私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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番外編 緑林と次代様のお話

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 それから、である。 

 左頬に氷嚢《ひょうのう》を当てた彼は、私以外を人払いして何故か私のベッドで大の字になって鼻歌を歌っていた。 
 不審者の正体を知ったお父さんは顔を蒼白ではなく真っ白にさせて、謝罪の言葉を繰り返し平伏した。 
 けれど彼はこちらこそ常識外れなことをして済まなかったと頭を垂れて、大事にすると当主にバレてしまうから内々の秘密にするように、と微笑んだ。 

「あのー……」 

 この人は一体いつまで私の部屋に居座るつもりなのだろうかと声を掛けると、やっと調子っぱずれな鼻歌を止めて、私を見た。 

「なに?」 

「帰らないんですか?」 

「どうして?」 

「だってもうここには用は無いでしょう」 

「あるよ。まだ返事を聞いていないじゃないか」 

「なんの返事ですか」 

「もう一回、花嫁修業しにおいでよ」 

「……でも妹はもう好きな人が」 

「いや、君でしょ。君、緑林だよね?」 

「……」 

「流石にね、いくら瓜二つでも間違えない。昼寝してたの、君でしょ」 

 ここでそうだと言ってしまうと、入れ替わりをして騙した私と妹に咎があるかもしれない。 
 かと言って違うと言い張っても彼は引き下がりそうになかった。
 半身を起こした彼は腕を伸ばして、黙り込んだ私の顎を持ち上げた。 

「まぁ、うん。大方好きな奴がいる妹を不憫に思って姉である君が身代わりになったであろうことは察しが付く。 でもこの五村はね、正武家の為にそう為るように為っているんだ。だから君が身代わりになって僕に 巡り合ったのは五村の意志といえる。そして僕が君の元へと来たのも、見えない意志に突き動かされて だろうしね」 

「仰っていることの半分以下しか理解できません……」 

「だろうね。とりあえず明日からもう一度、花嫁修業に来てよ」 

「うっ……」 

「脅したくないけど、バラすよ?」 

「脅してますよね……?」 

 私がそう言うと、彼は笑みを浮かべて顎から手を離した。 

「脅してでも君を側に置きたい」 

「私は貴方が怖いので、嫁ぎたくありません」 

「……怖い?」 

「なっ、何を考えているのか解らないし、圧力凄いし、人間ぽくないし」 

「ぶっ……はっはっはっはっ! うんうん。正直な答えが聞けて嬉しいよ。でももう一度、屋敷においで。 確かに見も知らずの人間と結婚しようだなんて正気の沙汰じゃない。だから、住み込みで僕と結婚を前提に お付き合いをしてください」 

 真剣な眼差しを受けて、私はやっぱりこの人が怖いと思った。 
 でも心のどこかで、この人が私と妹を見間違えなかったことを嬉しく感じていた。

「花嫁候補の二人は……」 

「帰すよ。君が来てくれるなら」 

「……」 

「そもそも花嫁修業なんてものはね、嫁いでからしたっていいんだよ。花嫁修業の内容なんて全く関係ないんだ。僕が候補の中からこの人って選ぶだけなんだから。雑巾が血塗れだって構わないよ」 

「……松さんから聞いたんですか」 

「君が下がったあと、部屋で見つけた」 

 彼の行動原理が全く読めなくて、どうしてこんなにも私に拘るのか意味が解らない。 
 交わした言葉は今日よりもずっと少なかったはずで、私に興味を持つことなんて考えられなかった。 

「一つ、教えてください」 

 この返答次第で、私は身の振り方を決めようと思った。 
 正武家様に嫁ぐということは、栄誉なことだ。 
 でも私は彼が怖いから、嫁ぎたくはない。 
 が、たぶん彼が本気で私をと望めば阻む者は誰も居ないのだろう。 私の心以外は。 
 どうぞというように彼は微笑み、私に先を促す。 

「どうして私なんですか」 

「どうしてって、好きだから」 

「はっ?」 

「好きだから。まだ愛してるとは言えないけど、好きだとは言える」 

「なっ、なんで」 

「え? 君が屋敷に来て、逢って、一目惚れだけど。それから何度か君との接触を試みたんだけど、中々他の子たちが邪魔でね。ようやく話が出来たと思ったら里に下がっただろう? そして昨日の電話だ。 考えるよりも先に、身体が動いてた」 

「なんて単純……」 

 思わず口をついて出た言葉に彼は苦笑いをする。 
 少しだけ、人間っぽい。

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