私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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正武家の日常

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 当主の間と惣領の間の真ん中に、来客の控室がある。

 そこは二十畳ほどの座敷で、障子を開けると見事な日本庭園を眺めることが出来た。
 座敷には程よい感覚で座布団が置かれ、来客はそこに座り、松梅コンビに名を呼ばれるまで待つ。
 病院の待合室の様だった。

 今日は人数が多いのか、少しざわついて話し声も聞こえる。
 私は何となく襖を少しだけ開けて、中を覗き込んだ。
 ざっと十人くらいはいるだろうか。
 大体はスーツを着ている男性の二人組だったけれど、その中に超ド派手な金きらりんの嘘みたいなセレブ風の衣装を着た体格の良い女性が暑そうに扇を仰いでいた。
 年齢は良く解からない。
 でも決して若くはなく、五十代くらいだろうか。
 よくよく見れば化粧も濃くて、男性なのか女性なのかも怪しくなってきた。
 もう少し近寄って観察すれば何か解るかもと思うけれど、その為だけにここに踏み込むわけにはいかない。

 昼餉の時に澄彦さんに聞いてみようと思いつつその場を離れて外廊下を進めば、母屋の方から髪を黒く染め直した須藤くんが私を見つけて駆けて来る。

「あぁ、良かった。ここに居たんだね、上守さん」

 須藤くんは大学生の時にはチャラついてしまって心配だったけれど、三月になると切り替えてすっかり稀人らしくなった。
 彼なりに今までの世界を満喫して、決別した様だった。
 そんな須藤くんは豹馬くんと違って、私のことは上守さんと変わらずに呼んでくれる。
 澄彦さんの前では、比和子さんと呼び方を変えるのも気遣いの一つだった。

「どうしたの? お掃除手伝う?」

「いや、澄彦様からお呼びが掛かったよ」

 思いがけない言葉に私は一瞬考えて、すぐに廊下を走った。
 後ろから須藤くんも付いて来る。

 澄彦さんからお呼びが掛かったということは、私の神守の眼が必要ということだ。
 滅多に呼ばれないお役目に、張り切って白い小紋に着替えると早足で当主の間へと向かった。

 正武家の人間は自身が持つお力が強大なために、あまり小物過ぎる禍は視えない。
 そういうものは彼らに触れると、勝手に消えてしまう。
 だから視える必要が無い。
 そういう時に出番となるのが、視える眼を持った私や、南天さんだった。
 豹馬くんもある程度は視えているけれど、今のところお役目の時は南天さんの役割である。

 今日は南天さんも玉彦付きで当主の間にいるけれど、私が必要だってことは違う意味合いがあるのかもしれない。
 私は視える他に、私が触れた他の人に視えない者が視えるようになったり、私が視えない玉彦など触れると彼らは私と同じように視ることが出来るようにすることが出来た。
 あとは神守の眼を意識的に発動させれば、対象の中に入り込んで真実を視ることも出来る。
 今はこの力の他に、九条さんとの修行でまた違うものが発動しそうだったけれど、まだ確実ではないので玉彦には内緒にしていた。

 須藤くんと共に当主の間へと足を踏み入ると、私は二段上に座る当主の一段下、玉彦と座敷の中心を挟む対面した形で腰を下ろした。

 当主の後ろには宗祐さんが、次代の後ろには南天さんが控えるように、私の右斜め後方には須藤くんが控える。
 当主を天辺とした二等辺三角形の底辺からさらに下座に、今回の相談者が座る座布団が一枚敷かれていた。
 内輪で当主の間に集められる時には私は玉彦側に、今のこの場所には本殿の巫女が座るようになっている。
 私が玉彦と対面で座るということは、彼の伴侶としてではなく神守の者としてのお役目の時だった。

 呼吸を整えて前を向き、出来るだけ表情に感情を表さないようにする。
 いわゆる無表情というやつだ。
 この間では誰かに愛想を振りまく必要はないし、動揺を見せると舐められる。
 それに泣いたりなどして相談者に同情することは禁じられていた。
 あくまでも冷静に物事を見極めるスキルが必要とされた。

 当主の間へと続く廊下にドスドスと重たい足音が響き、束の間の静寂の後に襖が両開きされた。

 そこで窮屈そうに正座をして頭を下げていたのは、さっきのあの金きらりん。
 思わず目を見開いた私を咎めるように玉彦が微かに眉を顰めたので、慌てて姿勢を正す。

「入れ」

 当主の威厳ある声にその人は顔を上げて、紋縁を踏まない様に気を付けながら座布団の後ろに座り、再び低頭した。
 見た目の奇抜さが嘘の様に常識のある行動が、私の興味を誘う。
 偉そうな人に限って、すぐに座布団に座って当主を見返すのだ。
 けれどここでは当主が絶対なので、澄彦さんはその場合、身じろぎもせずにただずっとそこにある。
 すると不思議なことに、彼らは当主に気圧され低頭する。
 そうしてようやく本題に入るのだった。

 正武家は基本的に鈴白村を含む五村の地に祀られ、封じられているものの鎮めが本業だ。
 持ち込まれる案件はただの厄介事という認識を持っていた。
 昔の様に帝からの命であれば一も二も無く賜わるが、このご時世である。
 帝がいない今、外からの厄介事をわざわざ引き受けることも無い。
 それでも、と無理を押して来た者にこちらが遜る必要はなかった。

「……上げよ」

 当主が少しだけ間を開けて言葉を掛けると、その人はゆっくりと居住まいを正した。
 こちらから見える横顔はやはり化粧に隠されていたけれど、喉仏が立派だったので男性だと私は判断した。
 所謂オネエさんだ。

「して本日はどのような件であろうか」

 さすが場数を踏んでいるだけあって、私の様な動揺は全く感じさせずに澄彦さんは切り出した。
 オネエさんはしばらく何かを考えた後、ポツリと呟いた。
 その声は酒焼けしたハスキーボイスだったので、お酒を出すお店に勤めているのだと思う。

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