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夜の鈴白行脚
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しおりを挟む惣領の間でお役目をする玉彦のスタイルは、死装束を彷彿とさせる光沢のない純白の着物だ。
だいたいいつもその格好でお役目をしている。
私が初めて玉彦の祓いを目撃した時もそうだった。
けれどその格好が逆転する時が偶にある。
私が竜神の荒魂に乗っ取られた時と昼の鈴白行脚の時などには、黒の着流しになる。
差し色の赤が印象深い。そしてどことなく遊び人の澄彦さんを思い出させる。
大人になった玉彦がそれを身に纏うと、煙管片手にお酒を呑んでいても違和感がない。
夕餉が終わったあと、表門から夜の鈴白行脚へと向かう玉彦と須藤くんと竜輝くんを送り出すときにそう思う。
腰に黒鞘の太刀を差している玉彦を見て、私は少しだけ不安になる。
一度だけ同行させてもらった行脚の時に、玉彦はその太刀を引き抜いている。
今回も使うことがあるのだろうか。
通常のお役目では宣呪言で祓うから太刀なんて必要ない。
そして私は思うのだ。
玉彦が黒の着流しを選択するということは、返り血を浴びても目立たないようにする為なんじゃないかと。
「気を付けてね。二人も絶対に怪我しないようにね」
三人を石段の上から見送って、お屋敷の中へは戻らずに庭の片隅にある産土神の社に手を合わせた。
彼らが無事に帰ってきますように。
高二からずっと澄彦さんや玉彦がお役目で外の世界へ出るときには、こうやって手を合わせるのが私の中でのお約束になっている。
お役目に向かった皆がいつも無事に帰って来てくれるので、ご利益はあると思いたい。
冷え込んできた庭からお屋敷へと足早に戻り、私は部屋に戻らずにその先の角部屋の襖を叩く。
「だれー?」
中の人間の間延びした問いに、私だけど、と答えれば沈黙の後に襖がゆっくりと開かれた。
神妙な顔で私を出迎えたのは、多門。
左頬の傷が消えることなくまだ残っていた。
「比和子ちゃん……」
「入るわよ」
問答無用の玉彦の台詞を真似して多門を押しやり中に入って、すっかりと引っ越し荷物が片付けられた部屋のど真ん中に座った。
けれどこれでは多門が座る場所に困るかと、少しだけ壁側に移動する。
濃紺の作務衣姿の多門はその正面に正座して、私に頭を下げた。
私は何も言わずに多門の後頭部を見つめた。
彼の髪は相変わらず長く、簡単に後ろで丸めて結っている。
それから数分。
いつまで経っても声が掛からないことに痺れを切らした多門が、上目遣いに私を見る。
「多門。あんた、何してんの」
「……謝罪の気持ちを表して……」
「今さら私の耳を舐めたこと謝ってんの?」
「は?」
「あんなの時効よ」
「え、そうじゃなくて。亜門の……」
口籠った多門の額に私は強めに三発デコピンをした。
赤くなった跡を多門は擦りながら身を起こした。
「どうして多門が謝罪するのよ。あんたがするべきことは謝罪じゃなくて、謝罪をさせるために亜門を捕まえること。そして稀人として正武家に仕えること。違う?」
「そう、だけど……」
「私。謝られるようなこと、されてないわ。勘違いしちゃ駄目よ、多門。あんたと亜門は双子だけど同じじゃない。家族だけどその罪を犯していない多門が背負うことなんてないの」
「でも、比和子ちゃん……」
「だけどとかでもとか、玉彦と同じようなこと言わないでくれる?」
「ごめん……」
「言いたいことはそれだけ。明後日からお役目に付くんだからしっかり私の旦那様をサポートしてよね。……多門。ようこそ正武家へ。これからよろしくね」
私が右手を差し出すと、多門は両手で握り返した。
目に涙を浮かべてたけど気付かないフリをする。
だって男の子だもん。
「頑張るよ。頑張る」
「うん。それと、多門を私のスイーツ仲間平社員に任命するから」
「は?」
感動的な場面に水を差した私の言葉に、多門は眉間に皺を寄せた。
「私が社長で、竜輝くんが部長で、あんた平社員。で、南天さんが名誉顧問だから。とりあえず明日朝餉が終わったら台所に集合よ。遅れたら反省文書かせるから」
「なんの話?」
「多門は力仕事担当だから。平社員だから当たり前よね。じゃあ明日待ってるからね」
「ちょ、比和子ちゃん?」
困惑する多門を残して、私はさっさと部屋を出る。
あんまり長居をすると玉彦が煩いから。
廊下をずんずん歩くと、清藤の数人が私の先から歩いて来て道を開けた。
通り過ぎる時にみんな頭を下げるので、私は立ち止まった。
どうやらお風呂から戻ってきたようで、タオルを肩に掛けている者もいる。
玉彦から私との接触や話すことを禁じられている彼らはその行動に身体を強張らせた。
「独り言だけど。さっさと普通にお話出来るようになると良いわよね。同じ屋根の下で暮らすのに次代ってば無理を言い過ぎなのよ」
そう呟いて私は足早に部屋に戻る。
とりあえずここまでが私の精いっぱい。
あとは時間の流れに任せる。
お布団に倒れ込んで、そういえばさっきの清藤の中に美憂が居なかったと思い出す。
あれから彼女はどうしたのだろう。
玉彦に言われるがまま五村を去ったのか。それとも多門が言った様に気まずくても付き人として残ったのか。
明日になれば嫌でも耳に入ってくるだろう。
うつ伏せになって玉彦の枕に頭を乗せてうとうとしていたら。
不意に二の腕から背中に掛けて悪寒が走った。
飛び起きて両肩を摩る。
以前玉彦が広域の索敵をしたような何かを関知する為のものではなく、一瞬誰かの気配が突風のように通り過ぎて行った。
その気配は楽し気で遊ぼう遊ぼうと誘っているようで。
釣られるように雨戸を開けると、美山高校がある方面の夜空がおかしなことになっていた。
月が照らす明るい夜空の中で、そこだけ黒く渦巻く雲が浮かんでいる。
下界に漏斗の足を触れさせていた。
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