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夜の鈴白行脚
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しおりを挟む御倉神は迷わずに私をそこへ降ろすと、ただ唇を噛み締めて立ち竦んだ。
私が座り手を合わせれば、御倉神が呟く。
「外《と》つ国《くに》でなければわたしが護ることができた……。すまぬ、乙女」
「……うん。でも御倉神は悪くないよ。全然悪くないんだから」
だからか。
だから御倉神は私の前に姿を現さなかったんだ。
気まずくて、申し訳なくて。
神様なのにそんなことを気に病むだなんて、ちょっと意外だった。
「帰ろう、御倉神。久しぶりに外へ出たから歩いて帰ろう」
手を差し伸べて戸惑う御倉神の手を繋ぐ。
それは私が御倉神を正武家の表門へと無理矢理通らせた時に似ていた。
それから、御倉神と私は正武家へと帰る道すがら、お祖父ちゃんの家へと寄った。
御倉神を初めてみたお祖父ちゃんたちは腰を抜かして拝み出して、御倉神は何故か満更でもなさそうだった。
最初お祖父ちゃんたちはコイツ誰だと言う感じだったけれど、私の手が離れた御倉神が姿を消し、再び現れれば信じるしかなかったようで。
家から正武家に連絡をして、二人で名もなき神社へと歩く。
もうすっかり紅葉が終わってしまって冬の訪れを待つ山道は落ち葉ばかりだったけれど、私たちはそれすらも楽しく思えてお互いに落ち葉を掬い上げては頭からかけたりした。
神守はその眼を通して色々と視ることが出来る。
でも本来の役割は、神様の守りをすること。
お話したり、お出掛けしたり。
そうして仲良くなった神様に正武家へのお力添えをお願いするのだ。
名もなき神社の拝殿に上がって、私は御倉神と対面する。
そして私が閉じこもっていた時に見つけ出してくれたことのお礼をして、会えずにいたここ数か月の出来事や私の気持ちを語った。
御倉神は正座をして神妙に聞いていたので、私は自分の膝を叩いて来るように促すと、玉彦の様にそこへ頭を乗せて寝転んだ。
「だからね、多門が稀人になって正武家にも狗が来たってわけなのよ」
「むむむー」
御倉神は寝転んだまま腕を組んで唸る。
とりあえず正武家に狗が来た経緯は納得したものの、やはり気に喰わないようだった。
「多門も正武家の稀人になったんだから、仲良くしてね」
「むむむー」
「聞いてる!?」
「むぅ……。仲ようする必要はあるのかの? わたしは乙女さえ無事ならそれでよいのー」
「駄目でしょうよ。せめて正武家に力添えするってなってるんだから、澄彦さんも玉彦も無事でないと!」
「それは違うぞ、乙女。力添えはするが護らぬぞ」
「どうしてよ」
「かの者達はわたしの護りなど必要なしなのじゃ。あれらは別の加護を受けているからの」
「金山彦神さまのこと?」
「違う違う。もっと……むっ」
御倉神がゆっくりと起き上がって、拝殿の閉められた拝殿の扉を見ると不機嫌丸出しの玉彦が現れた。
どれくらいの時間御倉神と一緒だったのか判らないけど、玉彦のお出掛けスタイルの羽織を見ればもう午後を迎えているのだろう。
「迎えが来たようだの。また会えるか乙女」
「え、うん。お屋敷の中だったらいつでも大丈夫だよ」
その答えを聞いた御倉神は学生帽を被り直して、わざわざ拝殿の扉から出て行く。
途中玉彦に何かを囁き、ニヤリと笑った。
対照的に玉彦はますます不機嫌になって、私を迎えに来たはずなのに扉を閉めてしまった。
何なのよ、一体。
拝殿の扉を押し開けると、すぐそこに玉彦が待っていたものの外がすっかり夜になっていた。
まるで九条さんと話し込んでいた時の様に、時間の経過がおかしくなっていた。
「うわぁ。もう夜になってたんだね……」
恍けた私の言葉に玉彦は苛立たし気にこちらを睨んだ。
「『いつの』夜だと思っている」
「いつって夜は夜でしょ」
「三日だ! 御倉神と消えて三日だ!」
「嘘でしょ!?」
飲まず食わずで三日も話し込んでいたはずはない。
しかも寝ないでそんな三日も過ごすなんて。
信じられない私の動揺に気が付いた玉彦は、わざと私がそうした訳ではないと判断して溜息を吐く。
「御倉神と語るということは、常に眼を使っていると自覚をしているか」
「そうなの?」
だって今まではそんなことはなかった。
でも、こんなに長く御倉神と居たことがない。
いつもすぐに消えてしまうから。
「比和子。御倉神がお前を神守として欲すれば、私はそれを阻止しなくてはならない。けれどいくら正武家と言えど人であるのだ。勝敗は明らかなのだぞ……」
「そんなの……」
「前にも伝えたはずだ。人型をしているが人ではない。そして神とはいえ男なのだ」
「うん……」
「まさか身体を許したりはしていないだろうな」
「あっ、当たり前でしょ!」
「ではなぜお前の腿の柔らかさを知っているのだ」
アイツ……。
無駄に玉彦を煽って行きやがったな。
せっかく膝枕してあげたのに。
「偶々触ったんじゃないのー。ほら帰るわよ。夜風が寒いわー」
説明するのも面倒になって不服そうな玉彦の前を通り過ぎる。
決して後ろめたいわけではない。
「待て、比和子。私から離れて歩くな」
後ろから手を掴まれて振り向くと、玉彦は玉彦なんだけど、どこか玉彦様モードで。
さっきから自分のことを俺ではなく私というのもその表れだった。
「どうしたの? なにか、あったの?」
無言のまま手を引く玉彦は私と山道を下り、待たせていた車に乗り込んだ。
運転席には宗祐さんが居て、その違和感に思わず眉を顰める。
最近はずっと豹馬くんか須藤くんが付いていたのだ。
それに澄彦さん付きの宗祐さんがわざわざ玉彦に付いているなんて、どう考えてもおかしかった。
何故かお祖父ちゃん家で竜輝くんを拾ったあと車はゆっくりと走り出したけれど、車内は重く沈黙していて。
数分で到着した正武家の石段を見上げた私は言葉が出なくて、玉彦を振り返った。
「台風でも来たの!?」
私の眼前には正武家のお屋敷へと続く石段がある。
けれどその脇にあったはずの山の木々が四方八方になぎ倒され、無残な姿になっていた。
先にあるお屋敷は、一体どうなっているのか。
この有様を見れば到底無事だとは思えなかった。
私が御倉神と消えていた三日間に正武家に何があったのか。
一切語ることなく、玉彦は石段に足を掛けた。
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