私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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次代不在

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 恙なく正武家の一日が終わり。
 夕餉を三人でいただく。
 玉彦は昼の一件以来、膨れていた。
 まぁそれは置いておいて。

 食事を終えて席を立つ澄彦さんを引き留める。
 どうしても耳に入れておかなければならないことがあった。
 そしてそれを玉彦にも聞いて欲しいと思った。
 本当は当主の間で話をするべき事かもしれないけど、私の推測の域をでないものを気軽には話せない。

「どうしたの?」

「すみません。先ほど美憂と話をする機会がありまして」

 そう私が言えば、隣の玉彦が呆れたように溜息をつく。
 澄彦さんは苦笑いをして「離れのこと?」と聞くので私は首を横に振って否定した。
 それにしても澄彦さんも離れの捌きに問題があると思っていたのね。

「美憂の西での生活について聞いていて疑問に思った事がいくつかあって。話が長くなりそうなんですけど良いでしょうか」

 二人は目を合わせて、それから同時に頷いた。
 私は頭の中を整理しながら話し始める。

「美憂は清藤の血を残す者として施設から引き取られたそうです。それ以来清藤で暮らしていて。それで」

 二人の視線を受けつつ、私は考え込んだ。
 違う。これは必要な情報ではない。

「すみません。結論から言うと、清藤の黒幕って亜門なんでしょうか。私は違うように思います。でも誰かって聞かれると、ちょっと突拍子もないけど……」

「主門。もしくは次代の都貴(とき)」

 口籠った私に代わり、玉彦が口を開いた。
 驚いた私をよそに、澄彦さんも玉彦も全く動揺していない。
 もしかして気が付いていないのは私だけだった?

「どうして……」

「根拠はない。だが、二人揃って行方知れず。狗にも追えぬ。遺体も見当たらぬ。生かしてどこかに監禁されている可能性もあるが、清藤の主である主門がそう易々と亜門にしてやられるとも思えぬ」

「そうなんだよねー。そこが引っ掛かるんだよねー。で、比和子ちゃんは根拠あるの?」

「それは……。次代がいるのに美憂がいたこと。多門が正武家と関わりを持ってしまったこと。最後に私の眼です」

「さてさてこれは面白い流れになってきたぞ。二人とも。着替えてすぐに本殿へ。ここでは全てが筒抜けだ」

 ウキウキし始めた澄彦さんは楽し気に座敷を出て行く。
 本殿は限られた者しか入られない。
 それに声が漏れにくく、誰かが中を窺っても聞こえない。

 立ち上がった玉彦の後に続き、私も腰を上げた。
 廊下に出ると玉彦が私に手を差し出したので、強く握る。




 翌朝。表門にて。

 黒い着流し。腰には黒鞘の太刀。
 いつもと違うのは、白い羽織だけ。
 石段の下には、宗祐さんだけが待つ。

「ここで待ってるから。だから」

「必ず戻る。今生の別れでもあるまい。そのような顔をするな」

 玉彦は困ったように笑って、私の髪を梳く。

 昨晩、私たち三人は本殿で、なぜか御倉神も参加して話し合った。
 正直御倉神は冷やかし半分で、正武家のお役目ではない物事には興味がないようだった。

 そこで決められたのは、玉彦の西入り。
 多門もあれから何度も訪れて手掛かりとなるものを探していたけれど見つけられずにいた。
 しかし玉彦であれば、対象が空に浮かんでさえいなければ山神様のお力である程度感じることが出来る。
 鈴白でならかなり正確に把握できるけど、西の地はそうもいかないらしい。
 でも本当の狙いはそこではない。

 正武家次代の不在。
 そこが重要だった。

 前回正武家内での出来事は、玉彦の不在中。
 当主か次代の不在時に、清藤が動くと予想された。
 そこで澄彦さんが鈴白に残り、玉彦が外へ出ることになった。
 尤もらしい理由を付けて。
 だったらなぜ遠くの西まで行かなくてはならないのか、近場でも良いんじゃないかと思ったけれど、すぐに駆け付けられる距離だと警戒するだろうと澄彦さんは答えた。
 もう二度も失敗している。
 流石に三度目は慎重にならなければ馬鹿だと笑った。
 そして玉彦が不在時に、鈴白を含む五村の範囲で清藤を迎え討つ陣が敷かれることになった。

 正武家のお屋敷を中心に円を描く。
 その円の外側五か所に護石《ごいし》があるそうで、それらを線で繋ぐと星が出来上がる。
 普段はあまり作用はしていないそうで、今回その護石を目覚めさせるそうだ。
 その役割は本殿の巫女の役割なのでどうやら香本さんの出番となりそうだった。
 陣が敷かれるとどうなるのかというと、正武家の人間のお力が陣内に流れ込み、禍を陣内に封じ込めてしまうそうだ。
 入り込んできたモノは出られなくなり、そこをどうにかするらしい。
 ちなみによく玉彦が言う小さなモノは陣内では勝手に消滅してしまうらしい。

 とりあえず私が玉彦から聞いた説明はこれくらいで、後は顛末記を読み込んで自分で調べろと言われてしまった。
 清藤がこちらの動向を見定めるまでに二、三日は掛かるだろうからと。
 ついでにそれを調べてお屋敷で大人しくしていろというのが彼の本音らしい。

「では、行ってくる」

「いってらっしゃい……」

「……土産は甘いものを買ってこよう」

「そんなの買ってる場合じゃないでしょ」

「土産を考えるほど余裕があるということだ。ではもう、行くぞ」

 繋がれていた手が解かれて、そのまま私に振られる。
 石段を下りてゆく背中を見送り、何とも言えない気分になった。
 玉彦は一度も振り返らずに、行ってしまった。
 お役目に向かう正武家の人間を送り出した人たちは、みんなこういう気持ちだったんだろうな……。
 今回はお役目の範疇ではないとしても、同じだと思う。

 頬っぺたを両手で叩いて、気合を入れ直す。
 玉彦が西で頑張るなら、私だって鈴白で頑張らなくてはなのだ。
 表門を通り抜けるとそこには稀人の二人が待っていた。
 頭を下げる彼らの横を歩き、振り返る。

「次代は不在。けれどすべきことは沢山あります。よろしくお願いします」

 そう言って懐に仕舞っていた青紐の鈴に手を当てると、揺らしてもいないのに三回鳴る。

 この鈴を必要とする距離に離れてしまったけれど、大丈夫。
 またすぐに絶対に会える。

 私は取り出した鈴を大きく四回鳴らした。

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