私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

文字の大きさ
73 / 111
清藤、再び

7

しおりを挟む


「この者たち、清藤だな。あちらでは如何していた」

 水彦の言葉を受けて、南天さんが傅いて答えた。

「記憶の粛清を」

「ふふん。甘いな。殺してしまえば早いものを」

「時代が違います故」

 九条さんが水彦にやんわりと答える。
 水彦の時代は明治と昭和の間くらいだろうから、人を殺しても隠蔽しやすかったのだろうか。
 いやいや隠蔽しやすかったとしても、殺しては駄目だろう。

「仕方ない。貴様がいると酒宴が滞る。儂が粛清してやる故、さっさと帰れ」

「え?」

 私の頭から離れた水彦の老いた手が、清藤の三人に掲げられた。

 仄かに黒い影を纏った手から出てくる煙が、暴れはじめた三人の目や口や耳、鼻に入り込む。
 次の瞬間、ぐるりと白目を剥いた三人はその場に倒れ込んだ。

 一瞬の出来事に止める間もなかった。
 粛清って、澄彦さんや玉彦がしたものと同じなんだろうけど、水彦の手から出たものは禍々しいものだった。
 率直な感想を言ってしまえば、呪そのもの。
 でも彼らに触れてしまった禍は強制的に祓われるはずで、そんな彼らから出されるあの煙は……。

「南天さん、粛清って!」

 お役目以外で行使される正武家のお力に課せられるリスクがある。
 以前不文律を破りかけた玉彦にも罰が下されるはずだった。
 あの時は何とかなったけど、もし私の推測が正しいのなら。
 粛清はお役目ではないと玉彦は言い切った。
 
 だったら。

 お役目外の粛清にはとんでもないリスクがある。
 澄彦さんは平然としていたけど、玉彦はいつもの玉彦だったけど。
 彼らの中にだって憎悪は渦巻いていた。
 きっと自分たちと関わらなければ失われなかった命だったと思ったはずだ。

 私ってば、いつも自分のことばっかりだ。
 どうして気が付かなかったんだろう。
 この清藤の粛清は何が何でも止めるべきだったんだ。
 粛清にはどれくらいのリスクがあるんだろう。
 正武家に関係の無い私を助けようとした玉彦は、多分死にかけた。
 でも今回のは一応正武家の存続に纏わる問題だ。
 だから死ぬようなことはない。きっと。
 でも数を重ねれば、何かを失うんだろう。
 それは身体の一部なのか、力の一部なのか。

 とにかくもう粛清をしない様に止めなくちゃ駄目だ。
 そうしないと私は再び家族を失ってしまうことになる。

「水彦爺ちゃん、粛清のリスクって何!?」

 南天さんから事情を訊いていた水彦と九条さんは、面倒そうに私を振り返った。

「爺ちゃんだと~!? 貴様、無礼にもほ」

「リスクは!?」

「……貴様、人の話を聞いておらぬな。りすく……riskか。ふむ。頭は悪くないようだ」

 いや、今の時代それくらいの英単語普通に使うし。
 でも水彦の時代では英語はまだ習うものではなかったのに理解する辺り、正武家って勉強家だ。

「無論リスクはある。が、その為に護石を目覚めさせたのであろう。先代たちへ分散させることで軽くしたのだろうな。あれは小さき頃から悪知恵だけは一級品だった」

 水彦はうんうんと頷くけれど、私が聞きたいのはそこじゃない。
 具体的な内容だ。

「……儂が言えるのはここまでだ。正武家の領分にいくら神守といえども踏み入ることは赦されぬ」

「私は神守ですが、正武家の人間です。この先、正武家の人間を産むことになる人間です」

「それは産んでから申せ。此れしきの粛清で慌てふためく様では正武家の嫁は勤まらんわ」

「ぐっ……」

「それに澄彦ももう年である。次代を残すことが出来ぬ故、今の次代を失うことはない」

「それは玉彦は死なないってこと? ……じゃあ澄彦さんは!?」

「貴様、人に聞いてばかりだな。なぜこうなる前に尋ねなんだ」

 確かに水彦の言う通りだ。
 粛清とはと尋ねる機会は沢山あったはずなのに。
 どうして聞かなかったんだろう。
 私は思い到らないことばかりだ。

「不文律を破る罪には罰がある。それを承知しているのだから、貴様がとやかく言おうとどうともならん」

「でも……!」

「くどい。儂は帰る。行くぞ、九条」

 水彦は一方的に会話を打ち切って浮かび上がる。
 その後を追って九条さんも申し訳なさそうに浮かぶ。

 残された私は二人を見上げて、握り拳を作った。

 とりあえずこの世界に水彦が来てくれたから、何とかなった。
 それだけでも吉としよう。
 今は現実に戻って、清藤のことを何とかしなきゃ。
 振り返るともう既に蔵人たちが徐々に浮上していた。

「蔵人! 皆! ありがとう!」

「何かあればまた来る」

 心強い言葉を残して手を振る蔵人は、光輝きながら昇ってゆく。

「比和子さん。粛清のリスクについてですが、今回は鈴白内でしたので寝込む程度だろうと澄彦様は仰っておりました」

 二人で空を見上げて、隣で南天さんがそのままの姿勢で教えてくれた。

「……わかりました。二人が寝込むと我儘三昧で面倒臭そうですね」

「そうですね」

 私は気を失っている三人を見下ろす。
 二人が粛清するはずだった三人は水彦が引き受けてくれた。
 これでまた少し軽減できたはずだ。
 残るは清藤の三人だけ。

 私は大きく両腕を開く。
 柏手を打って現実の世界へと戻る。

 どうか現状が好転していますように。

 そう願いながら。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...