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第九章 まもりて
1
八月下旬。
鈴白村を含む五村は、外部からの人の出入りを禁止された。
県警が出動し、辺り一帯の道路を無期限に封鎖。
古くから五村に言い伝えられている『須藤の白猿退治』が佳境を迎える、と五村の有力者たちに正武家からお達しがあり、彼らはその時の為に各村で定められた『しきたり』を守る役目があった。
須藤ではなく正武家が白猿退治に乗り出す場合、村人は正武家の赦しなく家から出てはならない。
故に五村に家を持たない者は、しきたりを守れない為に強制的に村外へと追いやられる。
そして正武家に所縁がある五村の神社に集まる有力者たちのところへは、御門森の分家が万が一の為、護りに出向く。
正武家当主には御門森宗祐を始めとする直系者が側役を務めたが、惣領息子には誰一人として側役は付かなかった。
「これで舞台は整ったね」
夕餉を頂いた後、澄彦さんが正武家の母屋の縁側で御猪口片手に一人手酌酒を煽る。
着流しに片膝を立てて、時代劇のチンピラのようだ。
私はあの日以来、ずっと正武家のお屋敷に隔離されていた。
お祖父ちゃんたちに会うことも、小町たちに会うことも禁じられて。
ちなみに小町たちは、村への出入りが禁止される前に南天さんに通山市へと送られた。
一体なぜこんな事になってしまっているかというと、手負いの白猿がどのような行動を起こすのか予想がつかなく、回復のために人間を襲って喰らうということも想定されたためだ。
最終的に白猿は私に狙いを定めているから、私の周囲には対応出来るように常に澄彦さんか宗祐さん、南天さんがいる。
そして玉彦はというと、豹馬くんと共に日中は須藤家へ行っていた。
夜すっかり暗くなってから帰ってきて、朝早く出掛けてしまう。
何をしているのか聞いても歯切れが悪いので、もう私からは尋ねなかった。
「あの、私に何か出来ることはないですか」
この騒動で私だけ、何も役割がない。
一応囮役とはなってるけど、まだ出番はなかった。
「比和子ちゃんはそのままでいれば良いよ。後は此方で全部片を付ける」
「うーん」
「じゃ、ほら、こっち来て。僕にお酌してよ」
澄彦さんに手招きされて、大人しく横に正座する。
そして徳利から並々と表面張力一杯までお酌する。
それにゆっくりと零さないように口をつけると、クイッと澄彦さんは煽った。
「んー甘露甘露。やっぱり良いよね、娘って」
「私、澄彦さんの娘じゃないですけど」
「光一朗の娘だから、僕の娘と言ってもおかしくはない」
いえ、十分おかしいです。
「だから今回の君の選択は、僕にとってとても誇らしかった。きっと光一朗もね」
「そうでしょうか。危ないって怒る気がします」
「怒るだろうけど反対はしないよ。だって自分だって同じことしたんだから。そうか、あれからもうそんなに経つんだなぁ……」
再び御猪口を口に運んで、呑み干していたことに気づけば、私に差し出す。
さっきよりも少なめに注ぎ、私は澄彦さんがお父さんの話をしてくれるのを待った。
澄彦さんはそれが解っているかのように、御猪口に月を映し出させて、ゆらゆらと揺らしている。
「僕たちが高校生のときだ。光一朗が家の庭に穴を掘ると言い出した。僕はどうしてか理解できなかったけど、取り合えずアイツのことだから面白いことをするんだろう、くらいにしか考えていなかった。で、まだ小学生だった暇してる南天と上守の家に行ったんだ」
そうすると、もう既にかなりの穴を掘っているお父さん。
掘り出された土をせっせとバケツに入れて運んでいたのは、須藤くんのお母さん。
「だから、聞いたよ、さすがに。悪戯の落とし穴にしては本格的過ぎて。しかも川下っちも参加してるし。そうしたら……」
猿があまりにもしつこい、と。
だから猿を追っている家の川下っちも巻き込んで、捕まえるから正武家のお前も、御門森の南天も、協力しろ、と。
「元々はお前たちの先祖が原因だって怒りだしてさ。そう言われたらもう、協力するしかないよね。
だってその通りなんだもん。結局落ちたのは、三郎さんで、何故か僕だけ拳骨されたけど」
「……暗くて誰が誰だかわからなかったって本人は言ってました」
澄彦さんは、あれは本当に痛かったと苦笑いした。
「僕はさ、あの選択した時の君の言葉にグッと来たんだ。『須藤くんの名字は川下じゃない』」
「普通だと思いますけど……。私は須藤くんがもう川下って呼ばれないように、猿を追う役目がこれで終われば良いなって」
「その普通が、ここでは誰も何百年も口にしなかった。だから風が来たと感じた。あの頃の僕たちには大人の協力者なんていなくて、結局失敗に終わった。でもまた今、正武家と御門森、そして須藤の子が揃って、惚稀人である君が現れた。これで役者は揃った。あとは御膳立てされた舞台さえあれば、完璧だ。……全部光一朗が言った通りになったな」
「お父さんが何か言ってたんですか!?」
まただ。
ずっとこの夏休みは、お父さんの影を追っているような気がする。
お祖父ちゃんや、叔父さん、須藤くんのお母さんや、澄彦さん。
みんなの話の中に出てくるお父さんは、想像できないくらい生き生きとしていて。
澄彦さんに対しては、めっちゃ無礼だけど。
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