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第三章 くじょう
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しおりを挟む転校二日目にして衝撃的な体験をした私は、放課後亜由美ちゃんと文学部へ行こうとしたけれど玉彦からストップがかかってしまったので、大人しく弓道場の隅っこに体育座りをして、終わるのを待っている。
文学部は月水金が活動日なので、今日を逃すと明後日になる。
そう玉彦に抗議をしても頑として受け入れてはくれなかった。
ずっと前にも言われたけれど、私の境界というものが揺らいでいる時には良いものも悪いものも引き寄せてしまうらしい。
正武家のお屋敷にいる時は敷地がそういうものをある程度寄せ付けないようになっていて、比較的安全なのだけど、学校のように不特定多数の人間が出入りするところは厄介だとのこと。
私が今この鈴白にいるのは、学校に通うためでも文学部に入る為でもなく、蔵人から身を護り封印することが優先で、それに関して正論を語る玉彦に私は反論できなかった。
弓道場には数十人の生徒が活動しており、様子を見ていると一年生は体力作りでまだ外をランニング、二年生と引退間近の三年生が道場の中にいるけど、私が想像しているみたいにバンバン矢を放つことはなかった。
矢を放つ前の始まりの所作から、構えて放ち、その最後の余韻までの一連の流れに目を奪われる。
弓道って、こんなにも清廉な武道だったんだ。
中でも須藤くんは流れるように美しかった。
ちょっと天然なところもある彼だけど、この時ばかりは違っていた。
これは、うん。
こんなの見せられたら、好きになっちゃうかも。
ほら、野球部がカッコ良く見えちゃう不思議と一緒でさ。
しかも須藤くんは実践でも強いし。
須藤くんの後にやる気があまりない豹馬くんをみると、その差は歴然だった。
けっして豹馬くんが下手とかではなくて、なんてゆうか、一連の動作がまだぎこちない。
そして次に玉彦。
一方的に須藤くんをライバル視していた感じだったけれど、実際はどうなのやら。
でも負けず嫌いだし、頑張って練習したんだろうな。
須藤くんを観察した後に玉彦を比べると、すべての動作が早い。
急いでいる訳ではなく、一連の流れの中で須藤くんはじっくりと立ち位置を決めて呼吸を整えていたのに対し、玉彦の場合はその全てがまるで最初からそのタイミングで決まっているかのように進めて行く。
「須藤は弓道、正武家は弓術だな」
いつの間にか私の横で同じように座っている袴姿の女の人が、気付いた私にニコリとする。
頭を下げてお邪魔していますと挨拶をすると、彼女は弓道部の部長さんで秋田さんと名乗った。
「弓道と弓術って違うんですか? すみません、何にも知らなくて」
「弓道は、んー儀式的な物で、弓術はより実践に近いね。戦国時代じゃあるまいし、あんな早打ちどこで覚えたんだか。あれはね、弓道を嗜む者でもかなりの上級者じゃないと無理なんだ」
「でも高校に入ってから始めたって言ってましたけど……」
「まさか! 絶対経験者だって。そうじゃないとあの須藤があそこまで必死にならないよ」
そう、なのかなぁ。
玉彦は私にわざわざ嘘をつかないだろうし。
秋田先輩の勘違いじゃないかなぁ。
「それで、ここに来たってことは入部希望かな?」
「すみません……。正武家玉彦の出待ちです……」
「え、正武家の? 参ったなぁ。一応部外者立ち入り禁止なんだよね。さっさとばっさり切られて帰った方が良いよ?」
言い方が不味かったのか、何か勘違いをされている。
秋田先輩は私が玉彦を見たいがために追いかけてきてここに来ていると思っている。
さっさとばっさり切られてというのは、さっさと告白して振られて帰れということなんだろう。
でも部外者なのは確かだし、一旦退出しよう。
「わかりました。すみません、ご迷惑をおかけしました」
カバンを持って立ち上がり、秋田先輩に一礼して私は弓道場を出た。
太陽が夕陽に変わりつつある。
あともう少しすれば逢魔が時だ。
校内で行くところもないし、うろちょろしてまた変なものに遭遇しても嫌だし、どうしよう。
本校舎と弓道場の間を歩いて考えてはみたものの、これ以上玉彦たちから離れるのは危険だと思った。
変な目で見られても、出来るだけ近くに。
「おーい、比和子ー!」
弓道場に面する廊下から袴姿の那奈が身を乗り出して手を振っている。
手を振り返して笑ってみれば、その様子を見て須藤くんが慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「上守さん、どこ行くの!?」
「いや、なんか部外者立ち入り禁止と言われてしまって」
「誰に!?」
「え、秋田先輩って女の人。部長さんなんでしょ?」
「部長、僕なんだけど……」
須藤くんは驚いて弓道場を振り返る。
そしてまたかという感じで、私をみる。
「もしかして私、また変なもの視た感じ?」
しゃがみ込んで蹲る。
もう、やだ。
普通に話までしてたし。
女子トイレから追い掛けてきたアイツくらい分かりやすければ逃げられるけど、さっきのは普通に女子生徒だった。
あんなの、区別付かないよ……。
一体私はどうしたんだろう。
今までこんなことはなかったのに。
澄彦さんが言っていた『神守』の血がそうさせているんだろうか。
「鰉! ちょっと来て! 上守さん見ててあげて!」
須藤くんに呼ばれて那奈が私の横に膝をつく。
「比和子大丈夫?」
「今日はもう帰った方が良いみたいだよ。玉彦様、先に上げるから待ってて」
那奈と入れ替わりに須藤くんが居なくなって、しばらくして帰り支度をした玉彦が来る。
那奈にお礼を言った玉彦は、しゃがみ込む私を立ち上がらせて校門へ向かう。
「南天がすぐに迎えに来る。また何か視えたのか」
「弓道場に秋田さんって女の先輩。部外者立ち入り禁止だって言われた……。部長だって……」
「お前は一体どこまで視えてしまっているのだ……」
その疑問、そっくりそのままお返しするよ。
私、どうなっちゃうんだろう。
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