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永久の別れ
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しおりを挟む玉彦との買い物はそれで一旦終了して、中川さんのお店の近くにあるコインパーキングに車を預けた私たちは、かなり遅いお昼を食べにファストフード店へ入った。
お客さんは学生も多かったけれど、歓楽街の近くということもあり胡散臭い人たちも結構いた。
着古したようなよれよれの、でも若者向けのスーツを着て茶髪のお兄ちゃん二人はホストか何かだろうか。
隣の玉彦と比べると、清潔感がない。
夜になって暗くなればそういうものが見えなくなって、お客さんは気にもしないんだろうか。
かと思えば、そうではないかなりランクの高そうな男の人もいて天辺と底辺の落差に驚く。
「二階へ行く」
「あ、うん」
ここでは普通に支払いを終えた玉彦の後に続いて階段を登ると、下に比べて学生の割合が高い。
食べながら、おしゃべりしながら、開いた参考書はそのままだ。
私も通山ではそうだった。
バイトがない放課後は、小町たちと何時間もこういうところで過ごしていた。
毎日会っているのに話すことは尽きなくて、門限を破ってはお母さんに怒られて。
たまに玉彦の鈴が鳴って、慌てて返事をしたり。
数年前のことなのにずっと昔のことの様に思う。
思い出して微かに口元を弛めると、なぜか玉彦も嬉しそうに微笑む。
その前にはポテトがあって思いっきりある違和感にまた笑いそうになる。
「どうした」
「まさか玉彦とこんなところでって想像してなかったから」
「比和子とはそうだな。豹馬たちとは時々来ていた」
「大学の時?」
「あぁ。冷蔵庫の食材を切らしたときに」
鈴白から出て羽を伸ばした三人の通山の生活は、謎が多い。
玉彦に聞いても普通しか言わないし、豹馬くんは面倒なのか黙秘だし、須藤くんは楽しいと笑うだけ。
そんな三人の日常風景を垣間見れて、私は何だか安心した。
限られた世界で生きて行くことになる彼らが、普通に過ごせるのは短い。
だからこそ良い経験をしたと感じることが嬉しい。
「じゃあさっ……。うっ……」
三人でどんなところへ遊びに行っていたの? と聞こうとした瞬間、私はあまりの異臭に口と鼻を両手で覆った。
水が腐った臭い。
息が吸い込めない。
テーブル越しに伸ばされた玉彦の手が私の肩を払うと、一瞬にして戻る。
驚いて玉彦を見ると、彼は無表情になって二階の窓から外を見下ろしていた。
そこには買い物を終えてビニール袋を両手にぶら下げ、開店準備に向かうオレンジドレスの中川さんが歩いていた。
purple point
直訳すると紫の場所? 地点?
私は小さなビルの縦に並ぶテナントの看板を見上げて首を捻った。
看板の一番下に、中川さんのお店の名前があった。
「行くぞ。さっさと済ませて休む」
玉彦はこれでもかというほどの不機嫌全開で私の手を取ろうとして躊躇した。
その行動に少し傷つく。
あれからファストフード店をすぐに出て中川さんを追い駆けるために、玉彦が私の手を引いたのだけど、再び異臭がした瞬間だったものだから普段ならそういう小さな禍を関知しない玉彦に異臭が直撃したのだ。
彼はその時、身体をふらつかせ階段の手すりに凭れ掛かった。
予想外の異臭に一瞬でも情けない姿になった自分が許せないようで、ずっと不機嫌だった。
「無理に繋がなくても良いよ」
私は両手を後ろに回す。
玉彦がこれ以上不機嫌になるのに比べれば、先ほどよりも強くなった異臭など問題ではない。
「駄目だ。それでは祓えぬ」
視えないから祓えない。
彼と同じ空間に問題の何かがいるとしても、それが玉彦に触れて勝手に消えるか、それを視て認識した玉彦が宣呪言で祓わないと解決しない。
当初は私が何とかするはずだったのに、いつの間にか玉彦が出張ることになってしまっている。
それほど彼の矜持はあの異臭に傷つけられたのだろう。
玉彦と共に、closedのプレートが掛けられた黒いドアを開けると、むわっと生暖かさを感じる強烈な異臭が出迎えた。
私は息を止めて、玉彦は目に染みるのか繋いでいない方の空いた手で両目を覆った。
刺激臭ではないのに目に染みるって、相当だ。
「ごめんなさいねー、まだ開いてないのよ」
立ち竦んでいる私たちをお客と勘違いした中川さんがカウンターから出てくる。
そして目を細めて前かがみになり私たちが正武家の人間だと気付くと、慌ててカウンターの椅子を勧めてくれた。
けれど、私たちはそれどころではない。
「なっ、中川さん。臭いが……」
辛うじて私が言葉を発すると、彼女(?)は眉根を寄せて頬に手をあてた。
「ねー、するでしょう? ほんのり」
いやいや、ほんのりどころの騒ぎではない。
どっぷりと汚水に浸かっている。
惣領の間よりも遥かに狭い店内を見回した玉彦は、私の手を離すと真っ直ぐにボックス席の奥に飾られていたビール瓶ほどの小さなトーテムポールの木の像を床に叩き付けた。
癇癪を起した子供のような行動に、私も中川さんも目が点になる。
トーテムポールは真っ二つに割れて、その中から赤黒い砂が絨毯に流れた。
瞬間、ほんのりだと言っていた中川さんですら鼻を抓むほどの異臭が溢れる。
「貴様、ふざけるのも大概にしろ!」
玉彦の一喝に、中川さんは目を見開いて震え出す。
あのトーテムポールに思い当たる節があるのか、彼女は頭を抱えてへたり込んだ。
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