51 / 51
最終章 ひっこし
8
枕を抱く。
今までは全然一人で眠るのが当たり前だったのに、ここへ来て隣に誰かの寝息や温もりがあるのが当たり前になってしまっている。
素直に寂しいと思う。
ずっと前に澄彦さんが言っていた、人間は自分の片割れを探しているって。
私の足りない部分を補うのは、玉彦なんだろうか。
今日まで。
風が強いから、玉彦と寝たいな。
明日からは、一人でも良いから。
意を決して、私は枕を抱いて廊下に出た。
真っ直ぐ玉彦の部屋を目指していけば、微かに襖の隙間から明かりが漏れている。
部屋の蛍光灯ではなく、机のライトだ。
まだ起きて課題をこなしている。
邪魔しちゃ悪いかな。
部屋の前でもたもたしていると、気配に気付いた玉彦がスパンと不機嫌そうに襖を開ける。
「……お前か」
「誰だと思って……」
ふとそこまで言って、思い当たる。
小百合さんがまだ花嫁候補でいた時に、夜中にこうして彼は襲撃を受けていたのかもしれない。
「風が強くて。眠れなくて。来ちゃった」
「……そこで寝てろ。俺の方はまだ終わらん」
玉彦は頭を掻きながらお布団を指差して机に戻る。
私は遠慮せずに玉彦の匂いがするお布団に潜り込む。
「ねぇ、玉彦。あとどれくらい?」
「まだまだ」
数分後。
「ねぇ」
「まだ」
玉彦のライトに照らされた真剣な横顔を眺めて、眠気どころか、さっきの小町の話が思い出されて私は勝手に赤くなった。
小町曰く、そういう時の男の人は思いのほか真剣な顔をしているのだそうだ。
って、違う。私、そんなつもりでここに来たわけじゃないし。
玉彦の枕を使い、自分の枕を抱きしめて一人で妄想に悶える。
本人を目の前にして。
まるっきりの変態じゃないか!
「玉彦ー」
「しつこい。さっさと寝てしまえ」
こちらを見ずにペンを走らせる玉彦は、面倒臭そうに手を振る。
「ご褒美っていつのつもりなわけ?」
「……五年後」
思わず私は笑ってしまった。
なんだかんだ言っても私の気持ちを尊重して、責任が持てるその時まで我慢をしてくれるらしい。
「玉彦ー」
「お前、俺に課題をさせる気が無いだろう!?」
「玉彦の真剣な横顔見てたらちょっかい出したくなるんだもん」
「……わかった」
玉彦はそういうと、机のライトを消して私の下へ来る。
するすると中に入り、私の頬を両側からイーッと引っ張る。
「可愛さ余って憎さ百倍だな」
「いひゃい」
「残りは明日にする。寝るぞ」
黙って胸の中に添えば、彼の心臓の音が規則正しく私の耳に届く。
「比和子」
「ん?」
「……いや、いい」
「私は別に良いけど……」
ボソッと呟けば、玉彦は長考した挙句、私を抱き寄せる。
頭を撫でて、髪を梳いたり、耳に触れたり。
「明日の朝は寝坊する訳にはいかぬ。明後日もだな。学校が始まる」
「じゃあいつよ」
「お前、そんなにしたいのか?」
「ちょっ、恥ずかしいこと聞かないでよ」
「なぜそんなに焦る? 二人のペースで良いのではないか?」
「わかってるけど。でもじゃあこんなに玉彦に触れたい触れられたいって思う私はどうしたら良いのかわかんないよ……。変態なの? 欲求不満なの? 私」
「直球だな……」
私の頭の上に顎を乗せ、また長考。
馬鹿なことを言ってしまった私は今さらながら頬が熱くなる。
「夜に中(あ)てられているのだろう。朝になればそのような考えは収まる」
「あてられる?」
「夜は俺の力の制御が特に揺らぐ。近くにいればいる程影響を受ける。こうあれば良いと思うことがそうなる。だから比和子はそうなっている」
つまりやっぱりさっきの考えの通り、無意識の正武家の意向というやつなんだろう。
神様たちの作戦。
「乗せられてた……」
呟きに鼻で笑う玉彦。
私はますます恥ずかしくて小さくなっていく。
「ここまで来たら焦らぬ。痛い思いもその先にある苦労も女性である比和子が背負う。お前が中てられずに良いと言うまで、俺はこのままで良い。蛇の生殺し状態だが」
思わず顔を上げてぼやく玉彦を見れば、眉間に皺を寄せて目を閉じて不貞腐れている。
その仕草がとても可愛らしかったので、せめてものお詫びにキスをしてみる。
ごめんね、玉彦。
さすがに五年後までとは言わないけれど、私の心の準備が出来るまでもう少しだけ待っててね。
お布団の中でじゃれ合いながら、二人の夜は更けていく。
→『私と玉彦の学校七不思議』へ続く
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
なないろクロスロード
小桜 凜子
ライト文芸
――ごめんね、菜々子先輩。結局ずるいのは、わたしの方だった
四月。同じ放送部に入った二年生の一ノ瀬 菜々子と一年生の伊吹 日奈。人間関係において表面上のつきあいしかしてこなかった菜々子の心が、日奈との出会いを通して大きく変わっていく。
菜々子のクラスメートで日奈の幼馴染でもある岩隈 隼はそんな二人をほほえましく見ていたが、ある日、クリスマスイブの夜に菜々子と日奈が「決定的な行き違い」を起こしていたことに気づく。
町を最強寒波がつつんだ一月下旬。ふたたび閉ざされた心で菜々子が発した言葉と日奈の必死の叫びは交錯し、雪が降り続ける幹線道路に響いた。
なにもない「いま、このとき」を生きる放送部員七人がつむぐ、なないろの物語。
切なくも輝きに満ちた日常にこそ、人間が生きる意味があるにちがいない。
※第9回ライト文芸大賞 参加作品 投票受付期間中!
※本作は第一部・第二部からなる二部構成です。
※本作はフィクションです。実在の人物・団体・施設・出来事とは関係ありません。なお、作中には神戸市や横浜市などの実在の地名や、それらをモチーフにした場所が登場しますが、描写・設定はすべて物語上の創作によるものです。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
三年前、私は婚約者を捨てた
ちょこまろ
恋愛
三年前、私は婚約者を捨てた。
嫌いになったわけではない。
他に好きな人ができたわけでもない。
ただ、彼の母に言われたのだ。
「あなたは、怜司を幸せにできますか」
その一言に答えられなかった美桜は、医師である婚約者・怜司の未来を壊すことが怖くなり、理由も告げずに東京を離れた。
誰も知らない海沿いの街で、ひとり静かに暮らす三年間。
忘れたかった。
でも、怜司の番号だけは消せなかった。
そしてある夜、かけるつもりのなかった電話が、三年ぶりに彼へつながってしまう。
愛していたから逃げた女と、置き去りにされても待ち続けた男。
発車ベルに消したはずのさよならが、もう一度、二人の時間を動かしはじめる。
切なくて、静かで、やさしい再会の恋愛短編。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「つかれてる」と彼氏に拒まれる金曜の夜
唯崎りいち
恋愛
大好きだった彼は、最近私を「つかれてる」と拒絶する。
職場で無視され、家でも冷たく突き放され、ついに私は限界を迎えた。
涙とともに眠りについた、ある金曜日の夜。
変わり果てた二人の関係は、予想もしない結末を迎える。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント130万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……