わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第五章 おまつり

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「あのさ、まだ聞きたいこといっぱいあるんだけど」

「俺が答えられるなら」

 湯呑みを受け取り、熱いお茶に口をつける。
 何から聞こうか。

「御門森くんの家はいつから一緒なの?」

「最初から」

「じゃあ、ちょっと話がずれるけど、須藤くんのお家は何をしてしまったの?」

 私が聞くと、玉彦は驚いて湯呑みを落としそうになっている。
 そんなに動揺しなくても。
 今夜のお祭りで。
 須藤くんに対するみんなの態度が酷かったのに、玉彦は意外と普通に接していた。
 よくよく考えれば、須藤くんの家だって、嫌なことばかりのこの村なのに離れないのはそれなりな理由があるはずだった。

「お前は時々鋭い」

「時々は余計でしょ」

「そうか。この話は誰からも聞いていないのか」

「だってお祖父ちゃんに聞こうとしても、逆切れされそうなんだもん」

 玉彦はちょっと思案して、何かに納得して頷いた。

「江戸中期と聞いている」

 まただ。
 またいきなり話が始まる。
 突っ込んでいると進まないので、私はこの時はスルーした。
 それにしたって、江戸中期。
 そんな昔からあの状態なわけ!?

「事の起こりは、正武家に双子の男子が生まれたことだった。名は多津彦と多次彦。そして稀人を輩出していた御門森にも双子の男子が生まれた。名は、忘れた」

「そこ、大事だから! 忘れないでよ!」

「……二人が成長するにつれ、弟の多次彦がその力を示しだす。けれど跡取りは長男の多津彦だ。今ならばそれは逆なのだが、それが事をややこしくした」

「逆って?」

「双子は同時には生まれない。必ずどちらかが先で、後だ。昔は後から生まれた者が兄、もしくは姉とされた」

 でもそれって、変な話。
 だって夜中の零時前に弟が生まれて、零時後に兄が生まれたら、兄の方が弟より一日遅い誕生日になって、って混乱してきた。

「昔はな、兄が最後に母の腹の中を綺麗にして後始末をしてから出てくるとされていて、そういうことになっていた」

「私、一つ賢くなった」

「……話を戻す。その双子は大層仲が良かった。だから弟は兄を助けるのを良しとし、上手くいっていた。が、御門森の双子の方は仲が悪く、どちらが正武家の稀人になるのか揉めていた。そして、割れた。御門森の弟が多次彦に良くないことを吹き込んだ。多津彦が多次彦につく采女を娶ろうとしていると」

「ごめん。うねめって名前?」

「身の回りの世話をする、容姿家柄優れた女性だ。多次彦と采女は将来を約束した仲で、多次彦は多津彦を引き下ろし、自分が当主になろうとした。そうすれば采女を取られることはないと御門森のBに唆されて」

 あぁもう、御門森弟がBになっちゃったよ。
 じゃあAが出てきたら兄ってことね。
 私は玉彦の話に自分なりに補足した。

「そして鈴白の村も、多津彦派と多次彦派に割れた」

「で、結局どうなったの?」

「結果的には多津彦が跡を継ぐことになった。跡目争いに敗れた多次彦は死に、そしてBは御門森を追い出され、名を須藤と改めた。が、ここで問題が一つ。采女の腹には多次彦の子が宿っていた」

 昼ドラのようにドロドロの様相を見せ始めたお家騒動。
 私はすっかり温くなったお茶を飲み干す。

「Bはこの子こそが真の正武家の血であると、数年後に再び動き出す。けれどAに正武家に仇為すものとして成敗された」

 え、でもそれじゃあ須藤の血は途切れたんじゃないの?

「その際に采女は正武家へ引き取られたが、もう子はいなかった」

「流産、しちゃったの?」

 お家騒動に巻き込まれ、夫が死んじゃって、今度はお腹の子を担ぎ出されて。
 散々なその女性に私は同情しか出来ない。

「喰われた」

「は?」

「子は産まれたと同時に殺され、喰われた」

「誰に」

「猿に」

 猿。
 このキーワードに思い当たるのは、一つだけ。
 見たら誰の家でもいいから逃げ込めとお祖父ちゃんに言われた、白い猿。

「Bは猿を人間のように育て、己の無念と正武家への復讐のため禁忌である呪を掛けた。正武家の血や肉の味を覚えさせ、そして我が物とし、あわよくばその猿が人との間に子を生せば、それは正武家の跡取りであると」

「そんなの、無理じゃん! 人間と猿に子供なんて出来ないじゃん!」

 遺伝子が違う。
 だから、子供なんて出来るはずない!
 でも、この何が起きてもおかしくはないこの土地なら……?

「それから猿は手当たり次第に女を攫い、子が孕まぬと分かれば喰った。被害を受けたのは村のものばかりだ」

 その時、身内を殺された村の人たちは、どう思ったんだろう。
 正武家を恨んだ?
 ううん、違う。
 須藤を恨んだんだ。
 そして、その猿を。


「正武家もその事態に黙ってはいなかった。けれど人間の知恵をつけた、身体能力の優れた猿を捕まえられない。それに猿ばかりに感けてはいられなかった。そこで名乗りを上げたのが、Bの息子だ。父の愚かさを断じ、正武家に忠誠を誓う証として猿を討伐すると。そうして須藤はこの村に留まり、未だ果たせないでいる」

 だから。
 この村を離れられないんだ。
 嫌な思いをしても、証を立てるために。
 でも、村長さんの奥さんは、あの家は潰えてしまえば良いと言っていた。
 須藤家が無くなったら、猿を討伐する人が居なくなってしまうのに。
 その疑問を玉彦にぶつけると、何とも言えない顔をする。

「呪を掛けた者の血が途絶えれば、呪は消えるかもしれない。が、元を正せば須藤は御門森の系統である。どこまで辿り、効果があるのか。そもそも消えるのかどうかも分からない」

「それで今も猿を追い掛けているの?」

「あぁ。須藤の家の者はそれから山を駆けまわる猟を生業とした。だから『川下』と呼ばれている」

「どうして川下なの?」

「猟を行えば、獣の肉を捌く。それを川で洗い流したりするのだが、それを川上で行ってしまうと水が汚れ腐ってしまう。だから誰にも迷惑が掛からぬ川下で行うからだな」

「へぇ~」

 そんな謂れがあるんだ。
 じゃあお祖父ちゃんの『上守』も何か意味があるのかな。

「あと何か聞きたいことはあるか」

「じゃあ最後に。豹馬くんとか稀人が輩出される家は決まっているのに、どうして私は惚稀人なの? 全然関係ないと思うんだけど」

「その話、しなくては駄目か?」

 玉彦はぎゅと手にしている湯呑みを握る。

「聞きたいから聞いてる」

「……わかった。でもこの話をすれば、お前は俺を軽蔑するだろうな」

「軽蔑されるような事、したわけ?」

「した。今ではそれを後悔している。とても卑怯な行いだった」

 考え直してみても、私は玉彦にそんな酷いことをされた覚えはない。

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