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次代不在
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しおりを挟む「それじゃ、私たち行くね」
香本さんは気まずそうにそそくさと美憂を連れて庭から本殿の方へと歩いていく。
さてどうしたものか。
縁側に座ったまま腕を組んで考える。
あの調子だと美憂から喧嘩を吹っかけている訳ではなさそうだ。
向こうから一方的に言われているんだろう。
「小難しい顔をしてどうしたのだ」
隣に胡坐で座る玉彦に相談してもこればっかりは解決策はない。
だって玉彦に人間関係、特に女同士の相談をしてもそういうのに疎いから意味が無い。
でも違う視点で雇用主として社員の問題だとすれば、何か良い案を出してくれるだろうか。
「離れの捌きなんだけどさ」
「あぁ……あれか。どうにか為らぬのか」
え? と思って窺うと、玉彦も眉間に皺を作っている。
この玉彦ですらそう感じているなんて重症だ。
「そんなに酷いの?」
「うむ。……うむ」
内容を語らないというか語ることが面倒なのか、玉彦は庭に揺れるコスモスを黙って眺める。
「お役目に支障が出てる?」
「それはないが。場がな。淀む」
それは支障が出ているってことなんじゃ……。
「女とは面倒だ」
「私も?」
「比和子は比和子だろう。だが多少そう思う時もある」
「ふーん」
「聞き分けがない時など特にそう思う」
「ふーん」
「だからもう座敷に閉じ込めそこで大人しく俺の帰りだけを待っていれば良いと思う。だがそれをすると比和子は反骨精神が逞しいのでもっと面倒になることは予想が付く。なのでしない」
「それはさ、女だからじゃなくて私だからなんじゃないの?」
「そうかもしれぬ」
玉彦は小さく笑って庭に降りると大きく伸びをする。
腕を伸ばしたまま身体を左右に揺らす玉彦を見ながら、私は思った。
私って面倒だってやっぱり思われていたんだな、と。
でもヘソを曲げた玉彦だって面倒臭いヤツなんだと自分で理解しているんだろうか。
「比和子。離れでの懸案は奥であるお前が与り知るところではない。神守としても同様。香本に何か頼まれたとしても関わるな。我らは一線を置かねば為らぬ」
「どうしてよ」
「何事も冷静に。誰か一人に肩入れすることは出来ぬ。してはならぬ。それが誤解を招き正武家が揺れる」
言われてみれば学校でも先生が誰かを贔屓してるなーって感じて嫌な雰囲気になることもあった。
それが正武家でも起こるってことなんだろうけど、もういい年した大人の集まりでそんなことになるだろうか。
「玉彦のならぬ星人、久しぶりに聞いた」
「……ふざけている場合ではない。お前が首を突っ込むと大事《おおごと》になる。いつもそうだ。いい加減……」
背を向けたまま話し続ける玉彦を放って私は廊下に出た。
だってお説教が始まりそうだったし。
そして私は玉彦の忠告を無視して離れへと向かったのだった。
―――……
「だからさー、アイツムカつくの。私はあなたとは違うんですってプンプンで!」
私は澄彦さん側の母屋の台所で、怒る那奈を前に頷くしかなかった。
そう、松婆の遠縁とは私の友人の鰉《ひがい》那奈である。
正武家に勤めるのは名誉なことらしく、打診があった際にはそれまで勤めていた建設会社の事務をあっさりと辞めてこちらに住み込んでいる。
那奈は口が悪いけど実はかなりの姉御肌で、一度仲良くなってしまえば心強いのだけど。
そんな彼女は私と一度衝突をし高校生の時に仲直りをして以来、亜由美ちゃんの次に私の親友だ。
なので。だからなのか私と玉彦の間に割り込んで来ようとした美憂が許せなかったようで。
それはとても友達想いだけど、当の本人が水に流しているのに第三者の那奈は駄目だったようで、こうなっている。
「わざわざあんなの入れるより、もっと他に人は居なかったわけ? 五村だったら誰だって声が掛かれば飛んでくるでしょ?」
「それは……澄彦さんの考えだから」
「それにしたって、あんな使えない人間、正武家にはいらないよ」
那奈は最近まで普通の会社員だったから、正武家の事務関係の仕事の引継ぎから始めていて、対する美憂は訪問客の出迎えから始めていた。
それも那奈には納得がいかないらしい。
「うーん。でも澄彦さんの考えだから上手くやってよ、那奈」
「それはわかってるけど! あっちがああいう態度だったらこっちは無理だから!」
那奈はシンクで湯呑みを洗ってから、肩を怒らせて帰って行った。
残された私はテーブルに突っ伏した。
思っていた以上に那奈の反発がすごい。
それから私は次に美憂を呼び出した。
私と向かい合った美憂は気まずそうに目を伏せて黙っている。
こうしていると那奈が怒るような態度には決して見えないんだけどなぁ。
「で、那奈が怒る切っ掛けがあったと思うんだけど、心当たりは?」
「……ありません」
か細く答えて、美憂は唇を引き結ぶ。
まぁ心当たりがあったなら、香本さんが聞いて動いてるよねぇ。
「とりあえず那奈には仲良くねって言っといたけど、効果があるかどうかは微妙。ごめんね」
「いえ、それは前に須藤さんからも言っていただいたようですが逆効果だった様なので……」
「須藤くん!?」
それだ。それが原因だ!
今はどうかわかんないけど、高校の時に那奈は須藤くんが好きだった。
昔のこととはいえ、須藤くんが美憂を庇ったのが気に喰わなかったんだ。
いやほんと、玉彦じゃないけど女って面倒……。
「あのさ。もしかして離れで稀人とか付き人と話したりしてる?」
「はい。雑談もしますが、次の方の様子などお話することはあります」
「じゃあさ、その雑談止めてみてよ。特に稀人の豹馬くんと須藤くんとはね」
「……はい」
美憂は私を見て小さく頷く。
惣領の間で私に見せた態度とはかけ離れた仕草に、これが本来の美憂なんだと思う。
多門にだけは心情を吐露できるほど気を許しているけれど。
「それで収まらなかったら、また対策練るから」
私は美憂に戻る様に促したけど、彼女は席を立たなかった。
何かを言いたげに私を上目遣いで見るので首を傾げた。
「どうしたの?」
「あの、先日の惣領の間での……」
「あぁ、あれね。気にしてないから、気にしないで」
「本当に申し訳ございませんでした……」
私は肩を震わせた美憂の足をテーブルの下から軽く蹴った。
すると彼女はハッとして顔を上げる。
「私ね多門は親戚の男の子だって思ってんの。だから美憂は親戚の女の子ってとこ。もう少し時間が経てば笑い話に出来るからさ」
「はい……。そう言って頂けて嬉しいです。私は親戚など居ませんので……」
「え?」
美憂が小さくはにかんで、ポロリと涙が一つ落ちた。
私はそれから美憂の生い立ちを聞いて、鈴彦の時の様にティッシュを空にする勢いで号泣した。
でもどこか冷静な自分もそこにいた。
そしてこの清藤に関する一連の騒動に違和感を覚えたのだった。
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