私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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絶対零度の癇癪

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「それで、皆は無事なのね?」

「稀人が動く間もなく父上が収めてしまった。外のは宗祐と南天が始末した」

 高笑いをしながらしてやったりとお屋敷内を駆けまわった澄彦さんと、その後を追った豹馬くんが目に浮かぶ。
 多門はどうしていたんだろう。
 仲間の裏切りを知った多門は。

「……多門は?」

「アイツは……。上守のじい様の家に卵を貰いに行っていた。じい様にも比和子と同じことを言われたと泣いて帰って来るところを俺と須藤が拾った」

 ということは玉彦と同じく、帰ったらもう事は終わっていたわけか。
 でもまた沈んでいるんだろうな。
 あとで慰めにいこうかな。
 気の利いた言葉は言えないかもだけど、一人でふさぎ込むよりはましなはずだ。

「比和子」

「え? ……あ、ちょっと、なっ」

 真剣に考え込んでいたのに玉彦が私をこんな時なのに押し倒す。
 小紋の裾から侵入する手を必死で掴む。

「やだ、何考えてんのよ!」

「……なんと謗られようとも、もう我慢ならぬ。腿を触らせろ」

 無駄に煽った御倉神を恨むわ。
 頭を乗せただけっていうのに、どうしたらこんなにも嫉妬するのか。
 玉彦も玉彦だ。
 神様に悋気してどうすんのよ。

 動きを止めない玉彦の肩を押しやると、畳から微かに振動が後頭部に伝わる。
 誰か来た、という暇もなく襖が開かれる。
 それを逆さまに見上げた私の目に、固まった豹馬くんが映った。

「澄彦様がまだかとお呼びだ。……何やってんだよ」

「見ればわかるだろう。これから睦み合う」

「……で、それをそのまま澄彦様に伝えて良いんだな?」

「良い」

「良くない! この、馬鹿玉!」

 私を組み敷いたまま冷静にやり取りをする玉彦を蹴り上げて、素早く裾を直して豹馬くんの陰に隠れた。

「奥方様はそうではないらしいぞ。早く支度して当主の間へどうぞ」

 豹馬くんは玉彦を残したまま襖をゆっくりと閉めた。
 そして振り返ると大きく溜息をつく。

「さっさと終わらせて行くっていうのもアリなんだぞ。とりあえず一回抜けば収まるだろ」

「そっ、そんなこと豹馬くんに言われたくない!」

「上守はこの三日間を知らないからそんな薄情なことが言えるんだ。お前、未だに玉様の癇癪を経験してないだろ」

「いつもほとんど冷静でしょうよ。それに癇癪っていうほどそんなに感情出さないでしょ」

「覚えておけ、上守。玉様の癇癪は冷静且つ冷徹に理路整然と語り出す。怒りは燃え上がるものだけじゃない。玉様のは絶対零度の-273.15℃だ。その場の誰もが凍り付く。あの澄彦様でさえ手に負えない」

 いつも例えに出される澄彦さんもどうかと思うけど、彼が手に負えないって。
 確かにそんな玉彦は一度も見たことがない。
 せいぜい背中を向けておかんむり程度だ。

「この三日、屋敷内はツンドラ気候だ。だからほんとマジで頼むよ、上守。兄貴だって電子レンジが三台目だってムンクになってんだぞ」

 揺らぎを抑えるために百鬼夜行で発散したのに、私が三日間居なかっただけでそんな状態って。
 まぁ御倉神が一緒にいるっていうのも不味かったのかな。
 それにしても玉彦の私に対する依存度が増しているような気がする。
 でもさ、同級生の豹馬くんに玉彦とのそういう心配をされる私って。
 もうお役目の一環なんじゃないかと思えてしまう。
 次代のお世話が私の仕事だと澄彦さんは言ったけど、ほんとその通りかもしれない。
 けどそんなプライベートまで心配されても……。
 それが玉彦の調子に影響が出てしまうから仕方のない所もあるのかもしれないけど。

「……なんてゆうか、なるようになるわよ」

 小さく私が呟くと、豹馬くんは一瞥したあと再び溜息。
 そしていつもの白い着物に着替えた玉彦がむっすりと襖を開ける。
 何とも言えない雰囲気の中、私たちは澄彦さんが待つ当主の間へと移動したのだった。
 当主の間にて、澄彦さんが口を開く前に玉彦がもう私への説明が済んだ旨を伝えると、澄彦さんは私に「ま、そういうことだから」と話を終わらせた。
 私以外の皆は事情を知っていたにも拘らず、形式上当主の間に集められていたので澄彦さんの言葉に心の中で突っ込みを入れていたに違いない。

「今夜は警戒をしつつだな。以上である」

「澄彦様。折り入ってお話が御座います」

 慌てて声を掛ければ、早々に立ち去ろうとした澄彦さんが私を見て片眉を上げる。
 私の言葉に興味を引かれた様である。

「申してみよ」

「……出来れば人払いを」

「それは次代もか?」

「……はい」

「という訳で、皆の者、はい解散。さっさと出て行け」

 澄彦さんは数回手を打ち、皆を追い立てた。
 集められたのに大した用もなく追い立てられ、特に豹馬くんはあからさまに疲れた顔をしていた。
 私は座敷から澄彦さん以外の気配が消えるまで、ずっと低頭していた。

「上げよ、比和子。いや、神守の者か?」

 声を掛けられて姿勢を正すと、澄彦さんは先ほどとは違い当主の威厳をもって私を見据えた。

「どちらでもあります。お伺いしたいことが二点あります」

「ほほう。二点で良いのか」

「では三点」

「聞こうではないか」

 澄彦さんは私が何を言い出すのか、面白がっているのが伝わる。

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