私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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忘却の彼方

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「で、体調は良くなったのね? 頭の調子はどうなのよ?」

「うん、大丈夫だよ」

「ほんともう、かなり心配したんだからね!? 小町と守が付き合っていたとか言い出した時はしばき倒そうかと思った!」

 近くのビルの受付嬢をしている小町とはいつもランチで一緒だ。
 小町は高校卒業してすぐに太一と出来ちゃった結婚したのに、錯乱してた私は、小町はモデルで守くんと付き合っていたと言い張って、彼女を唖然とさせた。
 今にして思えば、小町から相談も受けていたし、子供だって会ったことあるのにどうして混乱したのか不思議で仕方がない。

「ごめん、ごめん」

 謝りながらトマトパスタをフォークでクルクルして口に放り込む。
 んんーうまー!

「で、守からプロポーズされた?」

「え、今さら?」

 小町の興味津々の視線に私は喉を詰まらせそうになった。
 守くんとはずっと幼馴染で、ずっと好きで、高校から付き合いだした時にはもうお互いにコイツと結婚するんだろうなって思ってたし。

「だって、明日比和の誕生日じゃんか。けじめって大事だよ。小町なんか太一にそんなのされる前に子供できたから大慌てでされてないしさー。結婚指輪なんてこれだよ?」

 そう言って差し出された左の薬指には細いプラチナリングがあった。
 私はピンクゴールドが良いなぁ。
 守くん、私の好みを汲んでくれるかなぁ。

 ランチが終わって、小町は足早にビルへと戻った。
 お化粧直しをしなくてはいけないらしい。
 受付嬢は顔が大事!と小町はいうけれど、彼女の場合そのままでも十分綺麗なんだけど。

 私はビルまで遠回りをして、歩いていた。
 最近ちょっと太った気がする。

 小さな公園を通り過ぎる時、ブランコに座る男の子に目が留まった。
 このクソ暑いのに冬服の学ランを着ている。
 しかも色は紺色で、明らかにこの辺の子ではない。
 もしかしたら頭のおかしい人かも知れない。
 私は絡まれたら大変と足早になったけど、こういう時ってさ、なぜか声を掛けられるんだよね。
 何でだろ。

 男の子は私を二度見して、ブランコから飛んできた。
 冗談じゃなく、浮かんでた。

 私はまだ、夢の中にいるのだろうか。

 その子は私の前に着地すると、眉根を寄せる。
 和風な顔立ちの、どこか狐を思わせる。
 私は周囲を見渡して隠しカメラを探した。
 だって、人間が飛ぶなんて絶対に有り得ない。
 これは素人を引っ掛けるドッキリだ。

「な、なんでしょ?」

 おずおずと尋ねると、男の子はますます眉根を寄せて泣きそうになった。

 え、え、なんで?

 バッグからハンカチを出して渡すと、彼は遠慮なく受け取って涙を拭いて鼻をかんだ。
 もう、返してくれなくても良いと思った。

「乙女……」

「え、私、上守ですけど。人違いしてるんじゃない?」

「なぜ帰らぬ? 皆待っている」

「は?」

 見た目の若さに反して古臭い話し方の男の子に、私は一歩後ずさった。
 これは、本格的に関わってはいけない人種だ。

「わ、私、急いでるから! それ返さなくてもいいから!」

 私は身を翻すとダッシュした。
 追い掛けてきてないよね? と走りながら後ろを振り返るとそこには誰も居なかった。
 数歩進んで足を止める。

 普通ならここでドッキリでした、とネタばらしのスタッフが出てくると思うんだけど……。
 また私は夢を見ているのだろうか。
 ありきたりに自分の頬を抓んでみると、痛い。
 それと同時に何故か胸も痛くなった。

「なんなのよ、一体……。馬鹿じゃないの」

 一人で呟いて、再びとぼとぼと歩きだす。
 ふわりと風に左手が掬い上げられて、私は握り締めた。



 私はその夜、夢を見た。

 玉彦の夢。

 手を繋いで歩いてた。
 それだけで私は幸せな気分になった。
 一体私は何に影響されて、この人を夢の中に作り出したんだろう。
 不思議に思って彼を見上げると、儚く笑った。

「どうした、比和子」

「何でもないです……」

 見つめられると照れくさくなって、視線を合わせられない。
 こんな人が私の旦那だなんて絶対おかしい。

「比和子」

 お屋敷へと続く石段の前で。
 彼は私の頬に手をあて、キスをした。
 柔らかいリアルな感触に、私は蕩けそうになった。

 なので。

「もう一回!」

 リクエストしてみた。
 だって夢の中だもん。
 これは浮気じゃないもん。

「続きは夜だ」


 ジリリリリリリリリリ……。


 くそう。目覚ましの奴め。
 良いところで目が覚めてしまった。

 ゆっくりと起きて、カレンダーを見れば今日という日に花丸がつけられていた。
 二十三歳の、私の誕生日だ。

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