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第八章 はくえん
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しおりを挟むぞくりと人では無い声に悪寒が走って。
次の瞬間、私は浮いていた。
何かに荷物のように肩に担がれ、玉彦に手を伸ばす。
「比和子!」
私の手は伸ばされた玉彦の指先に触れたけど、触れただけで。
「いや、いやだ! 玉彦!」
「南天、壱の太刀、罷り通ります」
どこからか南天さんの声が聞こえたかと思えば、私をがっしりと抱えていた猿の左腕が肩ごと切り落とされ、私は空中に放り出された。
お、落ちるっ!
でも痛くなくて閉じていた目を開けば、両腕で私を抱えるように玉彦が下敷きになっていた。
首筋に顔を埋めて、ホッとする。
そんな私の頭をぽんぽんと軽く叩いた玉彦も安堵したように大きく息を吐く。
「玉彦様。終わりました」
血の付いた日本刀を強く払い、鞘へと納める音。
ざわざわと人が集まり始める。
ようやく身を起こし、南天さんの方を見てみれば、そこには白い猿が首を刎ねられて倒れていたけど、私はその酷い違和感に這い寄った。
……違う。
躯体を触り、次に見開かれたままの頭を見る。
……違う。
「ねぇ、玉彦。御門森Bに育てられた猿は何匹いたの?」
起き上がった玉彦は、南天さんと目を合わせて確認し合う。
「一匹」
「じゃあ、私を前に襲った猿はなんなの?」
「コイツだろう」
「だから、違うんだってば!」
そこにいたのは玉彦が見たことのある幼稚園児より少し大きな猿で、その瞳は黒だった。
夜の村の小中学校の体育館に、煌々と明かりが灯る。
その中には、急遽キャンプ会が中止になり移動させられた子供達と関係者たちがいた。
村中の家という家の灯りもつき、柵が薄い新興住宅街の家々も例外ではない。
そして私は体育館の中には居らずに、作戦本部と化した須藤くんの家に居た。
周囲には物々しく篝火が立てられ、男の大人たちが忙しなく出入りする。
「じゃあ比和子ちゃんがこの前に遭遇した猿とは違うんだね?」
流しそうめんをした庭が今日はテントが立って、その下に机の上に広げられた広範囲の地図を眺めながら、澄彦さんが私に確認する。
「大きさはゴリラくらい。目が赤かった。です」
「うーん……」
澄彦さんは顎に手を当てたまま、考え込む。
そして傍らにいた須藤くんのお母さんに意見を求めた。
「いわれて見ればあの猿は、大きかった。でも成長したのかと思ってたわ。家の書物も引っくり返して、今涼に確認させているけど、二匹いるなんて聞いたことも無いわよ、澄彦くん」
「だよねぇ。見間違いではない?」
「絶対に、違います!」
私は力を込めた。
そしてここに運び込まれた猿の死骸に目をやる。
ブルーシートに無造作に転がされ、頭は不気味にも私を見ている。
その時、お尻のポケットに入っていたスマホが震える。
もう深夜の一時近くなのに。
こんな時間に私に着信があるのは、おかしい。
でも思い返せば心配した小町かもしれないと思って、スマホを手に取る。
小町は今、みんなと体育館に居るはずだった。
「あ、あれ? なんで? ……もしもし? お父さん?」
スマホから聞こえてきたのは二か月ぶりに声を聞くお父さん。
現在海外出張中のお父さんだった。
『あぁ、やっぱり起きてたか。大丈夫か、比和』
「え?」
『怪我はしていないか』
「うん」
『今お父さんは昼休みで、よく当たるという占い屋さんに来ている』
お父さん、海外で何やってんのよ……。
娘はこっちで大変なことに巻き込まれてるよ……。
『そこで順番待ちをしていたのだが、店にあるものを触っているとことごとく割れて追い出された』
「は?」
『壊れた物は全て買い取りになったので、澄彦に請求したいと考えている』
私は思わず澄彦さんを見た。
彼はとりあえず私にニコリと笑う。
『比和子が五歳の時、似たようなことがあった。今回も絶対それだ。そこに澄彦いるだろう?』
私は澄彦さんにスマホを差し出した。
訳も分からずに受け取って、耳に当てると澄彦さんの顔色が変わる。
喜び色になって困り色になって、最後は驚き色。
そして私に戻ってきたスマホはもう通話が切れていた。
澄彦さんは大きな息を吐いて、須藤くんのお母さんを見た。
「光一朗からだった」
怪訝な顔をしたお母さんは、眉をしかめる。
「アイツ、よく猿に追いかけられてたでしょ。聞いたらさ、比和子ちゃんと同じなんだよ。ゴリラくらいで赤い目」
「うそ……」
「比和子ちゃん、僕がね奥さんがいなくなってしまった時、光一朗の家ではガラス製品が粉々に砕け散ったそうなんだ。そんな馬鹿なことを起こすのは正武家に違いないって帰省したのがうははの時なんだよ」
お父さんを追い掛けていたのは、私を襲った同じ猿。
そして正武家に何かがあると、お父さんの周囲では物が壊れる。
テントの中でそれぞれが自分の考えに口をつぐむ。
「母さん、ちょっと気になるとこが出てきたんだけど」
須藤くんが家の中から糸で閉じられた古文書のようなものを持って出てくる。
後ろから手伝っていた玉彦と豹馬くんも。
何冊かの古文書が机に広げられ、地図が隠れる。
私は周りと同じに古文書を覗き込んだけど、読めない。
だってミミズが這ったような筆書きで、どこで一文字が区切られているのかすらわからないんだもん。
でも私以外はみんな読めているらしく、話が進んでいく。
かなり疎外感。
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