上 下
59 / 111
巫女の資質

1

しおりを挟む

 あれから特に何事も無く、私は無事にお役目の最終日を迎えた。
 夜になって夕餉が終わり、自分の部屋に戻って本を読んでいる。
 手を伸ばせば届くところにスマホを置いているけど、待っている人からの連絡はずっとない。
 こちらから掛ければ良いのだろうけど、それも出来ない私はヘタレである。
 だって玉彦の第一声は「だから暴走するなとあれほど!」って言われるに決まっている。
 そこから口論になってしまうのが目に見えていて、お互いに顔を合わせていればすぐに仲直りできるけどこうも離れていては帰って来るまでずっと二人で嫌な思いをするのだ。
 たぶん玉彦もそれが判っていて連絡をしてこない。
 とりあえず澄彦さんには宗祐さんから報告が上がっているみたいだから、大丈夫なんだろうと思う。

 時計を見上げてそろそろ休もうかなと思った矢先、廊下を走る音が聞こえて部屋の前で止まる。
 稀人は余程のことがないと走らないし、誰だろうと思っていたら香本さんが襖の向こうから声を掛けてきた。

「比和子様。夜遅くにすいません」

「起きてるよ」

 四つん這いになって襖を開けると、そこには低頭する巫女姿の香本さんが居た。
 こんな時間に巫女姿なんてどうしたんだろう。
 そのまま疑問を口にすれば、彼女は顔を上げて泣きそうになっていた。
 いつも飄々としている香本さんがそんな感じだったので、私は慌てて部屋の中へと招き入れた。

「どうしたの、一体。また那奈が何か面倒なこと……?」

 最近香本さんとの間に上った話題と言えば、それくらいしかない。
 座布団を勧めても香本さんは首を振って座らずに、俯いて唇を引き結んだ。

「ほんと、どうしたの?」

「……私、巫女失格なんだ」

「へ?」

 そう言うと香本さんは畳に突っ伏して泣き始めた。
 肩を摩って落ち着かせてみるけど、状況はそのままで困ってしまった。

 それにしても巫女失格って何だろう。
 そもそも巫女の資格って、何なの。
 竹婆はあの年でも本殿の巫女を務めているので年齢は関係無いように思う。
 あとは乙女というか処女でなくてはいけないとかなんだろうか。
 でも私は御倉神に未だに乙女と呼ばれていたし、今回のお役目の時には神守の巫女とされていた。
 ので、この正武家に関わる巫女というのは普通の神社とは違った資格の何かがあるのかもしれない。

「香本さん、とにかく話してくれないと何にもわかんないよ……」

 むくりと起き上がった香本さんは、なぜか恨めしそうに私を見て鼻を啜った。

「正武家の護石が私に反応しなかったの……。お婆ちゃんには反応するのに」

「それって……。澄彦さんには報告したの!?」

 香本さんは再び首を横に振った。

 正武家の陣を敷くには五つの護石を目覚めさせなくてはならない。
 それが叶わないと五村に侵攻してくるであろう清藤を封じ込めることが出来ないのだ。
 しかも護石を目覚めさせるには巫女と護衛一人が歩いて五つの護石を廻り、途中で進路を外れてしまうと最初からやり直しになるというかなり厳しい道のり、五村の山々を昼夜問わずに歩くので高齢の竹婆にそれは無理で。
 もし出来たとしても何日も掛かってしまう。
 だから若く体力がある香本さんが要になるというのに、彼女に護石が反応しないとなると一大事だった。

「ここに来るより澄彦さんのとこに行かないと!」

 早く報告をして対策を考え直さなくてはならない。
 場合によっては玉彦だって直ぐに呼び戻さなくてはならなくなる。

「当主様のところへはお婆ちゃんが行ってると思う……」

「だったら私たちも行こう! 何か違う案が出されるはずだし!」

 私は座り込んでいる香本さんの二の腕を取って立ち上がらせた。
 よろめいて私に肩をぶつけた香本さんは、気まずそうに呟く。

「比和子様は御倉神様に仕えることが出来てるのに……」

「それは神守だからだよ……」

「ねぇ、どうすれば神様に認めてもらえるの!?」

「どうすればって……」

 それは私には解らない。
 御倉神だって私が願って出て来た訳ではなく、名もなき神社の祀神でたまたまその拝殿で白猿と騒動を起こしていたから姿を現したのだ。
 そこで揚げを強請《ねだ》られて、今に至るだけのことなのだ。
 私が答えられないでいると、襖が軽くノックされた。

「奥方様ー。お休みのところ申し訳ないですがー、当主の間へ来てくださーい」

 やる気のない豹馬くんが迎えに来たようで、私は香本さんの肩を掴んだ。

「とにかく澄彦さんのとこへ行こう。きっと打開策があるんだよ」

 襖を開けると巫女姿の香本さんに目を見開いた豹馬くんだったけど、事情はもう聞かされていたらしく彼女にも当主の間へと促した。

しおりを挟む

処理中です...