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正武家の日常

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 今日の昼餉は、豹馬くんが用意した。

 お膳には今までにその料理が乗ったことはないだろう。
 どんっと乗せられた紅生姜がその存在を主張する焼きそばがコーンスープと共にある。
 私は別にそれでも全然構わないけれど、澄彦さんと玉彦は何とも微妙な顔をして箸を持ったまま固まっていた。
 ちょっと玉ねぎが固くて麺も柔らかめだったけれど、食べられないことはない。
 焼きそばには豚肉が良いと思いながら、鶏のささみを摘み上げた。

 朝と夕餉は南天さんが作るけれど、お昼は豹馬くんと須藤くんが交代で作ることになっている。
 これもいずれ彼らが正武家の台所に立つことを踏まえての修行だったけれど、その役はどうやら須藤くんになりそうだった。
 残念ながら豹馬くんには料理の才能がない。
 それに引き換え須藤くんは、通山の一軒家で自炊を積極的にしていたようで、お料理の勘が良いと南天さんは褒めていた。
 きっと玉彦と豹馬くんは食べる役だけだったのだろうと推測できる。

 澄彦さんと玉彦は諦めて、ゆっくりと箸を動かして口に運んでは水を飲む。
 この二人は無駄に舌が肥えているのでそういう反応だけど、私は気にしなかった。
 黙ってて三食誰かが用意してくれるのに、文句は言えない。

 ようやく二人が食べ終えて、豹馬くんがお膳を下げる際に澄彦さんは和食が良いとリクエストをしていたけれど、考えておきますとだけ言って早々に下がった。
 澄彦さんはお腹を摩って眉をハの字にさせている。

「父上、先ほどの件ですが。明日昼から出ます」

「早すぎるんじゃないのか」

 澄彦さんの異議に玉彦は私を見て微笑んだ。

「明日、役目の前に買い物へ行く。そろそろ夏物も必要だろう」

 玉彦は少なからず朝のことを気にしていたらしく、お役目の前だというのに私用を入れてくれた。
 澄彦さんも特に反対はないようで、家具とかもついでに買っておいでと機嫌が良い。
 私は二人の心遣いにお礼を言って、明日が楽しみになってきた。

 久しぶりに玉彦と外に出られるし、お役目もある。
 本当は不謹慎なんだろうけれど、明日は朝から張り切って準備しなくては。
 でも、私はお役目の時には白い着物である。
 それは玉彦も同じで、どうするのかと思っていたら中川さんの件の時は、普通の服装で良いと澄彦さんからの許可が出た。
 澄彦さんの予想では玉彦が臨む様な案件ではなく、私でも対応できるものだと判断したらしい。
 しかもお役目と呼ぶレベルのものではないと。
 本来なら他へ行けと断る案件だったけれど、私の為に引き受けてくれたようだった。
 たぶん玉彦が言い出さなかったら、澄彦さんがそれとなく出掛けておいでと言ったに違いない。
 それから二人は何故かお腹を押さえて午後のお役目へと向かい、私は部屋へと戻った。
 でもやっぱりすることがないので台所へ顔を出せば、稀人二人が焼きそばを食べていた。

「あ、豹馬くん。ごちそうさまー」

 私は冷蔵庫から麦茶を取り出して、グラスに注いで椅子に座ると二人は軽く頭を下げる。
 私的には以前のような感じでいてくれた方が接しやすいのだけど、そういうのを宗祐さんや南天さんに見られるとお説教を喰らうらしい。
 だから須藤くんは二人きりの時しか上守さんとは呼ばない。

「そう言えば、さっきの大丈夫だった?」

 手をひらひらさせると須藤くんは、お箸を持つ手を止めて指先を私に見せた。
 右の人差し指と中指が真っ赤になっている。
 水で冷やすと大分楽になったと彼は笑った。

「中川さん、運命だって言ってたよ」

「いや、どう考えても静電気でしょ」

 須藤くんは事もなげに言うと、ごちそうさまをして立ち上がる。
 いや、運命でもなければ静電気でもないと私は思う。

 あの静電気のようなものは、中川さんの手からではなく他の物から出ていた。
 一瞬だったので確認は出来なかった。
 明日、詳しく見せてもらおう。

「そうだ。明日の予定って玉彦様何か言ってた?」

 洗いものをしながら須藤くんは振り返り、豹馬くんの食べ終えたお皿を受け取る。
 明日は昼くらいに出て、買い物をしてからお役目だと伝えれば、豹馬くんは物見遊山じゃないぞと顔を顰めた。
 そんなこと言われても決めたのは私じゃない。

「お昼からかー。付き人は誰って聞いてる?」

「うーん。そこまでは聞いてないなー」

「明日、僕は昼の料理番だし、豹馬かな?」

「いや、兄貴だろ。運転あるし」

 個人的には須藤くんに来てもらって、運命だと呟いた中川さんとの掛け合いを見てみたい気もするけれど、私も十中八九南天さんだろうなと思う。
 玉彦の出番はないにしても、私だけではまだ信用がない。
 南天さんに学びながら経験を積むのが今回は理想的だ。

「とりあえず今夜にでも沙汰があるだろ。で、奥方様はこれからどちらですかー」

 豹馬くんは奥方様と私を呼ぶとき、どうしても馬鹿にしている様に聞こえるのは気のせいだろうか。

「特に予定はないよ。何かお手伝いさせてくれるの?」

 私が期待を込めて答えれば、二人は顔を見合わせて首を横に振った。

 そうして結局、私の午後は地下の書庫に籠り、正武家のお役目顛末記を読むだけとなったのだった。

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