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覚醒と穢れ
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しおりを挟む正武家たるのも正武家であれ。
そう在る為にお役目に徹するために、優しすぎた彼は感情を禊で流していたんだ。
何の疑問も抱かずにお役目をしていた玉彦は、私と出逢ってしまったことで自分の乏しい感情を解放させた。
辛いお役目で心が押し潰されそうなとき、もっと違う遣り方があったのではないかと迷いつつだったとき。
受け止めきれない葛藤を流していたんだ。
いつかそれが許容範囲を越えて自分を狂わせてしまう前に。
澄彦さんくらい太々しければ、水彦の様に傲慢であれば。
彼らは感情を表すこと、発散させることを無意識に出来ていたんだ。
でも玉彦は不器用過ぎてそれが出来ない。
どうして彼だけが正武家でそうなってしまったのか。
私には分からないけど。
でも一つだけ確かなことは、玉彦の拠りどころは私だってこと。
私がどんな彼だって受け止めれば、避雷針の役割を果たせればこれ以上玉彦は禊をしなくても大丈夫ってこと。
だから玉彦がどんな感情を抱こうともそれは人間として当たり前のことで穢れた感情ではないんだよって教えて分かり合えば良いんだ。
「比和子……すまない」
門扉に座り込んでいた私に手を差し出した玉彦は、眉間に皺を寄せている。
私は彼の手を力強く握って立ち上がり、その胸に額を寄せた。
「どうして謝るの? ありがとう、玉彦。もう充分だよ。あとは澄彦さんと御倉神に任せよう?」
「しかしまだ都貴が残っている。狗も一匹」
「何でもかんでも玉彦が頑張る必要ないんだよ。信用して皆に任せよう?」
背中に腕を回してもう玉彦が何処へも行かない様に抱きしめる。
玉彦の手が髪を梳く。
「そうも出来まい。すぐに戻る。父上は心配ないだろうが、稀人衆では抑えられぬであろうしな」
そう言って玉彦は私から身を離すと、身を翻す。
行かせてはいけない気がして数歩追い掛ける。
「玉彦!」
名を呼んで背を引けば、その瞬間本殿前に赤駒と思しき赤毛の狗に乗った女性が空から降り立った。
その人は、柳美憂だった。
私たちに妖艶に微笑むと狗から降りて向かい合う。
「……美憂?」
玉彦の肩越しに見た彼女は香本さんと同じ巫女装束で、神々しくさえあった。
私に一瞥すると美憂は顔を顰める。
「私は清藤都貴。柳美憂は私」
「あんた、何言ってんの?」
ついうっかり。本音が口に出てしまった。
だって美憂は多門と同年で、亜門の婚約者だった。
私が聞いていた都貴は彼らよりも三つ上で、病弱であったはずだ。
それに美憂と一緒に西から訪れた者達は、誰も彼女が都貴であると言わなかった。
多門でさえだ。
そもそもの話、正武家当主の澄彦さんや次代の玉彦でさえ清藤の次代である美憂に会ったのは一度きり、しかも小学校に上がる前に顔見世した程度で、彼女がどの様に成長したのか知らなかったのである。
病弱ゆえに西からは出歩かない。
わざわざ正武家が赴く必要もない。
ビジネスライクな主従の関係でなければ、美憂が正武家へともぐり込んでいたことに気付けていたはずだった。
それに澄彦さんでさえ今夜ようやく彼女の存在を関知した。
自分が何者であるのか、隠す術が彼女にはある。
だから堂々と神守の眼を持つ私の前に現れたのだ。
誰彼構わず眼を使わないと言った自分の言葉がここに来て悔やまれた。
「私はね、こう見えても清藤の次代なの。だから三下の弟たちなんて手のひらの上よ」
「だから何なのよ」
玉彦に迫った自信家の美憂、那奈に責められて泣いていた美憂。
私に語った施設での過去は全部嘘だったっていう事か。
沸々と怒りが込み上げる私を背に庇って、玉彦は太刀に手を掛けた。
「初めまして、正武家次代。貴方が私に惑わって口づけの一つでも出来ればもっと簡単だったのに」
「不快……」
端的な玉彦の回答に都貴は馬鹿みたいに笑い出した。
ほほほと笑う姿は悪代官と悪巧みをする大奥の女のようだ。
今どきこんな笑い方をする人がいるんだな、と冷静に思ってしまう。
「父も弟たちも付き人も。みーんな私の人形よ。汚らわしいと思う? 誰構わず唇を許した私を」
「そんなの、どうでも良いわよ。はっきりいって自分に酔ってて気持ち悪い」
「……貴女。やっぱり品が無いわね。美貌も無いけど」
「大きなお世話よ。女は愛嬌だもん」
「……どうしてこんな女が神守なのかしら」
「私から言わせればどうしてアンタみたいなのが清藤の次代なのか不思議よ!」
「比和子……。少し黙っておれ」
女同士の舌戦に少し呆れた感じの玉彦だったけど、鞘から太刀を引き抜いた。
太刀を向けられた都貴は怯まずに微笑みさえ浮かべた。
「私に刃を向けると……天罰が下るわよ?」
「戯言を」
玉彦が一歩踏み込んだその時、彼の目の前に御倉神と大国主が躍り出る。
そして大国主は都貴を腕に抱きかかえた。
愛おしそうに彼女の頬を撫でた大国主は玉彦を見止めると届かない太刀を空振りさせる。
玉彦には視えない風の太刀が迫って私は彼の前に立ち塞がった。
固く目を閉じて衝撃に備えてもその時は来ず。
恐る恐る瞼を上げると、御倉神が鉄扇で弾いていたのだった。
「正武家の惚稀人の護りを司る。絶対に死なせぬ」
大国主と睨み合っている御倉神を見た玉彦は、立ち塞がっていた私の肩を掴んで振り向かせた。
「私の盾になどなるな!」
「でも私、惚稀人で稀人だもん! そういう役割だもん!」
「馬鹿か! 惚稀人は稀人ではない!」
「へ?」
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