私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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覚醒と穢れ

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 熱くなった瞼を開くと、木造の天井が目に入った。
 一瞬どこにいるのか判らなくなって頭を振れば覚醒する。

 ここは本殿だ……。
 扉に目をやるとぴったりと閉められていた。
 辺りを見渡しても祭壇がひっそりと佇んでいるだけで本殿内は静かだ。
 嫌な予感が胸を過る。
 いつもあの世界から戻るとき、私が一番最後だった。
 今回はどれくらい時間がずれて目覚めたんだろう。
 数分であれば良いのだけど。

 眼を使ったせいで軋む身体を引き摺って、体重を預けた力で扉を押し開ける。
 するとすぐ目に入ったのは、足元に転がる清藤の三人。
 まだ気絶をしているようで私が横に一歩足を踏み出しても動きはない。
 目覚めたら記憶を失っているはずだから下手に目覚めて混乱されるよりはマシかもしれない。

 続いて本殿前に視線を移す。
 そこには夜空が白く見えるほどの山神様の手が溢れていた。
 その下では山神様の手が狗を二匹地べたに押さえつけていて、傅いた多門が左手で錫杖を掲げ、口元を右手で覆いながら集中している。
 二匹の狗に最期を迎えさせるための何かをしているのだと理解する。
 でも二匹のうち一匹は浪若で、残りは真っ白い狗だった。
 多分美津時だと思う。
 赤駒と対を為す黒駒。
 黒駒は黒毛で、赤駒は赤毛のはずだった。

 そして多門の背を護る様に、太刀を振るう玉彦と対峙する亜門が目に入った。
 扉に凭れ掛かる様に座り込み、動く玉彦の姿に安心する。
 一応は間に合った……。
 さっきより白い着物が汚れてはいるけど、怪我を示す血は流れていない。
 対する亜門は右腕だけで太刀を振るっており、左手はぶらりとなっていた。
 骨が折れたか痛みで握れないのか。
 心の中でざまあみろと思う反面、自分の中にある玉彦への想いがそれを否定する。
 これ以上彼に亜門を傷つけさせては駄目なのだと。

 四年ぶりに見た亜門は、私を蹴り飛ばした時よりもさらに大柄になっていて、多門と双子だと思えないくらい老けて見えた。
 こちらに背を向けていた玉彦との鍔迫り合いで私をチラリと見た目は濁っていて、表門に現れた主門と同じものを感じる。
 誰かに操られているような、正気ではないような。

 矛先を私に変えた亜門は少し身を引いて玉彦の太刀を受け流したあと、こちらへと走り出す。
 私と亜門の直線上に玉彦が入り込んで行く手を阻んだけど、もう一組それを阻む。

 御倉神と大国主だ。
 御倉神は鉄扇を、大国主は太刀を手にして拮抗していた。

 私は本殿に身を引いて両手をつく。
 見渡せる範囲に稀人が誰一人としていない。
 巫女である香本さんもだ。

 彼らが目覚めない私を置いてどこかへ行ってしまったのは明明白白で、澄彦さんの元へ走ったのか、未だ私の前に姿を現さない都貴を宗祐さんと追い掛けているのか分からない。
 どちらにせよ私が本殿内に大人しくしていれば安全だと判断して動いたのだろう。


 本殿前で繰り広げられる物事が最初に動いたのは、多門のところ。
 山神様の手に押さえられていた狗たちが悲し気に遠吠えを始めたのだ。
 それでも多門は歯を食い縛って狗たちに錫杖を突き立てた。
 自分で殺した犬たちを再び狗として殺さなければならない業の深さに身震いがする。
 そしてそれを強いられた多門の宿命に涙が止まらない。
 殺したかった訳じゃない。
 でもそうしなければ間違った行いで人を傷つけてしまうから。
 それは正武家から貸与された狗の秘儀に反することだから。
 例え狗を失うことにより清藤が途絶えてしまったとしても、理に反するから。
 そうしなければならなかった。
 多門の手により最期を迎えた浪若と美津時は、身体を影にして山神様の手に掴まれて消えて行く。
 呆然と見上げて見送った多門は空に叫んだ。
 言葉にならない慟哭の叫びは双子である亜門の動きを止める。
 二卵性の双子であっても十月十日、お母さんのお腹の中で一緒に育ったのだ。
 同じ血が流れ、寄り添って。
 片割れの悲しみの叫びに呼応するほどその絆は強い。

 無意識に駆け寄って叫び続ける多門の肩を抱こうとした亜門の背に、無情にも玉彦の一撃が加えられて膝を追って倒れ込む。
 玉彦は片膝をついて亜門の頭に右手を当てて、素早く粛清を行ってしまった。
 どこまでの記憶を消してしまったんだろう。
 うつ伏せになってピクリとも動かない亜門に気が付いた多門は、その背に覆い被さり肩を震わせる。
 双子の様子を見下ろしていた玉彦は太刀を黒鞘へと収め、こちらへと歩いてくる。
 お役目の時の様に無表情だったけれど、その身に纏っているのは怒りと苦悶だった。

 穢れない正武家の人間なのに、禊をする玉彦。
 彼がいつも何を濯いでいるのか私は初めて理解した。

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