんた、敷石の下で、着物脱いで、何やってたの?」
「……隠と話し合いを。剥がす時に痛まぬように、納得をさせてからと……」
「それで?」
私の追及に、玉彦は後ずさる。
「交渉は決裂したので、父上に……」
腕を切り落としてでも爪を持ってきた玉彦がそれで引き下がるなんて、どうにもおかしい。
「着物脱いで交渉ってどういう事よ」
「それは……。やましいことはしていない」
「隠相手に当たり前でしょ! 何言ってんのよ!」
見るに見かねた南天さんが、泥船のような助け舟を出す。
「女性の隠だったのです。それで爪を渡すには貞操をと……」
カッと頭に血が上って、私は玉彦から手を離した。
「豹馬くん、行くわよ。穢れに触ったから、お風呂に入ってから澄彦さんと行くわ」
「何もなかったぞ!」
「本当に!?」
「なぜ何もなかったのにそのように」
振り向いて玉彦を見下ろす。
「じゃあその、キスマークは何なのよ。馬鹿じゃないの!? あんた、一体敷石に何をしに行ってんのよ!」
玉彦は胸元を押さえて、黙りこくる。
「そんなにその隠に心が動いたのなら、そっちへ行けば? 阿保らしい。馬鹿みたい。これなら『蔵人さまと共に在りたい』」
私ではない声が言葉を紡ぎ、私ではない意思が身体を突き動かす。
走り出し、障子を開けて、狂おしく求める先にいる人は。
夜が明けそうな月明かりと日の間、塀の上に佇んでいた。
「『蔵人さま!』」
庭に降り立ち手を伸ばせば、届く。
あの人のところへ。
「行くな、比和子!」
後ろから誰かに肩を掴まれても、私は前へ、彼のところへ行かなくては。
「比和子!」
「『蔵人さま!』」
彼は意を決したように、庭へ降り、私を迎えに来てくれた。
腕を振り解き、飛び込む。
もう、どうにでもなれ。
「そう何度も後れを取ると思うな!」
私を抱く腕が切り落とされてもなお、もう一つの腕で抱え直し。
「比和子ちゃん!」
憎き正武家の当主を見下ろし、私は笑う。
ようやくこれで共に在れる。
「冗談じゃない! 私は上守比和子! 鈴白なんて女じゃない! どいつもこいつもふざけんじゃないわよ!」
「そうじゃ、乙女。よくいった」
突然現れた御倉神は私の額を小突く。
すると私の中から後ろへと何かかが出て行く。
身体の、自由が戻った。
それから御倉神が手を振れば、私を抱いていた隠、蔵人が後方へ飛ばされ塀に衝突した。
そして彼は何故かこちらへ駆け寄ってきていた澄彦さんや玉彦をも屋敷の中へ吹き飛ばす。
「護るというた」
「あんた、出てくるのがいつも遅いのよ!」
「どこへゆく」
「ここではないどこか」
怒りに身を任せた決断は後悔するのだと前に澄彦さんが言っていた。
でも、それでも私はこの場にはもう居たくはなかった。
御倉神は浮かび上がり、私を連れて行く。
ここではない、どこかへ。
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