私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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夜の鈴白行脚

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 ふわふわとする意識の中、掛け布団が捲られて眩しい光が目に染みる。

「そのような格好で……」

 呆れる玉彦の声と共に私の身体から、羽織りやら何やらと一枚ずつ剥がされていく。
 流石に襦袢はそのままでも良いようで、帯を解かれ転がされた私は匍匐前進でお布団に戻る。

「たまひこー電気消してー」

「……比和子」

 呼ばれて薄目を開けると、彼が両腕を広げているので反射的に抱き付く。
 首に腕を回すとほんのりと玉彦の匂いがする。
 そのまま私を抱えて部屋を出て、玉彦はお風呂場に直行した。
 そこで私は襦袢を着たままお風呂へと入れられ、土に塗れていた足を丁寧に洗ってもらった。
 洗い流される頃にはもう酔いが醒めて来てしまって自分の姿を認識して、顔から火が出そうだった。
 透けた布が素っ裸でいるよりも恥ずかしいとは思わなかった。

「……あとは自分でする」

「そうしてくれると有り難い」

 玉彦は腰にタオルを巻いたままシャワーを浴び出したので、私はそそくさと浴室を出ようとしたのだけど襟ぐりを掴まれる。

「身体もしっかり洗え。顔も煤けている」

「……はい」

 濡れた襦袢を脱いで隅っこで泡で身体を擦ると、泡が灰色になるくらい私は汚れていた。
 百鬼夜行の黒雲は煤でも含んでいたのだろうか。
 玉彦が湯船に浸かったので、私は身体を流して髪も洗う。
 やっぱり泡が灰色。
 数回洗ってようやく綺麗になると、そこにはもう私しかいなかった。
 玉彦は先に上がってしまったようだ。
 普段なら一緒に湯船でまったりするのに。
 これは相当怒っている証拠だった。
 お酒を呑んだことか百鬼夜行に飛び込んだことか両方か。
 どちらにせよ部屋に戻ったら謝らなくてはならない。

 憂鬱な気分で廊下を歩くと、部屋の前に私が煤で汚してしまったお布団が畳まれて出されていた。
 恐る恐る襖の隙間から中を覗く。
 きっちりとお布団が二組。
 しかもかなりの距離が開けられて敷かれていた。
 あの距離は玉彦の怒り具合を表している。
 無言で入ってこちらに背を向けて座る玉彦の後ろに正座する。

 でもさ、私は思うわけよ。

 そりゃあ玉彦がその場に居ないのにお酒を呑んでしまった私は悪い。
 でもさ、行脚のお役目に出た彼が黒雲の中で嬉々として遊んでいるのを見たら、心配して損をしたと思っても間違いではないでしょ。
 しかも神守のお役目だと思って緊張してたら、払いでも鎮めでも送りでも無くて、玉彦の制御だったという肩透かしを喰らったら、あんた何やってんのって思っても間違いではないでしょ。
 沸々と沸きおこる反抗心に火がつく。
 人はこれを逆切れと呼ぶ。

「玉彦」

 ……呼んでも振り向かないので、私は彼の正面に移動して膝を突き合わせた。
 無表情の玉彦は私を見下ろして、何も言わない。

「鈴白行脚、お疲れ様でした。百鬼夜行の中であんなに動かれて大変だったでしょう。たとえそれが楽し気に見えたとしても、遊んでいると当主様に言われていようとも、それはそれは大変だったのでしょうね。大変お疲れ様でした。私も疲れましたけど。本来なら必要のない場面なのに眼を使って遊び呆ける夫の制御を命じられた私は情けないにも程がありました」

「あれは遊びではない」

「でも祓いでも鎮めでもなかった。黒雲の中で太刀に斬られた者は誰一人としていなかった」

 そうなのだ。
 あれだけ暴れておいて、斬られた者は一人として居なかったのである。
 玉彦は向かってくる者を打ち据えていただけ。

「遊びではない。あれは、運動だ」

 苦し紛れの言い訳をした玉彦は、ぷいっと顔を背ける。
 それでも睨み付ける私を横目で確認すると深い溜息をついた。

「あのな、比和子。俺も男だ」

「知ってるわよ。何言ってんの」

「色々と発散させぬと爆《は》ぜる。わかるか?」

 ストレスが溜まっているということだろう。
 夏から今まで様々な出来事があって、流石の玉彦も抱えるものが大きくなってしまった。
 一番の原因は私だけど。

「わかる。けど」

「この世界には電気というものがある」

「はっ?」

「分かりやすく言うと、雲の中に帯電している雷があるだろう?」

「え、うん」

 なぜ今ここで雷の話になるのか理解不能なんだけど。
 たまに玉彦は脈絡のない会話を始めるので、大人しく聞くことにする。

「帯電された雷は地上に落ちる。火を熾して山火事になったりもする。しかし雷が避雷針に落ちると接地面へとその力は流され被害はない。わかるな?」

「うん」

「いわば俺が稲妻で、比和子が避雷針なのだ。その避雷針が稲妻を受け止められぬ状態の今、帯電された雷を放電するには、別の物を通さなくてはならない」

「うーん」

 言ってることは理解できるけど、何を言いたいのか理解できない。
 腕組みをして考え込む。

「それが百鬼夜行だったの?」

 だったらそれは彼らにとってとんでもない八つ当たりである。

「申し訳ないが、そうだ。少しでも発散させておかねば屋敷内の電化製品が壊れる」

「あっ……。そ、そう……。そういうことなのね……」

 正武家の男の人は若い時には、その力のコントロールが難しいらしく、出逢った頃の玉彦の周りでは電化製品が壊れやすかった。
 それを澄彦さんや玉彦は揺らぎと呼んでいて、制御するには女性を、抱くしかない。
 どういう原理なのか解らないけど、何となくそこである程度自分の生命力を吐き出す行為があるからそこでバランスを取っているのだろうと私は思っている。

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