私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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夜の鈴白行脚

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 まさか。

 私はすぐに澄彦さんの母屋へと走った。
 さっきの気配を私だけが感じたわけではないだろう。
 途中で豹馬くんと出くわし、私たちは澄彦さんと蘇芳さんが呑んだくれている縁側へと向かう。
 二人はお昼からずっと呑み続けていて、澄彦さんは夕餉の席に姿を現さなかった。

「澄彦さん!」

 座敷の襖を勢いよく開けて縁側に視線を向けると、二人は立ち上がってやはり夜空を見上げていた。
 半日近く呑んでいたにも拘らず、二人はまるで素面のようだった。
 私と豹馬くんに気が付いた澄彦さんは手招きをして、夜空を指差す。

「今宵は未《ひつじ》と知って次代は行脚へと出たのか?」

 聞かれた豹馬くんは首を横に振る。

「判りかねます。流石に知らないということはないかと思いますが」

「そうか……。放っておいても良いかとも思うが、多門を連れてゆけ、豹馬。あれを屋敷の上まで連れて来い。次代がそこにおるならば、皆ば諸共だ」

 豹馬くんは頷くと直ぐにその場を出て行く。
 私は、私はどうしたら良いんだろう。
 一緒に行くのは無理って解ってる。
 そわそわする私に澄彦さんは指示を出す。

「神守の者。役目だ。支度しなさい」

「はいっ!」

 廊下を全速力で走って部屋で着替えてすぐに澄彦さんの元へと戻ろうとすると、部屋の雨戸が外から叩かれる。
 開ければ澄彦さんと蘇芳さんがそこにいて、どうやら庭を抜けて来たようだった。

「比和子ちゃんはそこからで良いよ。一々こんなので外に出てたら面倒だから」

 二人が縁側に腰掛けたので、私は押し入れから座布団を出して勧める。
 澄彦さんは両手に徳利を、蘇芳さんは重ねた御猪口と乾物が乗せられたお皿を持っていた。
 私にお役目だとか言ったくせに、彼らはここで晩酌の続きをするらしい。

「あの、澄彦さん?」

 渡された徳利を二人の御猪口に傾けて、こんなことをしていて良いのかと問えば澄彦さんは段々と近付いてきた黒雲を見上げ鼻で笑った。

「まぁまぁ。来るまで待とうじゃないか。比和子ちゃんの本日のお役目はあの真ん中で遊んでる馬鹿の制御ね。遠慮せず神守の眼でやっつけちゃっていいからさ。大丈夫。それで死ぬような奴じゃないことは保証する」

「よっ! 待ってました!」

 お酒が入っている蘇芳さんは乾物を噛みつつ、無表情のまま私に声掛けをした。
 そのギャップが何とも不気味だった。

「澄彦さん。あの雲は一体何ですか?」

「アレは百鬼夜行だよ。ごく稀に起こる。久しぶりに観たなー」

 澄彦さんは呑気にお酒を煽ってお代わりを催促する。
 でも私はそれどころではない。

 百鬼夜行。

 昔話では聞いたことがある。
 鬼がっていうのもあれば、妖怪がっていうのもある。
 どちらにせよ、人ではない者たちの行列だ。
 寄りによってその真ん中の総大将みたいな奴を制御しろとか無謀にも程があった。
 でもソイツさえ抑えてしまえば、百鬼夜行を止めることが出来るということなんだろう。
 久しぶりに眼を使うから、出来れば玉彦か南天さんが側に居てくれたら安心できるのにな。
 緊張で固まる私をよそに、酔っ払い二人は黒雲を交互に双眼鏡で覗いては笑っている。
 肝が据わっているというよりは、頭がおかしいんじゃないだろうか。
 鈴白行脚に出ている三人が百鬼夜行に巻き込まれている様を笑うだなんて信じられない。
 なので私は二人の御猪口が空になっても注いであげなかった。
 私は着物を着た芸妓さんではないのだ。

 それから三十分ほどして、縁側から見える表門に影が四つ走り込んできた。
 影が、一つ足りない。
 黒雲はちょうどお屋敷の真上に来ており、見上げると渦巻く中に異形の者たちが螺旋を描いて漂っている。

「おーい。こっちだ、こっち!」

 澄彦さんが両手を高く掲げて振ると、近づいた影は段々と輪郭がはっきりして全員疲れ果ててはいたものの怪我はしていないようだった。
 息を切らして座り込んだ竜輝くんの後ろには三人の稀人。
 玉彦だけがそこにいなかった。
 慌てて縁側から降りて玉彦はと聞く前に、豹馬くんが上空を指差す。

 まさか……。

 黒雲の中は無重力のようで、異形の者たちに紛れて太刀を振るい、楽し気に舞っている玉彦がいた。
 生き生きと愉快そうに本気で襲ってくるものと戯れていた。

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