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次代不在
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しおりを挟む正武家のお役目の予定は、訪問客との兼ね合いで決まる。
直ぐにというものもあれば、後日もある。
あとは他へ行けと言ってしまうものもある。
そして訪問客の予定は、ポツリポツリと半年先まで入っている。
なので今回の次代が想定外に抜けてしまった穴埋めは、当主の澄彦さんに全て負担が掛かる。
とりあえず次代は一週間は不在の予定だったので、その七日間は澄彦さんにとって近年まれに見る忙しさになるはずだった。
早朝に玉彦を送り出した私は、澄彦さんと二人きりで朝餉の席にいる。
いつも通り今日の予定をと思っていたら、澄彦さんはうんざりするほどあからさまな悪い笑みを浮かべていた。
「今日はさ、比和子ちゃんにもお役目に参加してもらうからねっ」
小首をかしげる仕草に何となく玉彦を重ね合わせるけど、澄彦さんは邪悪だった。
「横に座っていれば良いですか?」
「違う、違う。それじゃあ意味ないでしょ。次代と同じで惣領の間で頼むよ。そうしないと捌けないじゃん」
「無理です。無理無理。私にそんなこと出来ません!」
「それがね、出来るんだよ。昨晩ずっと思案して思い至ったんだ。出来る! 神守の者なら!」
満面の笑みで両腕でガッツポーズを作った澄彦さんを私は唖然と見つめるしかなかった。
玉彦は澄彦さんが声も出さずに笑うのは悪だくみをしている時だとぼやいていたけど、正に今がそれ。
よりによって制止役の次代がいない時に。
「あのー……」
「惣領の間の訪問客は全て他へ行けと追い返す。その先は蘇芳に任せることとした!」
「蘇芳さんはご存知で?」
「まだ伝えてはいない。伝えるつもりもない。食い逃げした報いを受けてもらう!」
無邪気に澄彦さんは膝を叩く。
「あっちの寺は溢れかえるだろうが正武家は与り知らぬこと。なぁにたった七日間だ。どうにかするでしょ」
どうにかならなかった場合はどうするつもりなんだろう。
「ただし僕だって蘇芳に悪いなって思うんだよ。だからね、比和子ちゃん、頑張って」
「何をですか」
「控《ひかえ》の間で神守の眼を使って欲しい」
あっ、と思った。
そうか。そういうことなんだ。
澄彦さんは接見する前に、正武家の領分なのか、蘇芳さんへ振り分けても大丈夫なものなのか、そもそも全く問題が無い事案なのかを振り分けるつもりなんだ。
それで正武家の領分は当主の間へ。それ以外は惣領の間へ。
でも神守の眼でそんなことが出来るのか、自分ですらわからない。
「あのう、でも私出来るかどうかわかりません」
「大丈夫。僕もね、九条ほどでは無いにしろ神守の眼の可能性については調べている。それにこの件に関しては南天を補佐につける。いいかい? 控の間で通常の目で何か見えた者に関しては惣領の間だ。そして何も見えなかった者に関しては神守の眼で視るんだ。それで先ほどの者たちと同様に何か視えれば当主の間。やはり視えなければ惣領の間だ」
つまり通常の目で見えるのは、小物で蘇芳さんに任せてもオッケー。
神守の眼でようやく視えるものは、正武家の領分。
どちらの眼で見ても視えないものは、何もない。
こういう考えで良いのだろうか。
「何かあれば南天が動く。大丈夫だよ。あとはふんぞり返って偉そうに『この度の件は正武家が出張る必要なし』って言って、こけないように奥の襖から退出すればお終いだから。そうしたら残された稀人が蘇芳の下へ行けと案内するから。ね?」
「ちなみにこの件、玉彦は……」
「教える訳ないじゃん! 教えたらまた親子喧嘩勃発だよ」
当たり前の様に言ってのけた澄彦さんに肩を落とす。
これは帰って来たら一騒動起こる気がする。
でも澄彦さんのお役目が減るということは、その分時間が出来るということでもあり、清藤が動き始めた時に早く行動が出来る。
だったらやるしかない。
「……ご期待に添えるように頑張ります」
「はい。お願いします」
あれ程この正武家ですることがないと不満を持っていた私に、ようやく数日ではあるけれど仕事が出来た。
玉彦は猛反対するだろうけど、私はこれからの自分の在り方について何かが見えた気がした。
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