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いずれ訪れるその時
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しおりを挟む「……まぁ、良いだろう。詳細も何も無いのだ。こちらから打って出る訳ではない。正武家はいつもと変わらぬ。亜門を追うのはあくまでも清藤である。が、恐らく追う必要も無く姿を現すだろう」
「どうしてよ」
「……神守の眼を狙いに来る。亜門は比和子に恨みがあって家族を襲ったのではなく、神守の眼を持つのがたまたま比和子だった、父親だった」
「……それでどうして眼を狙うの?」
言いたいことは沢山ある。
たまたま家族が犠牲になっただなんて、聞きたくもない。
でも私はぐっと堪えた。
ここで亜門に対し恨み言を吐いても、玉彦を困らせるだけだ。
「清藤を取り潰す際に、返終の儀を行う必要がある。これは清藤に貸与していた狗の秘儀を正武家へと戻すものだ。亜門は清藤の乗っ取りを画策し、正武家が粛清に乗り出せば狗が取り上げられると読んで、ならば正武家から貸与されたものではない神守の眼を手にしようとしている」
「そもそも手に入れてどうすんのよ。神守の血がないと意味が無いでしょ。移植するわけ?」
「奴がどれほど眼について詳しいのかは解らぬ。最悪比和子に子でも産ませてその子を己が野望に使うのであろう」
「子って、冗談じゃないわよ!?」
「当たり前だ。想像するだけでも虫唾が走る。比和子に指一本でも触れさせるものか! そう云う次第で、比和子に蘇芳という護りが付く。正武家としても嫁を攫われるわけにはいかぬ」
私はそこまで聞いて、玉彦の隣に寝転んで腕枕をせがんだ。
亜門が眼を狙うというのは理解が出来るけど、私との間に万が一そういうことを本当に考えているんだったら、気持ち悪い。気色悪い。
出来るだけ玉彦にくっ付いて不安を和らげる。
玉彦は腕の中に納まった私の背中を撫で、話を続けた。
「亜門を追うは多門。故に返終の儀は見送った。追うには狗が必要になる」
「そうなんだ……。でも狗を使えなくしてしまった方が本当は良いんじゃないの?」
「……狗が在ればそれだけでまだ亜門は正武家の理《ことわり》に縛られる」
正武家の理って何だろう。
以前鈴白行脚で稀人は正武家に錫杖を構えることは出来ないって言ってたし、正武家の傘下である清藤は澄彦さんや玉彦に危害を加えられないってことなのかな。
でも玉彦の右手の甲に罅を入れたのは、間違いなく双子の仕業だし。
いったいどういうことなんだろう。
「比和子が屋敷から一歩も出なければ痺れを切らして向こうから来る。こちらはそれを迎え撃つ。それだけだ。年内には決着が付く」
「どうして年内って言い切れるの?」
「年に数日。正武家の力が弱まる。その時を狙ってくるだろう。馬鹿じゃなければ」
「それって、まさか」
私は身を起こして玉彦を見た。
思い当たることは一つしかない。
「……出雲ね?」
「そうだ。だが今回は何度も言うが役目ではない。かの方たちのお力は必要としない」
玉彦は気にしてる風はないけど、でもそれってかなり重要なことだと思う。
そして私は一瞬で理解してしまった。
ハッとして玉彦を見れば、彼は悲しそうに微笑んでいた。
起き上がって私と額を合わせて瞼を伏せる。
「俺の盾になろうなどと考えてはならぬ。盾を必要とするほどお前の夫は弱くない」
「いつから? いつから気付いてたの? 澄彦さんも知ってるわよね?」
「比和子の父が亡くなられたときに。お前が目覚めなくなったときに。九条が神守が再び目覚める時がその合図だと言い残した」
私は目の前が真っ暗になった。
いずれ訪れるその時。
正武家二人がその力を安定させ、年齢若く、お役目以外に対峙する余力があり。
追従する稀人の充実。
そしてようやく最後に、神守の眼の新たな力の獲得。
正武家が永久《とわ》にこの地にあるように、五村の意志がある。
その意志はかの方たちの意志でもあるけれど、人間の世界の事案には介入しないのだろう。
しかし直接ではないにしろ、その時を迎える正武家の為に、そう在る様に流れを作った。
正武家が潰えないように、人と人との繋がりの流れを。
それはもう何代も前からずっと綿密に練られて。
きっと清藤が正武家に出戻った時にはもう、この流れが決まっていた。
「なに馬鹿なこと言ってんの? 私は玉彦を護る為にここにいるんだから、そんなこと言わないでよ」
いつの間にか握り合っていた二人の手に涙が落ちた。
神守の血を引く私はその為にここへと導かれたのだ。
金山彦神が言っていた。
『神守は犠牲を払ってでも正武家を永らえさせた』
私が女でも男でも、きっと導かれた。
女だったから惚稀人になっただけで、男だったらもしかして稀人になっていたかもしれない。
それかお父さんと同じパターンで男だけど惚稀人。
「比和子がここにいるのは、護る為ではない。比和子がここにいるのは、俺と添い遂げる為。だから絶対に失う訳にはいかぬ。……護られて俺だけになってしまったら寂しいだろう?」
「……その時は誰か見つけなさいよ」
「無理だな。その時は正武家が潰える。俺はお前以外に娶るつもりはない」
「だったら死なないように護るわ」
「……だから。何度も言っているだろう。護る必要はない。俺はそんなに弱くはない」
「万が一があるでしょう!?」
「その万が一があるとすれば、比和子が暴走し、俺が助けに走ったときのみだ。だから屋敷で大人しくしていてくれ。頼む」
玉彦に頭を下げられて、私は何とも言えない気分になった。
護る為に頑張る私が玉彦の足を引っ張ると考えられていることに。
「無理。絶対に嫌」
「……こうなることが読めていたから話すのが嫌だったのだ……」
そっぽを向いた私の背中に、玉彦の呆れた声が届く。
そして背後から私のお腹に手が伸びてきた。
なぜか何度も擦っている。
「ここに稚児《ややこ》でもおれば……」
子供がいれば無理をしないで大人しくしていただろう、と玉彦は言っている。
「裏門通ってないんだから、居ないわよ。もしいたとしても親子揃って父親の危機に駆けつけるわ!」
「……何を言っても無駄なようだ……」
がっくりと項垂れた玉彦の額が私の肩にその重さを伝えた。
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