私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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正武家の日常

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 私たちは話し合いの結果、子供を授かるのは三年後に、と約束をした。
 今すぐでは結婚して玉彦との生活リズムが落ち着いていないのではないかということ、この春に稀人として住み込み始めた二人の仕事を考慮してのことだった。
 もう少し二人の時間を楽しみたいという玉彦の言い分は図らずも通ったことになっていた。

「月子は惚稀人ではないから、正武家に滞在できる期間が限られていた。だから急いだけど、比和子ちゃんはそうじゃないでしょ。早く孫の顔を見せろと急かしている訳ではないよ」

 顔を伏せたままの私を気遣って、澄彦さんなりにフォローをしてくれる。
 玉彦のお母さんの月子さんは、澄彦さんの言う通り惚稀人ではない。
 だから正武家にいられる時間には限りがあって、その中で玉彦を育てた。
 私とは違い、時間が足りないと感じただろう。

 贅沢な悩みの不満に私は申し訳なくなりながらも、打開策が無くてますます凹んだ。
 玉彦の手が私の頭を撫でてくれるけれど、気分は晴れない。

「たまには外へと息抜きにゆくか」

「だってそれだと誰かに迷惑掛かるでしょ……」

「稀人が共に居るのは嫌なのか」

「そうじゃなくて、私のせいで彼らを動かすのは駄目でしょ」

「比和子はもうそういう立場になってしまった。一人で気軽に出掛けるのは俺としても心配だ」

 正武家の過保護っぷりを目の当たりにして、私は呆れる。
 この鈴白村で私が危険な目に遭うのは、人的なものではなくて不可思議な事案だけだろう。
 それだとしてもある程度は自分でも対処できるようになっている。

「兎に角、続きはまた後で聞く。父上、もう時間が来そうです」

「あぁ、わかった。比和子ちゃん、あんまり考え過ぎないで。では行くか」

 二人は座敷に私を残して、席を立った。
 午前中のお役目が立て込んでいると先ほど会話があった。

 座布団に座ったまま動かずにいると、お膳を下げに来た豹馬くんが私を一瞥して作業を始める。
 彼は玉彦の稀人として須藤くんと同じく現在住み込み中だ。

「奥方様。お下げしてもよろしいでしょーか」

「どうぞ。てゆーか奥方とか、やめてよ」

「止めろと言われても、もう上守とか呼べないだろ」

 確かにそうだけど、その少し開いた距離感がちょっと寂しい。
 私は三回目の溜息をついて、座敷を出た。
 贅沢な悩みだと自分でも理解しているけれど、今日はこれから何をすれば良いのか考えるだけで憂鬱になってきた。

 散らかってもいない部屋を掃除して、私はとりあえず庭に出た。
 そして金魚池を観察し、いつもの金魚たちが元気に泳いでいると確認したら、次は本殿前へと移動する。
 そこで半分岩に飲み込まれている荘厳な本殿を見上げて手を合わせて、隣にある竹婆の住居を覗く。
 時間にもよるけれど、そこには本殿の巫女である竹婆と跡継ぎの香本さんが居る。
 でも本日は不在だった。
 きっと五村の各所にある神社へと出向いているのだろう。
 私も連れて行ってくれたら、車の運転とか頑張るんだけどな。

 本殿を後にして、母屋と離れを繋ぐ外廊下の横を通り、裏門へと回る。
 門を越えない様に駐車場を見れば、石段脇の山道を登って来たであろう高級車が何台も停まっていた。

 正武家のお役目を依頼してくるのは、大体がどこかの偉い人だった。
 竣工したいが謂れがあって手を付けられないとか、逆に取り壊したいけれど出来ないとか。
 あとは驚くことに警察関係者も結構いた。
 殺害された被害者等のことではなくて、普通では説明できない世間には伏せられる事案が持ち込まれていた。
 時々何かの伝手で個人的なものも持ち込まれていたけれどごく稀である。
 それと、テレビに出ているような霊能力者やそういう関係の人たち。
 彼らは自分で依頼を引き受けたのはいいものの、結局手に負えないと正武家に泣きついてきていた。
 ある程度力がある人には助言を与えたりしている澄彦さんだったけれど、素人の付け焼刃な人には今後廃業することを条件に引き受けていた。
 何故ならばそういう人に限って、大袈裟に騒ぎ立てて眠っていた禍を起こしてしまうことが多いから。
 触れてはいけないものの判断すら出来ない者に資格なしという正武家のスタンスでもある。
 本日もそういう問題を抱えた人たちが正武家を訪ねて来ていた。

 私は離れの玄関から草履を抱えて中へと入り、惣領の間の前を通り過ぎた。
 話声が聞こえないところをみると今日は当主の間でお役目の様である。
 本当に忙しい時は、澄彦さんと玉彦の二手に分かれる。
 事案的に昼か夜かで振り分けられているようだった。

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