私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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正武家の日常

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 午前中のお役目を終えた玉彦は昼餉を取らず、すぐに出ると言って部屋で着替えを始めた。
 ブラックのスリーピースに、白いシャツ、黒の水玉のネクタイがちょっと可愛い。
 いつも和装の玉彦だから、こういう格好をすると違和感がありそうだけどそんなことは全然なかった。
 通山での生活の時も普通にTシャツを着ていたし、彼的には和服が好きだとか拘りはないらしい。
 対する私は、無難に膝丈の淡いベージュのワンピース。
 ホワイトのカーディガンを羽織って完成。
 あまりに普通過ぎるけど、玉彦を見ると満足そうに頷くのでこれが正解だ。
 とにかく肌を出すのは彼が嫌がるので、特に拘りがない私もそれで良いと思っている。
 以前夏にバーベキューをするというので、かなり涼し気な格好で通山の一軒家を訪れたときには強制的に着替えをさせられ、そのあとかなりの時間不機嫌で面倒だったのだ。
 あれには周りの皆が引いていた。

 玄関で玉彦に先に石段を降りている様にと言われたので、私はこけそうになりつつ慎重に降りた。
 石灯籠の隣で段上を見上げて姿を現さない玉彦を待っていると、山道から南天さんの黒い車が私に横付けする。
 先に乗っていた方が良いのかなと考えて運転席を見れば、玉彦が何食わぬ顔で座っていた。
 後部座席には誰も居なくて、窓から中を覗くとすーっと開く。

「乗れ。行くぞ」

「あ、うん」

 私は助手席に収まり、シートベルトをしっかり確認する。
 玉彦も免許を持っていることは知っていたけど、彼が運転する車に初めて乗る。
 昔澄彦さんが運転する車を見たことがあったけれど、お世辞にも上手いとは言えなかったことを思い出す。
 助手席に座る中一の豹馬くんの引き攣った顔も思い出した。

「ねぇ、玉彦……?」

「心外だ」

 安全に快適に運転できるのかと聞く前に、玉彦は口をへの字にした。
 車はゆっくりと走り出して、私が考えていたよりも全然快適な走りに身体の緊張が緩む。
 隣の玉彦を見ると窓に肘をついて片手でハンドルを握っている。

「お前、俺が下手だと思っていただろう」

「うん」

 間髪入れない私の返事に、彼は大きく溜息をつく。

「四年間鈴白に帰る際には車だっただろう」

「でもいっつも豹馬くんか須藤くんが運転してたじゃん」

「帰りはな。行きは俺だ」

 玉彦曰く、行きは楽しみが待っているので良いけれど、帰りは帰りたくないので稀人の二人のどちらかが強制帰宅の為に運転していたそうだ。

「あんた、どんだけなのよ……」

「それだけ比和子に逢いたかったということだ。喜ぶところだろう」

「まぁそれで上達したなら文句はないけど。あとで南天さんと合流するの?」

「今日は二人だけだ。役目でもないのに付いて来てもらっては困る」

「は?」

「たまには俺も休みを取るということだ。買い物し些末事を終わらせ、温泉に行くぞ」

「ちょっと、お泊り道具持ってきてないわよ!」

 唐突な一泊宣言に私は抗議する。
 着替えもなければお化粧道具だって最低限しか持ってきてはいない。
 それにせっかくのお泊りだったら、私だって色々と楽しみながら一緒に計画を立てたかった。
 それにお役目じゃないって言い切ってるし。

「必要な物は買い揃えろ。その為の買い物でもある」

「一方的過ぎる! どうして相談してくれないの」

「何を怒っている」

「知らないわよ、馬鹿玉!」

 私は不貞腐れて窓の外に視線を向けたまま、車内の会話は無くなった。
 楽しいはずのお出掛けはこうして始まったのだけど、幸先は良くなかった。

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