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忘却の彼方
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しおりを挟む「それは困るぞ、玉彦君! 生ものは返品不可だと相場が決まっているんだ」
突然響いたお父さんの声に辺りを見渡すと、少し離れた後ろにお母さんとヒカルと。
御倉神と九条さんがいた。
全然気が付かなかった……。
「比和。だから早く戻れと言ったんだ。九条御大まで引っ張りだして」
私は四つん這いになって九条さんに頭を下げるお父さんに近寄り、見上げた。
このお父さんは、本物のお父さんだ。
もう逝ってしまったと思っていたのに。
「しかも御倉神まで出張って、父さん達を呼び出してくれたんだぞ。どうにかしろって」
御倉神はどうだと言わんばかりにふんぞり返っている。
お父さんはお母さんとヒカルを抱き寄せて、上方を見上げた。
微かに白い光が広がり始める。
誰かが迎えに来ている。
「比和。父さん達はもう行く。送ってくれるだろう?」
「やだ、やだよ!」
「最後の親孝行よ、比和子」
「お姉ちゃんだっせー」
頭を撫でるお母さんの手と、ダサいと言いつつ抱き付いてきたヒカルを離したくない。
ヒカルの頭を抱いて隣の玉彦を見れば微笑んでいたけれど、両手の拳はきつくきつく握られていた。
お父さんは軽く首を横に振ると、玉彦の二の腕を掴み立ち上がらせた。
「玉彦君。面倒を掛けたね。これからもとことん面倒な娘だけどよろしく頼むよ」
「……しかし比和子が望むのは」
二の句が続かない玉彦にお父さんは眉間に皺を寄せる。
「おいおい、娘は生きてるんだぞ。おれ達とはいられない。わかるだろ? もう娘の家族は君だけなんだ。まぁついでに澄彦も入れてやるか。嫌だと駄々を捏ねても連れて帰るくらい亭主関白になりなさい。ほら比和も。さっさと送ってくれ。迎えに誰が来てると思ってるんだ」
言われて見上げると、白い着物の潔く禿げたお爺さんが仁王立ちをしていた。
なんか、この人見たことある……。
離れの地下の書庫に顛末記と共に保管されていた写真……。
「水彦様……!」
それまで黙って私たちの成り行きを眺めていた九条さんが感嘆を漏らした。
「早うせい、神守の者! 光一朗が居らぬと酒宴が再開できぬ!」
一喝されてなぜか立ち上がった私は、呆然としていた玉彦の手を取った。
すると曾孫に気が付いた水彦さんは眉根を寄せる。
そこは曾孫に会えて喜ぶところなんじゃないだろうか。
「貴様も早うせい! 契りを交わした惚稀人は如何なる場合も正武家から離れぬ! 正武家たるもの正武家であれ。どんと構えずして何が次代ぞ!」
「申し訳ございませぬ」
反射的に黙礼した玉彦に、私も頭を下げた。
なんてゆーか、どうして怒られてるんだろ。
そして冷静に考えて、お父さんは水彦さんとあっちで酒宴なんかしてるんだと思って苦笑した。
あっちの世界は思いの外、皆でわいわいとしているのかもしれない。
お父さんの大きな手が私の頭を軽く叩き、玉彦の肩に乗せられた。
「神守の眼は、直系の長子にのみ受け継がれる。そして眼は十八を過ぎると発現しない。この意味が解るな?」
「……はい」
「次に眼を狙われるのは娘だけだ。おれ達の仇なんて考えるな。娘だけを護り通してくれ、頼む。君にしか娘は託せない」
「必ず、とお約束します」
「よし。破ったら腹芸させるからな! ほんと頼りになる娘婿がいてくれて助かる。この子が一人きりで生きて行かずに済んで良かった。それと澄彦にこっちの酒は美味いぞ、ざまあみろって伝えてくれ。しっかり真面目に働かないと呑めないぞってな」
「承知しました」
「あとな、爺に……」
「くどいぞ、光一朗!」
「何だよ、水彦。こっちは遺言残せなかったんだからちょっと待てよ。でな、爺には……」
水彦さんに対して横柄な態度のお父さんはそれから思いつく限りの人に最後の言葉を残した。
それから私は三人を上へと送り、水彦さんに託した。
そして九条さんも。
本来ならまだ寿命はあったはずなのに、私のせいで余計な力を使い、命の炎は燃え尽きようとしていた。
目の前で微笑む好々爺の九条さんは私に手を差し伸べると力強く握ってくれた。
最後の弟子は大変手が掛かったけれど、己が世界を作れるほどの最高傑作だと言って。
感謝してもしきれない想いを込めて、私は九条さんの手を強く握り返し、上へと離したのだった。
そして御倉神は向こうで待つと姿を消して、真っ白い世界に私と玉彦だけが残された。
玉彦と向かい合って、両手を繋ぐ。
「なんてゆーか、こうなったら強制的に戻らなきゃいけないじゃないの」
口を尖らせて文句を言ってみものの、私はどこかホッとしていた。
お父さんたちに会えて、心の棘が抜けた様だった。
きちんとお別れができて、良かった。
三人とも私が送れて、良かった。
死んでしまったことに変わりはないけれど、受け入れることが出来た。
「嫌なら残れば良い」
「ちょっと!」
「と、言いたいところだが。連れ帰る。必ず追って捕まえると言ったからな。離してやらぬとも」
「そんなこと言っていっつも私を逃がしてるじゃん」
「だが、最後はここにいる。私の腕の中に」
身を寄せあって玉彦の温かさを感じて、改めてこの人を好きで、愛してるんだと実感する。
そして私は大きく柏手を打った。
のだけど、世界は相変わらず真っ白だった。
何度試みても結果は同じ。
私も玉彦も間抜けな顔をして、立ち尽くしていた。
「おい、自分の中から出られないとはどういう事だ」
「わかんないよ! えーどうしよう。九条さーん!」
無理だと知りつつ上方に向かって叫ぶ。
もう既に酒宴が始まっているであろう上方に変化はない。
そもそも送り出したのだから戻ってきてくれるはずもない。
すると玉彦が唐突に両腕を広げた。
柏手を打つ高さではなく、私に飛び込んで来いの合図だ。
なので取り合えず近寄る。
こんな一大事に何を考えてるのよ。
「玉響きみ」
玉彦は照れながら呟いた。
私の高校の編入試験の短歌の冒頭だ。
私から玉彦への。
今は玉彦から私へ。
「然もありなん!」
顔を綻ばせた玉彦に、私も笑顔で答えて抱き付いた。
現実に戻る。
悲しいことや苦難が待ってるけど、あるべき場所へと帰る。
二人が一緒にいられるのはその世界だけだから。
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