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清藤、再び
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しおりを挟む「この者たち、清藤だな。あちらでは如何していた」
水彦の言葉を受けて、南天さんが傅いて答えた。
「記憶の粛清を」
「ふふん。甘いな。殺してしまえば早いものを」
「時代が違います故」
九条さんが水彦にやんわりと答える。
水彦の時代は明治と昭和の間くらいだろうから、人を殺しても隠蔽しやすかったのだろうか。
いやいや隠蔽しやすかったとしても、殺しては駄目だろう。
「仕方ない。貴様がいると酒宴が滞る。儂が粛清してやる故、さっさと帰れ」
「え?」
私の頭から離れた水彦の老いた手が、清藤の三人に掲げられた。
仄かに黒い影を纏った手から出てくる煙が、暴れはじめた三人の目や口や耳、鼻に入り込む。
次の瞬間、ぐるりと白目を剥いた三人はその場に倒れ込んだ。
一瞬の出来事に止める間もなかった。
粛清って、澄彦さんや玉彦がしたものと同じなんだろうけど、水彦の手から出たものは禍々しいものだった。
率直な感想を言ってしまえば、呪そのもの。
でも彼らに触れてしまった禍は強制的に祓われるはずで、そんな彼らから出されるあの煙は……。
「南天さん、粛清って!」
お役目以外で行使される正武家のお力に課せられるリスクがある。
以前不文律を破りかけた玉彦にも罰が下されるはずだった。
あの時は何とかなったけど、もし私の推測が正しいのなら。
粛清はお役目ではないと玉彦は言い切った。
だったら。
お役目外の粛清にはとんでもないリスクがある。
澄彦さんは平然としていたけど、玉彦はいつもの玉彦だったけど。
彼らの中にだって憎悪は渦巻いていた。
きっと自分たちと関わらなければ失われなかった命だったと思ったはずだ。
私ってば、いつも自分のことばっかりだ。
どうして気が付かなかったんだろう。
この清藤の粛清は何が何でも止めるべきだったんだ。
粛清にはどれくらいのリスクがあるんだろう。
正武家に関係の無い私を助けようとした玉彦は、多分死にかけた。
でも今回のは一応正武家の存続に纏わる問題だ。
だから死ぬようなことはない。きっと。
でも数を重ねれば、何かを失うんだろう。
それは身体の一部なのか、力の一部なのか。
とにかくもう粛清をしない様に止めなくちゃ駄目だ。
そうしないと私は再び家族を失ってしまうことになる。
「水彦爺ちゃん、粛清のリスクって何!?」
南天さんから事情を訊いていた水彦と九条さんは、面倒そうに私を振り返った。
「爺ちゃんだと~!? 貴様、無礼にもほ」
「リスクは!?」
「……貴様、人の話を聞いておらぬな。りすく……riskか。ふむ。頭は悪くないようだ」
いや、今の時代それくらいの英単語普通に使うし。
でも水彦の時代では英語はまだ習うものではなかったのに理解する辺り、正武家って勉強家だ。
「無論リスクはある。が、その為に護石を目覚めさせたのであろう。先代たちへ分散させることで軽くしたのだろうな。あれは小さき頃から悪知恵だけは一級品だった」
水彦はうんうんと頷くけれど、私が聞きたいのはそこじゃない。
具体的な内容だ。
「……儂が言えるのはここまでだ。正武家の領分にいくら神守といえども踏み入ることは赦されぬ」
「私は神守ですが、正武家の人間です。この先、正武家の人間を産むことになる人間です」
「それは産んでから申せ。此れしきの粛清で慌てふためく様では正武家の嫁は勤まらんわ」
「ぐっ……」
「それに澄彦ももう年である。次代を残すことが出来ぬ故、今の次代を失うことはない」
「それは玉彦は死なないってこと? ……じゃあ澄彦さんは!?」
「貴様、人に聞いてばかりだな。なぜこうなる前に尋ねなんだ」
確かに水彦の言う通りだ。
粛清とはと尋ねる機会は沢山あったはずなのに。
どうして聞かなかったんだろう。
私は思い到らないことばかりだ。
「不文律を破る罪には罰がある。それを承知しているのだから、貴様がとやかく言おうとどうともならん」
「でも……!」
「くどい。儂は帰る。行くぞ、九条」
水彦は一方的に会話を打ち切って浮かび上がる。
その後を追って九条さんも申し訳なさそうに浮かぶ。
残された私は二人を見上げて、握り拳を作った。
とりあえずこの世界に水彦が来てくれたから、何とかなった。
それだけでも吉としよう。
今は現実に戻って、清藤のことを何とかしなきゃ。
振り返るともう既に蔵人たちが徐々に浮上していた。
「蔵人! 皆! ありがとう!」
「何かあればまた来る」
心強い言葉を残して手を振る蔵人は、光輝きながら昇ってゆく。
「比和子さん。粛清のリスクについてですが、今回は鈴白内でしたので寝込む程度だろうと澄彦様は仰っておりました」
二人で空を見上げて、隣で南天さんがそのままの姿勢で教えてくれた。
「……わかりました。二人が寝込むと我儘三昧で面倒臭そうですね」
「そうですね」
私は気を失っている三人を見下ろす。
二人が粛清するはずだった三人は水彦が引き受けてくれた。
これでまた少し軽減できたはずだ。
残るは清藤の三人だけ。
私は大きく両腕を開く。
柏手を打って現実の世界へと戻る。
どうか現状が好転していますように。
そう願いながら。
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