上 下
100 / 111
番外編 鈴木和夫のお話

11

しおりを挟む

 御門森の家は外観を除けば普通の家だった。 

 ニコニコしている爺さんとガタイの良い顎髭が立派な父親、兄嫁に息子の竜輝。そして御門森。 
 母親は不在なのか元々いないのかプライベートなことなのであえて聞かなかった。 

 家の中で迷子になることも無く、平穏無事に夜を過ごしたオレは翌朝、竜輝と共に比和子ちゃんの爺ちゃんの家に来ていた。 
 御門森は彼女との約束があったらしく、途中から合流するという。 
 何に合流するのかオレは知らされていない。 
 けれど作業着は渡されていないので仕事ではないのだろうことだけはわかった。 
 縁側に座って待つように叔母さんに言われて、オレと竜輝は並んで座る。 
 庭先には鶏が何もない地面をつついては歩き、田舎感を醸し出す。 

「これから何すんのか聞いてんの?」 

「遊びに行きます」 

「は?」 

「子供たちだけでは危ないので大人の保護者に鈴木さんと……あ、いらっしゃいました」 

 パッと顔を輝かせ、竜輝は垣根まで走る。 
 恋する乙女の様に竜輝はその人物に一礼をした。 
 そこにいたのは比和子ちゃんだった。 
 白いパーカーに黒いショートパンツ。スラリと伸びた足が眩しい。 
 着物姿よりも年相応に見える。 
 普段ならこんな女子は見慣れているけど、田舎には絶対的に若い女が少ないので希少価値が高い。 
 つーか村に来て、村民との交流は爺ちゃんの家しかないので若い人間ということですら珍しい。 

「おはようございます。鈴木くん。昨日は変な夢見なかった?」 

 竜輝を引き連れた比和子ちゃんはオレの隣に羽のようにふわりと腰を下ろす。 
 オレはそれだけでテンションが急上昇した。 

「見なかったよ!」 

 喰い気味に返事をすれば比和子ちゃんは良かったねと爽やかに笑った。 

「ででで、今日はこれから何すんの?」 

「あぁ、うん。あのね、大人たちが忙しいから近所の子供たちを連れて水遊びに行こうと思ってるの。最近暑いし、今日も暑くなりそうだから」 

「水遊びってどこで?」 

「少し入った山の中に滝があるからそこで。浅いからそんなに危なくはないんだけど、学校で大人が居ないと行っちゃ駄目って言われてるみたいでね」 

「へぇー。まぁよくあるよね。花火は大人が居ないと、とか。どこも一緒なんだなぁ」 

「そうだねー。……そればっかりが心配事じゃないんだけどね……」 

 苦笑いしつつ横目で竜輝と意味あり気に視線を交わした比和子ちゃんを疑問に思いつつも晴れ渡った空を見上げて今日も暑くなりそうだと思った。  


 田舎の子供たちは活動的で尚且つ何故か一様に運動神経が良く、スタミナは無尽蔵だ。 
 田舎だからなのかどうかはオレの偏見だけど。 
 少なくともオレが子供の頃は友達の家に集まってゲームとか、外で『普通に』遊ぶことはあったけど、こんな滝壺に迷いなく飛び込んでみたり、魚を追い掛けたりなどしたことは無い。 
 水に入らない子供たちは木をスイスイと登って遊んでいるし、野生児そのものだった。 
 集まった子供たちは小中学生合わせて十人ほどで、オレと比和子ちゃんは川のほとりの岩に腰掛け足を冷たい水に浸していた。 
 保護者と言っても子供たちは遊び慣れているようで必要ないようである。 
 建前で呼ばれたことは明らかだった。 

 で、オレはというと、比和子ちゃんと親交を深めていた。 
 と言っても他愛のない話ばかりで、通山と言う都会から鈴白村と言う田舎へ引っ越して来てカルチャーショックを受けた話とかだ。 
 オレが思った通り田舎と言うところは村民同士の繋がりが強く、外から人間に対しては冷たく接することがデフォの様である。 
 一応オレは玉様のお友達として優遇されるはずだったのに希来里の余計なひと言で輪から外されてしまったわけだ。 

 あの後、玉様と比和子ちゃんのお陰でおばさんたちの誤解は解けたようだったが、希来里はいまだにオレを下僕呼ばわりしている。 
 まったくもって可愛げのないガキだ。と思ったことを口に出せば、比和子ちゃんはケラケラと笑った。 
 どうやら彼女にも希来里と同じ年の弟がいるらしく、あの年の子は大人ぶりたくてすぐ真似をすると話す。 
 ちなみに希来里はオレに対して不遜な態度だが、比和子ちゃんの弟は玉様に対して結構突っかかっていくらしい。 
 言われてみれば、たまに通山の玉様たちの家の台所に見知らぬおばさんが立っていることがあった。 
 子供も連れて来ていたように思うが、そういう時はすぐに玉様たちに追い出されていたので挨拶すらしたことがなかった。 
 三人の内の誰かの母親かと思っていたけど、比和子ちゃんのお母さんだったのか。 

 それから比和子ちゃんと世間話をしながらたまに子供たちに目を走らせて、保護者のお仕事をする。 
 時折駆け寄ってきては見知らぬ虫を見せてくれるのは良いが、すっかりオレの名前は下僕になってしまっていた。希来里め。 

 昼時になると御門森とその彼女の亜由美ちゃん、お友達の那奈ちゃんが登場する。 
 亜由美ちゃんは御門森に相応しくないくらいの天然の可愛い子で、オレに冷たく当たる御門森をやんわりと叱ってくれる。良い子だ。 
 そして那奈ちゃんは川遊びだというのに日傘をさしてこれでもかというくらいの化粧武装をしていた。 
 これからコンパかよ、美人だけど。 
 で、失礼なことに御門森に紹介されたオレを見てあからさまに溜息を吐いた。 

 中々の落胆ぶりで見ていて清々しい。  

しおりを挟む

処理中です...