私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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最終章 ひっこし



 枕を抱く。

 今までは全然一人で眠るのが当たり前だったのに、ここへ来て隣に誰かの寝息や温もりがあるのが当たり前になってしまっている。
 素直に寂しいと思う。
 ずっと前に澄彦さんが言っていた、人間は自分の片割れを探しているって。
 私の足りない部分を補うのは、玉彦なんだろうか。

 今日まで。
 風が強いから、玉彦と寝たいな。
 明日からは、一人でも良いから。

 意を決して、私は枕を抱いて廊下に出た。
 真っ直ぐ玉彦の部屋を目指していけば、微かに襖の隙間から明かりが漏れている。
 部屋の蛍光灯ではなく、机のライトだ。
 まだ起きて課題をこなしている。
 邪魔しちゃ悪いかな。

 部屋の前でもたもたしていると、気配に気付いた玉彦がスパンと不機嫌そうに襖を開ける。

「……お前か」

「誰だと思って……」

 ふとそこまで言って、思い当たる。
 小百合さんがまだ花嫁候補でいた時に、夜中にこうして彼は襲撃を受けていたのかもしれない。

「風が強くて。眠れなくて。来ちゃった」

「……そこで寝てろ。俺の方はまだ終わらん」

 玉彦は頭を掻きながらお布団を指差して机に戻る。
 私は遠慮せずに玉彦の匂いがするお布団に潜り込む。

「ねぇ、玉彦。あとどれくらい?」

「まだまだ」

 数分後。

「ねぇ」

「まだ」

 玉彦のライトに照らされた真剣な横顔を眺めて、眠気どころか、さっきの小町の話が思い出されて私は勝手に赤くなった。
 小町曰く、そういう時の男の人は思いのほか真剣な顔をしているのだそうだ。
 って、違う。私、そんなつもりでここに来たわけじゃないし。
 玉彦の枕を使い、自分の枕を抱きしめて一人で妄想に悶える。
 本人を目の前にして。
 まるっきりの変態じゃないか!

「玉彦ー」

「しつこい。さっさと寝てしまえ」

 こちらを見ずにペンを走らせる玉彦は、面倒臭そうに手を振る。

「ご褒美っていつのつもりなわけ?」

「……五年後」

 思わず私は笑ってしまった。
 なんだかんだ言っても私の気持ちを尊重して、責任が持てるその時まで我慢をしてくれるらしい。

「玉彦ー」

「お前、俺に課題をさせる気が無いだろう!?」

「玉彦の真剣な横顔見てたらちょっかい出したくなるんだもん」

「……わかった」

 玉彦はそういうと、机のライトを消して私の下へ来る。
 するすると中に入り、私の頬を両側からイーッと引っ張る。

「可愛さ余って憎さ百倍だな」

「いひゃい」

「残りは明日にする。寝るぞ」

 黙って胸の中に添えば、彼の心臓の音が規則正しく私の耳に届く。

「比和子」

「ん?」

「……いや、いい」

「私は別に良いけど……」

 ボソッと呟けば、玉彦は長考した挙句、私を抱き寄せる。
 頭を撫でて、髪を梳いたり、耳に触れたり。

「明日の朝は寝坊する訳にはいかぬ。明後日もだな。学校が始まる」

「じゃあいつよ」

「お前、そんなにしたいのか?」

「ちょっ、恥ずかしいこと聞かないでよ」

「なぜそんなに焦る? 二人のペースで良いのではないか?」

「わかってるけど。でもじゃあこんなに玉彦に触れたい触れられたいって思う私はどうしたら良いのかわかんないよ……。変態なの? 欲求不満なの? 私」

「直球だな……」

 私の頭の上に顎を乗せ、また長考。
 馬鹿なことを言ってしまった私は今さらながら頬が熱くなる。

「夜に中(あ)てられているのだろう。朝になればそのような考えは収まる」

「あてられる?」

「夜は俺の力の制御が特に揺らぐ。近くにいればいる程影響を受ける。こうあれば良いと思うことがそうなる。だから比和子はそうなっている」

 つまりやっぱりさっきの考えの通り、無意識の正武家の意向というやつなんだろう。
 神様たちの作戦。

「乗せられてた……」

 呟きに鼻で笑う玉彦。
 私はますます恥ずかしくて小さくなっていく。

「ここまで来たら焦らぬ。痛い思いもその先にある苦労も女性である比和子が背負う。お前が中てられずに良いと言うまで、俺はこのままで良い。蛇の生殺し状態だが」

 思わず顔を上げてぼやく玉彦を見れば、眉間に皺を寄せて目を閉じて不貞腐れている。
 その仕草がとても可愛らしかったので、せめてものお詫びにキスをしてみる。

 ごめんね、玉彦。
 さすがに五年後までとは言わないけれど、私の心の準備が出来るまでもう少しだけ待っててね。
 お布団の中でじゃれ合いながら、二人の夜は更けていく。


→『私と玉彦の学校七不思議』へ続く

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