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清藤、再び
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しおりを挟む三人は多門と同じく黒いスーツ姿で、二人が私に向かって来たけど南天さんが介入したので大柄な男だけが私を追い駆け始めた。
走り回る中で横目で南天さんを捉えると、遠慮なく彼らの首や腹に一撃を入れていたけど気絶する気配がまるでない。
二人を相手している南天さんはどこかまだ余裕があって、よくよく二人の動きを観察すると私の目からみても体術が拙い。
敢えて言うなら朝の修練で見かけた竜輝くんよりもずっと弱い。
これなら南天さんは大丈夫だ。体力が続けば。
対する私は、ちょっと危ない。
全力疾走しているつもりだけど、捕まるのは時間の問題だ。
その度に南天さんの所へ突っ込んで足止めを図ってみるけど、そう何度も使える手ではなかった。
そして、その時が来てしまった。
追いつかれそうになって南天さんの方へと走り込んだ矢先、二人のうちの一人が私に向かってくる。
そりゃそうだよね。
だってあくまでも標的は私の眼だもの。
慌てて方向転換したものの、大柄の男から伸ばされた長い腕が私のパーカーのフードを掴んだ。
ぐえっとなって、万事休すだ。
このパターン、白猿の時と同じだ。
あの時は須藤くんのお母さんが助けてくれたけど、ここに私たちの味方は誰もいない。
フードを引かれて後ろへ引き倒される瞬間、見上げた白い空に黒い点が現れた。
点はみるみる大きくなり、私と男の間に落ちた。
と、同時にフードを掴んでいた強い力が無くなり、私は尻餅をつく。
そして背後を見上げると、そこには私を背に庇った人がいる。
濃紺の褐衣に弓を背負い、太刀を引き抜いて私を掴んでいた男の腕を切り落としていた。
この平安衣裳は……。
「大事には必ず駆け付けると誓った。待たせて済まない、神守の者よ」
僅かに振り返った横顔は、蔵人だった。
もう五年も前に送ったはずなのに、もう次の生へと旅立ったと思っていたのに。
「蔵人……あなた……!」
「殺すのか、生かすのか」
「あ、生かす! でも動かない様にしたい、んだけど……」
「わかった」
蔵人に腕を切り落とされた男はもう既に戦意を喪失させてしまい、腕を押さえこんで蹲っている。
大量出血しているし、このままだと死んでしまうかもしれない。
でも迂闊に近寄って捕まえられるのは御免だ。
私は男を放置して蔵人の背を追う。
そして駆け付けた蔵人の加勢を得た南天さんの判断は的確で、男を後ろ手に拘束する。
残った一人もすぐに蔵人に拘束されて膝をついた。
これで三人の動きは封じた。
振り返ると先ほどの男のところに雪之丞も来ていて、倒れ込んだ男の背に腰を下ろしている。
あれではもう動けないだろう。
そうこうしているうちに南天さんと蔵人の役目を上から降りてきた双子が代わる。
この人たち、なんだってこんな時にと思いつつ嬉しくなって蔵人に駆け寄り手を握る。
「蔵人……!」
「久しいな、神守の者」
握り返した蔵人の手は大きく暖かい。
私はそこに大粒の涙を落とす。
「あんた、馬鹿じゃないの! いくら約束したからって転生もしないで何やってんのよ! 他の皆も!」
振り返って睨んだ雪之丞は苦笑して、双子は揃って口を尖らせている。
「助けに参上したのに随分な言われようだな……」
蔵人は困り顔で私の頭に手を置いて、覗き込んだ。
「私たちは神守が天に召されるまでここに留まると決めたのだよ。なぁに上には鈴白も久吉もいる。失われた日々を皆で過ごして楽しくしている」
「せっかく送ったのに」
「送られたから束の間の幸せを満喫している」
離れ離れだった日々を思えば、皆が揃った今は充実した時間なのだろう。
でも私はてっきりもう次の人生を歩んでいると思っていたから、複雑だ。
しかも私との約束を果たす為に留まっていると聞かされれば尚更。
「ほんっと、義理堅い馬鹿ね。でも、ありがとう。助かった!」
お礼を言って頭を下げると、蔵人は満足そうに微笑んだ。
正直彼らが来てくれなければ最悪の事態になっていた。
あとはこの三人をどうするかだけど。
隣にいる南天さんを見ると、彼も同じ考えだったようで眉間に皺を寄せた。
そう、どうにかしたいけど、どうすれば良いのかわからないのだ。
殺してしまうのは簡単だ。
でも生かして目覚めさせて、その時に私たちに危害を加えさせない様にするにはどうすれば良いのか……。
困り切った私たちの相談に蔵人も首を捻ったけど、良い案が浮かばない。
腕組みをして空を見上げる。
するとしばらくして再び誰かが下りてくるのが視えた。
その人は仁王立ちして鼻息が荒く、頬を赤く染めている。
白いお役目用の着物に、潔い禿げ……。
「水彦!」
「呼び捨てするでない!」
一喝されて肩を竦めた私は、目を泳がせながら南天さんの陰に隠れた。
そしてその南天さんも何故か背中を固くする。
水彦の後からもう一人、燕尾服の九条さんが降りて来ていたのだった。
仁王立ちする水彦を通り過ぎて、私は九条さんに駆け寄る。
どうしてどいつもこいつも。
私が送ると転生できないのだろうか。
「九条さん……! 九条さん」
私、研究してた新しい眼の力を使えるようになりました。
それと、それと!
私のせいで寿命を縮めさせてしまってごめんなさい。
あとは!
伝えたいことが沢山あるのに上手く言葉に出来なくって、私はもどかしくて子供のように天を仰いで泣くしかなかった。
「五月蝿い!」
再びの水彦の一喝でも涙は引っ込まず、九条さんに背を摩られ、蔵人に涙を拭われ。
情けない姿のまま水彦の前に立つ。
「次代の嫁がこれだとはまっこと情けない! ……だが大儀であった」
水彦は泣き止まない私の頭をガシッと掴む。
時々玉彦が私に対してイラッとした時にするやつだ。
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